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第9話 不測の事態

「……37度8分。これは完璧に風邪だな、華京院」

「えいちゃん先生! えいちゃん先生! わたしは?」

「35度7分。お前は至って健康だぞ、春原」


 何故だ。何故私が風邪を引いてしまっているのだ。

私はただお米を洗いに川辺に向かったのに……。どうしてずぶ濡れになって帰って来て、終いには次の日に風邪を拗らせているのか。


 


 昨日、私は茅と葵君の心配そうな目線を背中で受けながら確かに川辺に向かった。

 数分間歩いた先に水が綺麗に澄んだ川を見つけた。早速お米を洗おうとしたら、春原さんが何やら慌てた様子で私のもとへ走ってきたのだ。


「はぁっ…… はぁっ… ま、待ってよエリカちゃん! その役目は…… わたしがやらないとなの。い、いきなりいなくならないでよ!」

「……はい? 役目? ……ああ。もしかして、お米を洗うって選択をすると攻略対象の誰かと親しくなれるの?」


 先程まで暢気に皆がカレーを作っているのを応援していた春原さんがこうも慌てて私を追い掛けてくるとなると、考えられるのはそれくらいである。

 私としてはいつから私のことをそんなに親しげに呼ぶようになったのか気になるのだが。あちらがそう呼んでいるのだから、こちらも名前で呼んでも問題はないだろう。

 前世で『恋乱』をプレイしていた時はヒロインのことは下の名前で呼んでいた。だから今世で彼女のことを苗字で呼んでいることに違和感を感じていたのだ。


 それにしても、エリカちゃんか……。


 あまり呼び慣れない。学園にいる生徒達は『華京院様』や『エリカ様』等、敬意を表して敬称されているので呼び慣れないのだ。

 幼少期は葵君も春原さんと同じ様に私のことを呼んでいたが。

 そういえば私に告白してきた子にもそう呼ばれていたな。あの男の子は今も元気にしているのだろうか。

私に告白して直ぐに海外へ行ってしまったらしい。 らしいと言うのは、そもそもその男の子と同じクラスではなかったから、海外に行ってしまったなんて暫くは知らなかったのだ。

 

 ……葵君と私のせいで海外に行ったんだったらどうしよう。


 おそらく彼は海外に旅立つ前に告白しようと決心していたのだろう。そうであって欲しい。


「本当に貴女ってば何も覚えてないのね! しょうがないからわたしが教えてあげるからしっかり聞きなさいよ」

「あ、ありがと……」

「いい? ヒロインがお米を研ぐを選択するとそれを邪魔しに来た華京院エリカに突き落とされて川に落ちるの。それによって風邪を引いたヒロインは攻略対象のえいちゃん先生に看病されるってわけ」

「えいちゃん先生?」

杜若(かきつばた)栄一郎(えいいちろう)先生のことよ」

「ああ、保健医の」


 杜若栄一郎とは嶺帝学園高等部担当の保健医だ。

深みのあるネイビー色の髪は生まれつき癖っ毛で、本人曰く面倒臭いから何もしていないらしいが、逆に無造作マッシュになっていてボサボサと汚らしい感じには見えない。

 ウェリントン型の茶縁眼鏡が髪型とマッチしている。白衣を着ていなければ職業を疑うレベルのイケメンだ。

 何に対してもやる気がなくて面倒臭がり屋なところが玉に瑕である。性格は正反対であるが、彼は杜若皐月の従兄弟だ。


 そしてエリカちゃん呼びに引き続き杜若先生のことをえいちゃん先生って……。


 フレンドリーである。

 嶺帝学園の先生達は初等部までは兎も角、それより上は厳格な先生ばかりだ。あだ名呼びを許してる先生なんて居なかった筈。

杜若先生は注意するのも面倒だったからそのままにしたに違いない。


 春原さん改め、ひなたちゃんの話を聞けば華京院エリカがお米を洗うヒロインを川に突き落としたことによって先生枠の攻略対象である杜若栄一郎のフラグを回収出来ると言うことか。

 よくそんな細かいところまで覚えているな。


「ここでひなたちゃんに残念なお知らせなんだけど。……私がひなたちゃんを追い掛けないでひなたちゃんが私を追い掛けて来てるんですが。更に言えば私のお米洗いを邪魔しているの、現在進行形でひなたちゃんだよ」

「それは貴女が空気を読まずに米を研ぎに行っちゃったからでしょ! 何を考えているの!」

「だって何か手伝いたかったんだもん!」


 米くらい家で研ぎなさいよとひなたちゃんは言うが、私にはその米研ぎでさえハードルが高いのだ。

やっと今日頑張って折れずに強請り、漕ぎ着けた仕事なのである。そうやすやすと譲るわけにはいかない。


「ならわたしを川へ突き落として頂戴。何か手伝いたいんでしょ? 華京院エリカの本来の役目じゃない!」

「いやいやいやいや。そんなことは出来ないよ!それに此処、凄い浅瀬なのに落ちたくらいで風邪引くの?」

「普通に考えてこんな浅瀬で風邪を引くなんてわたしも思わないけど。そこはあれよ。二次元だから」

「ああ……」

「わたしと貴女にとっては二次元じゃないから何とも言い辛いわね。ってそんなことはわたしに聞かないでゲーム会社とかに聞いてよ!」


 確かにゲーム会社やシナリオライターに物申すべき事柄だ。

前世ではひなたちゃんの言った通り、二次元だからという魔法の言葉で何とかなるが、私とひなたちゃんにとっては例えここが『恋乱』という二次元の世界であっても三次元であるから魔法の言葉は使えない。

にも関わらずひなたちゃんは川に落ちるつもりなのか。

 原作(ゲーム)と同じく風邪を引くなんて保証はないぞ。きっと今まで一部を除いて原作(ゲーム)通りに攻略対象と接点を持てていたから今回も大丈夫だと思っているに違いない。


「もういい。貴女が落としてくれないならわたしが自ら落ちることにするから!」

「自作自演! ちょっ。ひなたちゃんなら自ら飛び込まなくても杜若先生の恋愛値は上げられるって。早まるな!」


 ズカズカとひなたちゃんは自ら川に足を進めて行く。私はお米の入ったボールを下に置いてから急いで彼女の腕を掴んだ。か弱いかと思いきや意外に力があることに驚きだ。


「離してよ! これはヒロインに与えられた使命なの! 川に落ちなければっ」

「謎の使命感に目覚めるのやめてよ! 他の方法とかがあるって!」


 その謎の使命感を葵君のフラグ回収に使って欲しい。川に落ちなければならい使命って一体何なのだ。

態々この川に落ちなくとも頭痛とか腹痛とか言えばいい。……やる気はないけれど腕は確かな杜若先生には仮病だと直ぐにバレそうではあるが。

面倒だから寝てろと言われて終わりかも知れない。

 でもだからといって今此処で川に落ちないで貰いたい。その場にいた私は皆になんて言えばいいんだ。彼女の茶番に付き合ってられない。


 前屈みになってぐいぐい私ごと引き摺るひなたちゃん。

 ……強過ぎるっ。

 くっそ、負けてたまるか!!

 最後の力を振り絞ってひなたちゃんとは反対方向に力を込めて引っ張る。


「あ……」

「え……」


 どちらの声が先だったかは分からない。勢い余ってばしゃんっと川に落ちた。私は顔面からいったが、ひなたちゃんは尻餅を着いただけで済んだようだ。

 顔面から川に落ちた私は前面ずぶ濡れである。おまけに川の中に小石が散乱してて顔が地味に痛い。

 ひなたちゃんの様に咄嗟に手をつけなかった私の運動神経というか反射神経死んでる。

 私の両手はひなたちゃんの腕を最後の最後まで掴んでいたから無理だったのだが。



「──で、華京院は昨日何故かずぶ濡れになって帰ってきたが、何があったんだ?」

「……お米を洗いに…… 川へ行ったら…… なりました」

「……はぁ?米研ぎでって…… 何が起きた? 米研ぎに行ってずぶ濡れとか…… お前大丈夫か? ほんと俺が面倒だからあれほど体調管理はしっかりしろと最初に言っただろ」


 ……酷い。

 私だってお米を洗いに行ったのに顔面から川にダイブするとは思ってもみなかった。ひなたちゃんのせいだ。

 しかもあれだけ浅瀬に落ちて風邪なんか引くわけないとか言ってたのにまんまと拗らせるとか……。ひなたちゃんはピンピンしてるのに……。

 魔法の言葉は通じないとなると、ここ最近色々とあって精神的なストレスもこの風邪の原因の1つではないだろうか。


「もう面倒だから取り敢えず薬飲んで今日1日ずっと寝てろ」

「え、森林ツアーは……」

「そんな真っ赤な顔で行けるわけないだろう。馬鹿か。明日の自由行動の為にも森林ツアーは諦めろ」

「そんな……」


 私が看病されるコースとか聞いてない。本来ここのポジションはひなたちゃんなのに。

私はひなたちゃんと違って看病コースは望んでない。純粋に森林ツアーを楽しみしてた。それなのに何たる仕打ちっ。

 

 羨ましそうな顔で見られても困るよ、ひなたちゃん。合宿2日目が寝たきりなんて非常につまらない。もう泣きたい。



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