第12話 不気味なぬいぐるみ
「……ここがゲーセンですか」
「音量大きくない? 凄く五月蝿いんだけど」
大きめのゲーセンを見つけた私達は鬼龍とひなたちゃんに続くように店内に入る。すると途端にお店のBGMや様々なゲームの音が交じり合い、不協和音が耳に入った。生まれて初めてゲーセンに訪れた者達はその五月蝿さに耳を押さえている。
ビクビクと不安げに耳を押さえながら店内を見渡す雪柳君をひなたちゃんは引っ張ってここから近いシューティングゲームがあるコーナーに向かう。ドロドロとグロテスクなゾンビを撃つゲームに嬉嬉として2人プレイが出来るよう二百円を投入したひなたちゃん。ゲーム用の専用ガンを彼女に渡された雪柳君の目は涙目だ。
一方杜若君は何やら両替機が気になるようで懐から一万円札を出して機械の投入口に入れたが戻されてた。この両替機は諭吉さんは食べてくれないようだ。私は何度も諭吉さんが戻されるその姿が面白かったからそのまま彼を放置していたが、見兼ねた心優しきスタッフに両替機の説明をされていた。
鬼龍君はUFOキャッチャーのコーナーで何やら王冠とマントを装備した可愛らしいウサギのぬいぐるみを凝視し、そのままその台にお金を投入した。しかもあれは五百円だ。本気過ぎる。一回で取れるとは思っていないから最初から五百円を入れて通常より一回多くプレイ出来るコースである。
あまり見ていても睨まれそうなので私もふらふらとUFOキャッチャーコーナーを見て回る。本当は音楽ゲームのコーナーに行きたい。しかし私の後に着いて来る葵君と茅には私が音ゲーをしている姿を見せられない。だからこうして無難にUFOキャッチャーの景品を見ている。
──ゲーセンに来る前に気付くべきだった。そもそもセーブデータを保存しておけるカードもないし、かと言って保存しないでやるのもあれだ。葵君達がいるから難易度の1番低いレベルでやるという手もあるが、それでは私が物足りない。……全然エンジョイ出来ない。
ぶっすーと不満げにUFOキャッチャーを見ていたら、ふと気になるぬいぐるみを見つけた。右耳がウサギの耳で左耳がネコの耳。左右で色と位置が違うボタンの目。キシシと笑い出しそうな怪しげなギザギザとした口元。継ぎ接ぎだらけの上に手足は包帯がぐるぐる巻かれ、マントを装備し、悪魔の羽と尻尾が生えている。
──何だこれ。凄く不気味だ。
「そんなにそのぬいぐるみが欲しいの?俺が取ってあげるよ」
「えっ…… いや……」
あまりにも私がガラス越しに不気味なぬいぐるみを見ていたからか、葵君にこれが欲しいのかと勘違いされた。別に欲しくて見ていたわけではないと言う前に葵君は投入口に百円玉を入れてしまった。まず彼が小銭を持っていることに驚いた。
お金持ちといえばカードしか持っていなくて小銭の存在なんて知らないものではないのか。単に前世で私が読んでいたお金持ちが出てくる漫画や見ていたドラマが大袈裟に表現されていただけだったのだろうか。
斯く言う私も葵君と同じく小銭もきちんと持ち歩いているが。親名義のカードからお金を引き落とすとかとても申し訳なくて出来ない。
一般の高校生のお小遣いとしては充分過ぎる桁違いなお小遣いでやり繰りしている。その殆どは使い道がなくて銀行行きだ。欲しい物を与えてくれている時点でお小遣いの意味は皆無。
我が両親は私を甘やかし過ぎだと思う。こんなんだから原作の華京院エリカは傲慢でプライドが高く我儘な悪役令嬢になってしまったのではないだろうか。
「……ねぇ、葵君。葵君はUFOキャッチャー初めてでしょ? 一回で取れるとは思えないよ」
「勿論初めてだけど。……要はクレーンを動かしてあのアームとやらで掴めばいいんだよね? ……あのぬいぐるみの位置と形状、重さ、向きから考えて…… うん、一回は無理だけど、二回で取れると思うよ」
葵君はUFOキャッチャーを嘗めている。初心者の彼がそんな簡単に取れるわけがない。アームの強さは裏で制御されているし、それは各店舗によって異なり、取りやすい店舗もあればいくら積み込んでも取れない店舗もあった。勿論UFOキャッチャーが下手くそな私の分析であるから、得意な人はアームの強弱に関係なくホイホイ取ってしまうのかもしれないが。
「葵君、知らないかもしれないけどUFOキャッチャーは貯金箱とも言われているみたいでね、だからそう簡単には──……」
「はい。取れたよ」
「……わお」
笑顔で私に不気味なぬいぐるみを渡す葵君。やっぱり彼はおかしい。少しくらいUFOキャッチャーという名の貯金箱に貢いであげようとかそういう気はないのか。初めてやった人にこうもあっさり取られてはお店側も困るだろう。
「こんな簡単なのになんで五百円も投入出来るようになってるんだろう? ……そう思わない? 下僕」
「一回死んで頂けませんか? それは隣で五百円で取れなかった私に喧嘩を売っているんですか?」
「別にそう捉えてもらってもいいけど? 無様で笑えるね。エリカの欲しがってる物をあげられないとか、それでも付き人なの?」
「死ね、三男坊」
もはや葵君は初めてやった茅だけではなく、UFOキャッチャーが不得意な者達全員に喧嘩を売っていると思う。そこには私も含まれている。
何気に負けず嫌いな茅は小銭が底を尽きたのか、両替機に向かった。両替機には鬼龍君がいた。彼は一体いくら費やしているのだろうか。彼が取ろうとしていたウサギのぬいぐるみはガラス越しで背を向けてぐだっと倒れている。仰向けだったのが鬼龍君によってうつ伏せに変わっただけで今もその場所にいた。
きっと鬼龍君も私と同じでUFOキャッチャーが不得意なんだ。ここは葵君が取ってあげればいいと思う。尤も、それで鬼龍君が喜ぶとも到底思えないが。
「エリカお嬢様、お待たせしてしまい。申し訳ありませんっ。私からもこちらをどうぞ」
「う、うん。ありがとう茅」
結局茅のお財布から樋口さんが一人分このUFOキャッチャーの台に貯金された。正直こんな不気味なぬいぐるみなんて2体もいらないのだが、茅が樋口さんを犠牲にして一生懸命取ってくれたので有り難く受け取った。2体もいるからリボンか何かで区別を付けておきたい。今は髪紐を茅が取ってくれた方に巻いておく。商品タグには『らびにゃんverデビル』と書かれており、見かけによらず可愛い名前がつけられていたが、この2体の名前は『二百円くん』と『樋口さん』にしよう。
「なんだ、お前のその不気味なそいつは。趣味悪ぃな」
「失礼だよ、鬼龍君。例え不気味でも愛でれば愛着が湧くもん。……多分。そういう鬼龍君は随分趣味の良さそうな可愛らしいウサちゃんに貢いでたね。その袋に入ってるウサちゃんに一体いくらかけたのかな?」
「なっ?! うっせ! これはそのっ。妹にあげるやつだ!!」
「あれ? 棗君には妹なんていないよね。もうっ。嘘ついてまで欲しかったなんて可愛いなぁ棗君は」
「てめっ。クソひなたぁぁぁ!」
集合時間も近付いて来たので、ゲーセンから出て集合場所に向かう。私の抱きかかえている不気味なぬいぐるみのらびにゃんこと二百円くんと樋口さんを見た鬼龍君が私の趣味を疑って来たので仕返しとばかりに私も彼のその顔に似合わない趣味をネタにして茶化す。しかもひなたちゃんの言葉からして鬼龍君に妹さんなんていないらしく、ここにいるメンバーには彼の趣味がバレた。
私は前世から知っていたから別にあれだけれど、ほかの面々も別に人の趣味に興味はないのか、鬼龍君に変な目線を向けるものはいない。まぁ、人の趣味は人それぞれだから口出しするのも野暮である。……茶化す程度は許して欲しいが。
「か、華京院さんが持ってるそのぬいぐるみ…… らびにゃんだよね」
「雪柳君、知ってるの?」
「う、うん……。それ…… 土曜日九時半からやってるアニメのマスコットキャラだよ」
ゾンビのシューティングゲームで泣いたのか、目元が赤くなっている雪柳君が初めて私に話し掛けて来たから何事かと思いきやその内容は私がもっているぬいぐるみに関してだった。
──この不気味なのが土曜日の子供番組ゾーンともいえる朝アニメ帯のマスコットキャラクター?
「華京院さんも見てるの? ……僕も双子の妹達が見てるから何となく一緒になって見ちゃってるんだ……。『魔法少女エリカちゃん』」
「は…… い?」
──ま、魔法少女…… エリカちゃん?
このらびにゃんがマスコットキャラクターとして出てくるアニメはまさかの私と同じ名前だった。雪柳君はそのアニメを見ていない私の為に軽く説明までしてくれた。今小さい女の子達の間で人気のアニメで文字通りエリカちゃんが突然魔法少女になって悪の組織と闘うアニメらしい。らびにゃんはコスプレが趣味で毎回色んなコスチュームで登場してはエリカちゃんにツッコミを入れられているとのこと。
「妹達はらびにゃんが一度着ていた自宅警備員の服が気に入ったみたいで…… 将来は自宅警備員になりたいみたい……」
「へ、へぇ……」
自宅警備員の服装って何なのだろうか。……あのNEETと書かれた黒いヘルメットと防弾チョッキを着込み、黒で統一したあれか。SNS等でコスプレ画像が回っていた気がする。魔法少女ではなく自宅警備員になりたいという彼の妹達の思考回路が分からない。自宅警備員と言えば家を守っている凄い職業と思ってしまうのかもしれないが、その実態はニートである。全然凄くもないし、かっこよくもない。
「内容自体は子供向けにしてはとてもよく出来てると思うよ……。華京院さんと名前が一緒だし…… 気になったなら今度見てみて」
「う…… うん。録画してみるね」
ストーリー構成が良い作品は好きだから録画してみよう。悪役令嬢エリカ様が魔法少女エリカちゃんを見るその絵面を先に想像してしまい、何だかおかしくなった。
その後時間通り集合場所に集まった私達は先生達にゲーセン会社のロゴが入った景品袋を見られ、紳士淑女らしかぬ低俗な場所にいくなど頭を冷やしなさいと反省文を書かされた。……差別である。
こうして二泊三日の合宿は終わった。何だか苦い思い出しかないような気がしないでもない。




