第2話 疑惑が確信に変わる日
私は10歳で社交界デビューをした。……と言っても正式的なものではない。お父様の付き添いだ。
お父様曰く、早くから社交の場に慣れておいたほうが良いとのこと。
早くからって……。早すぎないか。
そもそも私の中で社交界=大型お見合いのイメージが強い。
正式ではないにしても10歳で社交界って……。
この世界での日本の法律も女性は16歳、男性は18歳で結婚出来るようだ。確かに6年後には結婚出来る年にはなるが、如何せん前世で庶民だった私からすれば齢10歳でお見合い会場という名の戦地に赴くのは恐怖でしかない。
前世で見たドラマや漫画に出てくる社交界はそう優雅なものばかりではなかった。
特にご令嬢同士のバトルが凄い。親子揃って王族やら貴族やらと言った目上の生まれである男性に気に入られようと必死になる。
……私には無理だ。自己PRとか一番苦手である。自分の長所を自分で言って媚を売るとかどこの悪役令嬢だ。いや、私も一応悪役令嬢ポジションだけれど。
社交界デビューの前日は憂鬱過ぎて寝れなかった。戦場怖い。しかし、どんなに嫌でも朝日は昇るし、社交界の時間はやって来る。
……仕方がない。腹を括ろう。
それにまだ正式に社交界デビューしてない私なんか恐らく沢山いるであろう今回初めて正式的に社交界デビューするご令嬢の敵になることはない。まだまだ乳臭い子供が来るところではないと鼻で笑われておしまいだろう。
だから私はお父様の付き添いではあるが、華京院財閥の一人娘として何か粗相をしてしまわないよう細心の注意を払うことにだけに集中することにした。
*
結果的に言えば社交界は何事もなく…… はないが、無事に終わった。
ここから先は社交界での出来事をお話しよう。
きらびやかな会場に到着した私達はウェルカムドリンクを貰い、比較的空いている一角に向かった。
暫くお父様は友人や取り引き先のお得意さんと談笑していた。その間、私は文字通り壁の花だった。
それから少し経つと、私と同じくらいの息子を持つ親が数人、華京院というブランド名に釣られてやって来た。私とお父様をよいしょした後、本題に入るかのように下心を持った目で自分の息子の自慢話をし、是非自分の息子をと私と彼の息子さんの縁談をお父様に持ち込んだ。
私が葵君の許嫁であると知っているのはほんの極僅か。公式発表されていないから当たり前である。だからこうして彼等はどこから情報を得たのかは知らないが、華京院財閥のご令嬢がこの社交界に来ると分かって自分の息子を連れて来たのだろう。
しかし彼らは運がなかった。そうとしか思えない。
この社交界にはあの蘇芳財閥も参加しているのだ。人で賑わう会場にも関わらず、目敏く私を見つけた葵君が乱入して来て、目の前の親子に怒りを顕にしながら、もはやもう聞きなれたあの言葉を言った。
「エリカちゃんは僕の婚約者だよ。僕のエリカちゃんを取らないでくれるかな」
成長していくにつれて次第に叫ばなくなり、落ち着いた口調で喋るようになったが、その代わりにその場が凍り付く絶対零度の笑みをマスターした葵君。
顔は笑ってるが、目は笑っていない。元から紫紺色という暗い瞳を持っているから余計迫力がある。
私が葵君の名前を呼べば打って変わってアメジストのようにキラキラと輝かせた目を向けてくれる。
紫黒色の艶のある髪、色白な肌。そして綺麗な瞳。
流石攻略対象。
まだ幼いから可愛いらしいという印象を受けるが、これは間違えなく美形になる。実際、原作での彼はそれはもう美しかった。
しかも私のドストライク。ヤンデレさえなければ……。ヤンデレさえなければ私の好きなキャラクターの中で1位に君臨してた。
私は私から目線を外して再び親子を牽制し始めた葵君を他人事のように傍観し、心の中ではヤンデレ許すまじと毒づく。
ちなみに私のお父様は私に向かって凄く愛されているからこれで華京院も安泰であるだなんて言って微笑ましく葵君を見ていた。
……お父様にはあれが歪んだ愛だと分からないのだろうか。
見てよ、あの葵君の目を。あれは人ひとり殺してる。
……あれか、やはり私のお父様もそっちタイプだったのか。葵君と同類だからあれに気付かないのか。実はそんな気がしていたのだ。
社交界の出来事は一旦置いといて、ここでお父様のヤンデレ疑惑となる言動の一部を皆さんにご紹介しよう。
まずはその前に私のお母様について少し。私のお母様は私を産んでから身体があまり丈夫でなくなった。お屋敷から出ることは殆どない。
世継ぎ的な問題を考えるとやはり男の子が欲しいところだが、もう一度出産を経験すると、お母様は命の危険に晒されてしまうらしい。
それを聞いたお父様は世継ぎより自分の妻の命を優先した。そこに迷いなんてものはなかった。
世継ぎに関してはお父様なりにきちんと考えているのか、問題はないと言った。
養子でも貰うのだろうか?そこら辺は謎である。
ここまでなら妻を大事にしてる愛妻家で済むのだが、先日私は恐ろしいことを食事中の談笑で聞いてしまった。
「お前が娘じゃなくて息子だったら嫉妬に狂って虐待してたかもな。正直息子が生まれなくて良かった」
お父様は笑い話のようにそう言ったが、全く笑い話ではない。私は生まれる前から虐待フラグが立っていたのか。
それにもしお母様が健康体で普通に二人目を身篭り、それが息子だったらと思うとゾッとする。そんな恐ろしい言葉を聞いたからか、これまで気にしていなかったことまで気になるようになってしまった。
お母様は私が生まれてから1度も華京院家の敷地内から出ていない。敷地内は広いし、娯楽の場もあるから退屈はしないとは思う。お母様の友人である女性達も訪れてくれるのも手伝ってか、お母様にとって苦ではないのだろう。
しかし、何も毎日体調が悪いわけでもなく、普通に体調の良い日だって沢山あるのだ。
「偶には外出したいのではありませんか?」
私がそうお母様に聞けば別に外出したいとは思わないと言った。お母様がアウトドア派ではい事は前に聞いたけれど、流石に10年間もお屋敷から出ていないのはどうなのだろう。
お母様は自分が外出しない1番の理由はお父様が心配してしまうので迷惑をかけたくないかららしい。過保護なんだからと手を口元にあてて小さく笑っていたが、本当に心配症で過保護なだけなのだろうか。
事の真相を私はお父様に直接聞いてみた。勿論オブラートに包んでだ。
偶にはお母様も連れて家族皆で出掛けないかと。これなら娘が家族とお出掛けを所望していると何ら怪しまれずに真相を聞けるだろう。
……普通に心配しているだけか、否か。私はごくりと唾を飲み込んでお父様の返答を待った。普通の心配であって欲しい。
そんな私の願望を他所にお父様は得体の知れない野郎と会って体調を崩したら大変だと言った。
得体の知れない野郎と会って体調を崩すって……。それは単にお父様がお母様を自分以外の男性に会わせたくないだけではないだろうか。
そしてお母様。本当にこれは心配症と過保護で済ませていいのですか。
……軽く監禁されてますよ貴方。本人がそう思っていないからあれだけど。
こうして私の中でお父様のヤンデレ説がどんどん強くなり、それが今日の社交界で確信に変わる事になった。
「……ねぇ、お父様。もしも、もしもお母様がお父様じゃなくて、他の男性を選んでいたらどうしてましたか?」
私達に挨拶に来ようとする親子を次々と威嚇攻撃して撃退している葵君をぼけーっと他人事のように見ていた私は隣で葵君の行動を褒め称えているお父様に気付けばそんな言葉を聞いていた。
「ん?そんなの…… 勿論相手の男を社会的に潰すな。それか…… 最悪の場合は殺す」
「……そ、そうですか」
やばい。お父様の目は葵君の光を失った目と一緒だ。
やはりお父様はヤンデレだった。家族の中で既にヤンデレがいた。
お母様がお父様を選ばなかったら確実に死人が出てた。最悪の場合はとか言っているけど絶対に殺してる。
何なんだ……。私はお母様の血を良く引き継いだのか? 母娘揃ってヤンデレに好かれるとかどうなの。
早く高校生になりたい。そうすれば原作が始まるし、葵君はヒロインを好きになる。
ヒロインに葵君を引き取って貰わねば。
ヤンデレはお父様だけで間に合ってる。
……初めての社交界は私の危惧しているようなご令嬢とのバトルに巻き込まれることはなかったけれど、精神的に疲れました。