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第10話 看病コース?

「私があの時にしっかりとお止めしていればこんな事にはっ。どんな処罰をも覚悟しております! やはりエリカお嬢様に米研ぎはまだ早かった……」

「俺のエリカは熱で床に臥しているのにどうしてあの女狐は元気なんだい? 凄く腹立たしいんだけど。……それにしても、熱で頬を真っ赤に染めて弱ってるエリカも扇情的でいいね。不謹慎だけど、ゾクゾクするよ」

「お前等、騒ぐなら余所でやれ。五月蝿すぎて華京院が寝れない。これじゃあ治るもんも治らないぞ」


 杜若先生の言う通り森林ツアーを諦めた私は療養の為に大人しく旅館で待機しているのだが、過保護な婚約者と側近も森林ツアーに参加せずに私と一緒にいる。

 ひなたちゃんは熱を測っても至って健康だったので杜若先生の看病コースではなく、強制的に一学年の攻略対象と交流を深める森林ツアーコースだ。茅を森林ツアーに連れて行きたかったのか誘っていたのだが一刀両断されていた。粘って何度も誘ったのにバッサリと断られ続けたひなたちゃんが少し可哀想だった。

 余談かもしれないが、茅は執拗に誘っていたくせに葵君は誘うどころか嫌そうな目を彼に向けていた。葵君も葵君でひなたちゃんの事を睨んでいたが。2人の間でバチバチと火花が散っているように見えたのは気のせいだろうか。


 明日の為にもよく寝て早く治そうと試みるも2人が五月蝿すぎて眠れない。

 茅は私を止められなかったことを酷く悔やんでいるらしく、処罰してくれと懐から鞭を取り出して私に寄越してきた。私に鞭を渡されても非常に困る。私にそんな趣味はない。

お米の件に関しても川に落ちた後、きちんと洗って戻って来たのに何故かそれがなかった事にされている。

 葵君の方はなんかもう言動が危ない。貴方のその思考に私はゾワゾワである。寒気が余計増した。

 兎に角2人とも杜若先生の言う事を聞いて欲しい。頭が痛い。


「あー…… お前等のせいでまた熱が上がったんじゃないか? どれ…… やっぱ熱いな」

「このエロ医者。なにエリカの額に自分の額くっけてるの。死にたいの?」

「エリカお嬢様の神聖なおでこがっ。穢れてしまいます!」

「ほんと面倒臭いな、お前等。手懐けてる華京院凄いわ。一刻も早く治してこいつ等引き取ってくれ」


 お前に関わると面倒臭いから嫌だと眉を顰めて溜息をつく杜若先生。心外だ。もっと病人を労わって欲しい。全然看病されていないではないか。これの何処が看病コースなんだ。私が悪役令嬢だからこんなに塩対応なのだろうか。ヒロインであるひなたちゃんだったら違ったのかもしれない。

 

 葵君と茅は本当に黙ってくれと言いたい。杜若先生は先程体温計で私の熱を測ったばかりだったのでもう一度測るのが単に面倒なだけだ。おでこに触れただけで2人とも大袈裟過ぎる。そして私のおでこはいつから神聖な場所になった。

色々と物申したいが身体が怠いので言う気にもならない。黙っていたら黙っていたで私がいかに尊い存在であるかを杜若先生相手に語り出す始末。


「……駄目だ。もう我慢できない。パスだ。俺に華京院の看病は荷が重い。お前等2人に任せるわ」

「え…… ちょっと…… ゴホッ…… まっ待って杜若先生っ」

「大丈夫だよ。あんなエロ医者の看病より俺の方が安心出来るでしょ?」

「この三男坊が役に立つかは分かりませんが、私も誠心誠意エリカお嬢様の看病をさせて頂きますので安心して下さい」


 じゃあなと手をひらひら振って杜若先生は部屋から出て行ってしまった。具合の悪い生徒を放置とかそれでも保健医か。何の為にこの合宿に引率して来たのだ。

 私が布団から身を起こして杜若先生に向けて伸ばした右手は葵君に握られた。茅は兎も角葵君の看病で安心とか無理である。不安しかない。

 これは杜若先生の看病コースではなくて確実にイレギュラーな私専用の看病コースに突入している。


「エリカお嬢様。なにか食べたい物はございますか?」

「……シフォンケーキ」

「……エリカお嬢様。シフォンケーキが大好きなのは知っていますが、今は止めておいたほうがいいかと。リンゴがないか旅館の者に聞いてきますね」

「ん…… 分かった」


 大好きなシフォンケーキが食べれないなんて困る。これは早く治さなければ。

 私の返答にやや困り顔をした茅はリンゴを調達しに向かうべくドアに向かったが、何かを思い出したかのように振り返った。


「それから三男坊。……私がいない間にエリカお嬢様に何かしたら…… 分かってますよね?」

「俺って下僕に信用されてないみたいだね。まぁ、お前に信用されても気持ち悪いけど。……早く帰って来ることをお勧めするよ。何かする自信しかないから」

「自信満々に言わないで下さい。それに、そんなことをしたらエリカお嬢様に嫌われますよ。別に貴方が嫌われようがどうでもいいんですけど。むしろ嫌われてしまえと思っていますが。エリカお嬢様にだけは手を出さないで下さいね」


 葵君に厳重注意をした茅は直ぐに戻って来ますと今度こそ部屋を後にした。厳重注意するならこの危険人物と私を一緒にしないで貰えると嬉しかった。

 そもそも今思えば別に茅がわざわざ直接聞きに行かなくても部屋には何かあった時の為に連絡用の電話機が常備されているのだ。そこまで頭が回らなかった私もあれだけれど、気付かなかった茅もどうかと思う。

 これがゲームであれば仕方が無いとか、そういう仕様だと大目に見れる。しかし何度も言うが、私にとってはこの世界は3次元なのでほんと勘弁して欲しい。茅が謎の天然っぷりを発揮したせいで私は身の危険に晒されているではないか。


 何もされませんようにと願いながら再び布団に横になる。こんな不安でいっぱいな看病をされたのは初めてだ。

 もうかくなる上は寝てしまえと、私は布団を思いっきり被って目を瞑る。

 

 

 ……駄目だ。頑張って寝ようとしても睡魔がやって来ない。寝よう寝ようと思ってる時程寝れないものだ。

 

 ……そういえばいきなり静かになった気がする。いつもなら私が近くにいれば話掛けてくるのに。流石に風邪でダウンしてる私を気遣ってはくれているようだと布団から彼をチラッと覗き見る。


「……葵君。何でそんな離れたところで正座してるの」

「エリカに変なことしないように心を無にしてる最中」

「そ、そう…… 頑張って」


 全然風邪の気遣いじゃなかった。いや、彼なりに私から離れてやましい気持ちを無くそうとしてるその姿勢には気遣いを感じるが。

 彼の努力を無駄にしない為にも早いとこ眠りにつきたいところだが無理そうだ。それに先程まで賑やかだったせいか、いきなり静かになると寂しさを感じる。

あんなに煩わしいと思っていたのにそう思ってしまった自分に驚きだ。弱っている時に人肌が恋しくなるとはこれのことか。


「……ね、ねぇ、葵君。心を無にしている最中に非常に申し訳ないのだけれど、ちょっと私の手を握ってくれないかな?」

「それは今の俺にとってなんとも素敵な拷問だね」

「ごめん。拷問に耐えて下さい。……弱ってるせいか、心細いの。葵君に手を握って貰えたら嬉しい」

「そんな嬉しいこと言われて頼まれたら断れないよ。これは手を出したって言わないよね?」


 布団から顔をちょこんと覗かせて葵君に手を握ってと頼む。すると彼は片手で自分の顔を隠すように覆った。隠しきれていない真っ赤になった耳や手の隙間から照れている顔が見える。意外にも可愛い反応をする葵君に内心驚いた。

 

 私の近くに来て手を握り、もう片方の手で布団の上からお腹の辺りをぽんぽんと一定のリズムで優しくあやすように叩く葵君。

 葵君が看病なんて不安で仕方が無かったけれど、何故だか今は安心出来た。何だかんだ言いつつも私の嫌がることはしてこないからだろうか。

尤も、これから先は分からない。あの悲惨なエンドの数々を知っているから油断大敵ではある。

しかし今日は彼に甘えよう。右手の温もりを感じながら私は次第に夢の中に旅立った。

 

(……どうしよう。エリカが可愛い過ぎてつらい。気を抜いたら襲っちゃいそう。嫌われたくないから早く戻ってきてよね。下僕)

 

 私は既に夢の中にいるので葵君が理性を保つのに必死だったことは知る筈もない。更に私は無意識で葵君の手をギュッと握っていたらしく、彼への拷問は茅が帰って来るまで続いたようである。


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