第11話 楽園までの道のり
何とか一日で熱を下げた私は合宿最終日の班別自由行動には参加することが出来た。葵君や茅からはまだ安静にしていた方が良いと言われたが、森林ツアーを諦めたのだから最終日は何が何でも行ってやる精神でもう大丈夫だとゴリ押しした。
保健医の杜若先生も面倒臭い例の2人を早く私に引き取って貰いたかったのか、私の熱が下がった事を確認すると二つ返事で三日目は通常通り班別自由行動に参加して良いと許可が出た。
私達第1班の自由行動スケジュールは至って普通だ。野花が綺麗な公園に行ったり、記念博物館に行ったり、美術館で絵画を鑑賞したりとその地の観光マップに掲載されていた場所を合宿前の班会議の時に話し合って先生に提出した。
自由行動とは言えど後日、班の皆との現地集合写真と共に感想文を書かなければならないのでハメを外し過ぎて全くスケジュールにない場所ばかりに行くことは出来ない。
私としては集合写真だけ現地で撮って感想文はネットで検索して適当に使えそうな評判や実際に行った人々の感想を自分なりに書き直せばそれでいいのではないかと思う。こんなご令嬢らしかぬ浅はかな考えばかり思い付いてしまうのは致し方ない。前世で悪知恵ばかりが良く働く女子高生だったのだから。課題図書の読書感想文は本文を読まずに作者のあとがきだけを読んで書く奴である。
しかし流石は嶺帝学園の生徒だ。きちんとスケジュール通りに動いているようである。
先程見掛けた班はBクラスの生徒と思わしき男子がスケジュールにはない行動を取ろうとしていたみたいでSクラスの生徒にこっ酷く怒られていた。
そして我が班にも今現在怒られている人物が2名いる。
「すげぇ飽きた。もう最後の美術館とかくそつまんねぇとこ行かねぇでゲーセン行こうぜ」
「はいはーい! わたしも棗君に賛成!」
「貴方達は何を考えているんですか! そのゲイセンとやらには行きませんよ!」
「皐月君ってばゲイセンって……。やだっ。ゲイ専っていかがわしいお店みたいっ」
赤髪ピアス不良少年こと鬼龍棗と美少女ヒロインこと春原ひなたちゃんは静かに絵を鑑賞する美術館とは対照的である騒音に塗れたゲームセンターをご所望のようだ。杜若君はゲーセンという聞きなれない単語に首を傾げつつもスケジュールにはないという理由で却下している。ひなたちゃんはゲイセンに反応するなと言いたい。確かに私もゲイ選やゲイ専等と勝手に変換してしまったが、そこは私の様に声に出さずに心に留めておくものだ。
──それにしてもゲーセンか。
実は私も美術館よりそちらに行きたい。どちらかと言えば美術館のようにただ絵画を見るだけの場所にお金を払って行くのであれば、UFOキャッチャーや音楽ゲーム、メダルゲーム等にお金を払いたい。美術館が大好きな方には本当に申し訳ないのだけれど。
「……ねぇ、私もゲーセン行きたい」
「エリカお嬢様っ?! しかし…… そのゲーセンは先程あの女がいかがわしいお店だと……。駄目です。お嬢様にはまだ早いです!」
「そんないかがわしい場所にエリカは連れて行けないな。俺のエリカが穢れる」
どうやら杜若君同様この過保護ズもゲーセンがどのような場所か知らないらしい。ひなたちゃんのせいでゲーセンが多大なる誤解を生んでいる。後ろでブルブルと震えている雪柳君を見る限りだと、彼もまたゲーセンを理解していないのだろう。怖いところだと勘違いしていそうだ。
何故皆ゲーセンを知らないのか。普通行ったことがなくても聞いたことくらいはあるだろう。ご都合主義が発動されている気がする。
「ゲーセンは皆が思っているようなところじゃないよ。ぬいぐるみとかお菓子を取るUFOキャッチャーっていうのがあったり、リズムよくボタンを押す音楽ゲームとか、シューティングとか、専用のメダルを使って様々なゲームが出来たり、場所によってはバスケやダーツ、ボーリングとかで遊べる楽しい場所だよ」
「へぇ……。意外だな。お前、お嬢サマにしては随分ゲーセンを知ってるみたいじゃねぇか」
「も、勿論行ったことはないよ! ……そう! テレビ! 先日テレビで見たの!!」
お嬢様のくせにゲーセンを詳しく知っているのがそんなにおかしいのか……。鬼龍君は目を見開いて驚きの表情を私に向ける。何だか知っていることがいけないみたいな感じの流れであったので咄嗟に言い訳紛いにテレビで見たと付け加えた。
この世界では勿論行ったことはないが、前世では一時ゲーセンに通いつめていた。文字にしなければ分からないかも知れないけれど、私は乙ゲーマー且つ音ゲーマーだった。友人に誘われたが運の尽き。そこからどっぷり沼に嵌った。
有名な太鼓の音ゲーは勿論のこと、大小いくつもの立方体が積み重なったようなデザインで構成されている筐体で16マスのパネルを押す音ゲーや、リズムにのって相手とオブジェクトを跳ね返し合う音楽対戦ゲーム、コースを疾走しながら画面の最奥から迫るエフェクトノーツをボタンとツマミを回してエフェクトをかける音ゲー等。
ここにあげていない他の音ゲーも殆どやっていた。セーブして曲を解禁して行く為に対応カードを少なくとも三枚は所持していた筈。学校帰りはそのまま学校近くのゲーセンに向かう程通いつめた時期もある。今となってはそんな時期がとても懐かしく感じる。華京院エリカとして生を受けてからは1度も行ってないゲームの楽園。
──行きたい。
行ける機会なんて早々無いのだ。今が絶好のチャンスだろう。鬼龍君とひなたちゃんは行きたいと言っているのだから後の3人を説得すればいい。葵君と茅は私に甘い節があるので正直敵ではない。雪柳君に関しては皆が行くと言えば着いて来るであろうからこちらも問題ない。
今回ラスボスとなるのは堅物である杜若君だ。彼がスケジュールに書かれていない未知の場所に自ら足を赴くとは到底思えない。
「いいですか、スケジュール通りちゃんと動いて下さい!」
「……杜若君、スケジュール通りちゃんと行けば文句はないんだよね?」
「ええ。これから美術館に向かえば私達の班の予定は終わりですので」
「じゃあさ、時間に随分余裕があるし美術館に行った後にゲーセンに行けば問題ないよね」
「それはっ……そうかもしれませんが」
「はい決定ね」
私としては美術館前で集合写真だけを撮って速攻ゲーセンに行きたいが、それでは杜若君が納得してくれなそうなので、美術館はしっかり行こうと妥協する。幸いにも先生が指定した集合時間までまだまだ随分あった。それならば美術館に行った後でもゲーセンに行ける。前世の悪知恵を皆に教授しなくても済む。
やや強引かもしれないが、杜若君にはそれくらいがちょうど良いだろう。先生達だって生徒達が早く戻って来られても困るかも知れない。時にはスケジュールになくても臨機応変に行動するべきだと私は杜若君を説伏せる。彼は渋々首を縦に振ってくれた。
そうと決まれば早く美術館に向かおう。
「おい、ひなた。どっちが早く美術館を回れるか勝負しようぜ」
「むっ。臨むところよ棗君。負けないからね! なずな君、スタートの合図! 早く!」
「ええっ?!……い、位置について。よ、よーいドン!」
「貴方達! 館内は走っては行けませんよ!! 何を考えているんですかっ。待ちなさい!!」
鬼龍君は美術館に入るなりひなたちゃんに勝負を申し込み、2人は雪柳君の合図と共にクラウチングスタートで同時に駆けて行った。見て回ると言っていたが、壁にかけられた有名著者の絵画には目もくれず、進行経路に沿い出口を目指していた。……美術館は脱出ゲームではない。注意をしている杜若君も2人を追って走ってしまっている。
──阿呆だ。
幼稚園児でもあるまいし、嶺帝学園の生徒として恥ずかしい。普通に同じ人間としても恥ずかしい。見回りの先生と思わしき人がいないことが救いだ。服装も嶺帝学園生とすぐ分かる真っ白い制服ではなく、私服なので特定されることはないと思う。むしろあんなに騒々しい奴等があの格式高い名門校の生徒とは思えないだろう。
いくらゲーセンに早く行きたいからって私は2人のようには出来ない。取り残された私と葵君、茅、そして雪柳君の面々はきちんと絵画を鑑賞した。周りのお客さん達はこの絵の比率が良いだの、色使いが素晴らしいだの、この画家の絵のテーマはどうかしてるだの賛否両論で評価しているが、私にはさっぱり分からない。私的に落書きに見える絵でも名画と呼ばれている作品も少なくはない。私の感性がおかしいのかも知れないが。
「エリカがこの前描いたクマの方が俺は好き」
「三男坊。どこをどう見たらあの絵がクマに見えるんですか。可愛らしいタヌキです」
そうですよねと茅は私に問い掛けて来るが、私はクマもタヌキも描いた覚えはない。私が描いていたのはパンダである。テレビで絵心教室という番組でお題にされていた動物がパンダだったので試しに私も描いてみたのだ。お手本とはかなり掛け離れてはいたものの、これはこれで躍動感があり、中々の力作だと自負していたのに……。パンダだと認識されていなかったのか。
確かに番組を見ていなかった2人から貰ったその時の感想はなんとも言えないその表情が素晴らしいとか、描こうと思って描ける作品ではないから素晴らしい等、どれも私が描いた動物名は入っていなかった。彼等は私が描いた動物が何だか分からなかったから濁していたのか。
今思えばどの感想も褒めているのか、貶しているのか怪しい。褒められたと純粋に喜んでいた私がどうかしていた。ここで実はパンダでしたと言っても返って2人に気を遣わせてしまうかもしれないのでご想像にお任せしますと濁した回答をした。
「お前等出てくるの遅ぇよ。何十分も待ったぞ。早くゲーセン行こうぜ」
「あー…… あの時もっとあそこで加速していれば勝てたのにー」
「気付いたら美術館の外に……。私とした事が……」
私達が美術館から出ると、当たり前だが既に3人はいた。鬼龍君は階段に腰を下ろしていたが、私達に気付くと待ちくたびれたと言ったような顔で立ち上がる。ひなたちゃんはどうやら鬼龍君との勝負に負けたらしく、不貞腐れていた。杜若君に至っては彼等のせいでまともに絵画を鑑賞出来ず、項垂れている。そんな彼を労ることなく鬼龍君とひなたちゃんは私達をゲーセンに急かした。




