第1話 初めての修羅場
「ボクのエリカちゃんを取らないで! エリカちゃんはボクのだよ!」
──うん、何がどうしてこうなった?どこで選択肢を間違えた?
そもそも乙女ゲームの世界ではあるが、私にとってはここが現実なわけで。乙女ゲームのように言葉の選択肢が現れることはない。
ストーリーをきちんと読まなかったり、攻略サイトを見ながらやる派だったのが仇になった。前世の自分呪いたい。なんで自力で攻略しようとしなかったのかと。呪い殺したい。いや、もう死んでるんだけども。
あ、皆さん、どうも。『恋乱』の悪役令嬢こと華京院エリカです。衝撃的な蘇芳葵との出会いから早一年経ちました。
あの後、先延ばしにされていたお茶会は勿論やった。婚約破棄の為、早速悪役令嬢らしく傲慢な態度で嫌味の一つや二つ言って嫌われてやろうと意気込んで蘇芳葵を出迎えた。そこまでは本当に悪態をつく気満々だったのだが、彼の目を見た私は狼狽えた。
何だその目は。子供の癖に何でそんな全てを諦めたかのように光の失った目をしている?
私は彼のルートは色濃く覚えているとは言ったものの、色濃く覚えているのは終盤のスーパーヤンデレタイムなシーンであって、過去はあやふやだ。
どうして小さい内からそのような目をしているのか。私は悲しくなった。
それから私は甲斐甲斐しく彼の世話を焼いた。彼は最初の内は口を割らなかった。しかし会う度に話し掛けていたからか、ちょっとずつ自分から話してくれるようになった。
彼の話を聞けば、蘇芳葵は世界的にも有名な蘇芳財閥の生まれであるが、蘇芳には既に出来の良い長男と次男がいた。三男坊である彼はどんなに頑張っても父には出来て当たり前であると褒めてもらえずにいたのだ。
どうやら母もそういうタイプであり、家では随分肩身の狭い思いをして過ごしているようだ。
自分はいらない子だと膝を抱えながら寂しそうに話す彼を見た私は葵君はいらない子ではなく、私にとって必要な存在であるとそう言って気付けば私は彼を抱きしめていた。
身体は幼いからか、言葉は拙いし、語彙力も皆無であるが、私なりに彼を激励したつもりだ。
子供の彼には苦手意識はない。子供好きな私には可愛いく見える。それにしても、彼はこのまま親の愛情を知らずに育ってしまうのだろうか……。
それでは駄目だ。原作と同じ道を歩んでしまう。しかし見た目はまだ子供である私が彼の家族に口出し出来るわけがない。尤もあの蘇芳財閥に口出しなんてしたら華京院財閥との関係も危うくなる。
没落なんてしたくない。
ならばせめて私が彼に愛情を注ごう。
花の女子高生だった前世の年齢と今の年齢を足せば精神年齢は20歳を超える。
同い年である彼も1回死んでる私からしてみればまだまだあどけなさが残るそんじょそこいらの可愛い子供に過ぎない。そう、気分は年の離れた弟をもつお姉さんだ。
当初の作戦とはだいぶ違ってしまったが、愛を知ったことにより彼がヤンデレになるのを防げた…… のだろうか。
婚約破棄についてはヒロイン補正によって彼も彼女の事が好きになる筈だ。そうすれば必然的に婚約破棄してくれるに違いないと最近になってそう思うようになった。だから私は特に何も気にせず出来るだけ彼に愛情注いだ。
……凄く異様に懐かれた。私は葵君の目に光が戻ってきてくれて嬉しい。よく笑うようになった。
私は彼と私の見た目は同じ子供という事をこの時既に頭の中から消し去っていたのだ。
嶺帝学園という日本有数の金持ちエリート学校の初等部に一緒に通うようになってから毎日彼は私に愛の告白をするようになった。
それはラブではなく、ライクの方だと勝手に解釈していたのだが……。これは本当にライクの方なのか?
……現在、エリカさんは7歳にして修羅場なるものを体験しております。
事の発端は1人の男の子が私に告白してきたとこから始まる。顔を真っ赤にして告白してきたその子を見た私は初恋みたいで可愛いとしか思わなかった。私の精神年齢があれだから仕方がないと思う。
だが彼には違って見えたらしい。私の告白現場に居合わせた私の婚約者こと葵君は大人さながらの鋭い目つきで私に告白してきた男の子を睨んでいた。怖すぎる。
時間を掛けて取り戻した目の光と笑顔どこに置いて来てしまったのか。私ははそんな風に育てた覚えはない。
そして冒頭に戻るわけだ。
──いつ私は彼のものになったのだろうか。
あれか、好きなおもちゃを取られるのが嫌な子供か。なるほど、そういうお年頃なのかもしれない。
しかしそんなに腕を強く掴まないで欲しい。ミシミシという音が聞こえてきそうだ。彼の握力は一体どうなってるのだ。私の腕が潰れてしまう。
「あおいくんばっかりエリカちゃんひとりじめしてずるい! ぼくがエリカちゃんをおよめさんにするんだから! 」
「なに言ってるの! エリカちゃんはボクのこんやくしゃだよ! ボクしかエリカちゃんを幸せにできないんだよ! 」
君たちは何の争いをしているんだ……。これはあれか。わたしのために争わないでって言うべき所なのか? いやいや、子供だから許されるとか思っては駄目だ。後々後悔する事になる。こうして黒歴史は出来て行くんだ。
……それはそうと葵君。君にしか私を幸せに出来ないとか何なんだ。何処からその自信がやって来ているのか知りたい。
そんなこと言ってるけれど、将来私との婚約を破棄するの君である。
「エリカちゃんが大好きなのはボクだよね? こんなどこの馬の骨かもわからないやつなんかよりボクのほうがいいよね!」
「え、いや…… ちょ……」
なんて言葉を覚えてるんだ。7歳児が使う言葉じゃない。
まるで嫁と姑のやり取りを見ているかのようだ。ちなみに嫁が私に告白してきた男の子で姑が言わずもがな葵君である。姑の言葉が分からずに首を傾げているのは嫁だ。
これが7歳児の素直な反応である。私は安心した。
いやはやどんな教育をしてるのか気になる蘇芳財閥。無論、英才教育だろうけれど……。
それよりもそろそろ腕を離して頂けると嬉しい。そんな意味も込めて葵君の顔を伺った…… のが間違いだった。
やっぱり怖い。怖すぎる。有無を言わせぬ謎の圧力をかけてくる。
ここで大好きではないと否定したらどうなるのだろうか……。手初めに目を抉られたりして……。
スーパーヤンデレタイムには頼むから入らないで欲しい。可愛いまま純粋に育って。お願いだから。
「目は大事だから!」
「ほら! エリカちゃんはボク以外見たくないって! お前がエリカちゃんの瞳に映ったらエリカちゃんの瞳がえぐれちゃうもん! 早くどっか行ってよ! 」
──どんな解釈だ! そして抉るのはお前だヤンデレくそ野郎!
葵君の言葉を鵜呑みにした男の子は目に涙を溜めて駆けて行ってしまった。
ああ……ごめんよ。恐らく初恋であろうに。
彼の恋を踏みにじった気がしてならない。
対する葵君は実に清々しい顔をしている。むしろ嬉しそうだ。
……これは勘違いしてる。大方、彼の中で私は葵君しか目に入ってないの的な展開になっている。葵君は自分に都合の良い解釈しかしないから。
なんだかヤンデレを防ぐどころか、早い内に発症させてしまっているような……。
しかもそのベクトルは間違いなく私だ。
ほんと、育て方を間違えました。今更後悔してます。ここからどう更生して行けばいいのやら……。前途多難であります。