九等星 星空のプラネタリウム
九等星 星空のプラネタリウム
夢。長い、長い夢。
もう、明ける事がないかもしれない。何もかも分からない。
「佑くん、おはよう」
「あ、あぁ。今日は起きたのか」
「……うん」
あれから、俺はいつ起きていたかをカレンダーに記しておく事にした。前回、目を覚ましたのは3日前のようだ。またまた、長い眠りについていた。最近では実感もわいてくるようになった。何日も寝ていると起きた時に久しぶりだ、という思いが自然と出てくる。それは今までの「いつも」が崩れたからだろう。だから、これに馴れてしまえば、その「いつも」は消え、久しぶり、という感覚が「いつも」になるだろう。その内、起きてる方が珍しくなるのだろうか。
「佑くん、今日はゆっくりと楽しんでね」
「あぁ。前は俺、何してたんだ?」
「本読んでたよ。それから、病院を周って、テレビ見てたって、看護婦さんが言ってた」
「そうか。じゃあ、今日は本の続きを読むかな」
「うん、頑張って」
「ありがとう」
「じゃあ、学校行くから」
「あぁ、じゃあな」
やっぱり、紗弥加がいなくなると空白が空いたように心が悲しくて、ぽっかりと穴が空いている。
俺はどうなってしまうんだろう……そんな不安が脳裏をうろうろ彷徨いて俺を蝕んでいるようだ。嫌だ。凄く腹がたつ。何で、どうして、俺なんだよ。
それから、本も読まないでぼぉーとしている内に、寝てしまった。そう、寝てしまった。
目が覚めた時。
目の前には加奈がいた。久し振りに見た加奈は何故か大人びて見えた。ずっと会っていなかったからか、または、そのちゃんとした姿が羨ましいからか。分からないが、加奈は涙目で俺を見つめていた。そう、涙目だ。あんなに会いに来てくれなかったのに。
「よぉ、加奈。久しぶりだな。元気にしてたか?」
「うん」
嘘だと分かったのは、しっかりと目を見開いて加奈を見た時であった。隈が目立つ目の下。血色があまり良くない顔。
「加奈、今まで何してたんだ?」
「勉強」
「何のだ?」
「………………」
人間は隠し事が下手だ。どうしても表情や声のトーンに出てしまう。それは仕方無い事なんだと思う。それでも不便だ。
「ごめんね、佑輔……私ね……私ね……」
「落ち着けよ。大丈夫、俺は待ってるから」
「うん……」
それから沈黙。
加奈は本当に素直な奴だ。自分の思っている事が簡単に表に出てしまう。でも、それは良い事なんだと思う。
「私ね、何か佑輔の為になりたくて、ずっと、ずっと、医学の本読んだの。でも、何も分からなかった……」
「そうか。でも、大丈夫だよ。俺は大丈夫だから。ほら、今もこんなに元気だろ? 何が悪くて入院してるのかを教えて欲しいほどだ」
嘘だ。俺は今嘘をついてしまった。
加奈だって、俺が寝たきりでいたという事は知っているだろう。それで心配してくれたんだ。確かに、傍から見ればそれだけで全然体調自体には何も不自然な所は何ように見えるだろう。でも、俺はもう感じていた。自分の体調の変化に、激しく襲う頭痛に、起きたらすぐにでも戻しそうになる腹痛と気持ち悪さ、体が少し動かなくなっている事を。
そう、前からだ。疲れて動かないと思っていた体の本当の理由はこれだったのだろう。
たぶん、もう最後だ。
心配はかけられない。
佑輔、初登校の晩。
紗弥加と加奈は佑輔の親父に呼ばれ、小明家の玄関に来た。
「おじさん、お話って何ですか?」
「佑輔が何か嫌味でも言ってたんですか?」
佑輔の親父は少し苦笑いし、「言ってないよ。佑輔は二人の事、大好きだから」と言って、話を始めた。照れて頬を紅くする二人の少女の前で。
「真剣に聞いてくれ」
「分かりました」
二人は声を揃えて答える。
「ウチにはお母さんがいないだろ? どうしてだと思う?」
「確か……佑くんを産んだ時に死んでしまったと……それだけしか」
「そう。確かにそうなんだ。俺の嫁、星河皐月さんは、佑輔を出産した時に死亡した。でも、本当はもう、死ぬ事は分かっていたんだ。伝染病、というのだろうか、詳細がまだ分からない星河家代々続いてしまっている病気があったそうだ。それは、昔、戦争中の爆風の煙や配られた食料に入っていたらしい菌の影響らしい。佑輔を出産する時は、まだ、治療法も見つかってなくて、星河の血を持つ皐月さんは、若くして死ぬ事が分かっていた。でも、皐月さんは最後に『子供を残したいの。私の生きていた証拠に。その子には辛い想いをさせてしまうかもしれないけど、その時は、貴方が助けてあげて。私のようにしないであげて、お願い』と俺に言った」
二人は沈黙。
「それから、出産は成功したけど、皐月さんの体力が持たないで皐月さんは死んでしまった。俺は泣いたよ。そりゃ、もう、目が痛くなるほどにね。でも、目の前の赤ちゃんを見たら、皐月さんが本当に言いたかった事が分かった気がした。『私の想いと一緒に幸せにして』ってね。それから、俺はなるべく自然で空気が綺麗な所で暮らす事にした、そう、ここ天川村だ。佑輔は元気に育ったよ。同じ村に住んでいた二人の少女とね。本当に病気の事なんて忘れさせるほど元気に遊んでいたよ」
「………………」
二人の沈黙に、涙が目元に微かに混ざる。
「そして、佑輔と少女が5歳になった時、東京の大型病院で働く友人から『もしかしたら、治せるかもしれない』という連絡が入った。佑輔と皐月さんを幸せにする為に、俺は仕事を幾つも掛け持ちして、佑輔の治療代にあてる事にして、東京に引っ越した。二人の少女と佑輔を離れ離れにしてまで。それから、佑輔には『定期健診っていうのがあるから、週1回は検査に行くよ』と言って病院で毎週検査を受けさせた。それから、10年。とうとう、治せる手段は見つからなくて、俺は最後の幸せに、と天川村に帰る事にした。佑輔の為に、二人の少女の為に」
…………
「だから、二人には佑輔を最後に幸せに見送ってほしい」
「…………」
「本当ですか?」
「あぁ。残念だけど、本当なんだよ……」
「嘘! 嘘ですよね? 嘘って言ってくださいよ!」
「本当なんだ……だから、それまで今まで通り接してくれればいいよ」
「分かりました……」
「俺は今でも治療の方法を探している。だから、家を留守にする事は多いと思う。、だから、お願いな。佑輔を」
玄関近くの木の陰に、天宮観月の姿を残して、話は終わった。
入院生活を始めて、半年。
佑輔は起きる事が珍しいような状況にまでなった。
そんな、ある晴れた日。
「…………よぉ、加奈、紗弥加、おはよう」
「佑くん……」
「佑輔……」
その日、俺は目を覚ました。何かに呼ばれるように、突然と。
時刻はもう夕方か、その頃だった。
もう、すっかり痩せて、見るのも苦しい姿。歩く事さえも、当たり前のように出来ない体力の低下。言葉も多くを発する事は出来ない醜さ。俺は泣き出しそうだった。それでも、涙さえ、俺を裏切って出てきやしないし、いる気配も感じられない。
「加奈、紗弥加、俺を連れて行ってくれないか?」
「…………うん」
俺からの願い。
医者の了承も易々頂いた。きっと、もう、諦めているのだろう。
俺は、親父の車に乗って、加奈と紗弥加とビルの屋上へと行った。
階段は自分で上がった。フラフラして辿り着けるような足でもないけど、本能のままに、想いのままに、足を運んだ。
そして、その『約束の景色』まで辿り着いた。
「俺から、お願いがあるんだ」
「うん……」
二人はもう察しているのだろう。俺の願いを。
「やろう、三人で……天体観測」
その、足元に広がる落書きと三人の名前は消える事は無いだろう。俺が居なくなっても、ずっと、消える事はないだろう。ずっと、ずっと……
「……佑くん!」
「佑輔! 嫌だよ! 起きて、起きてよ!」
supernova 最後に輝く、最高の星の光。
病室の引き出しの中。
一枚の手紙。
「加奈、紗弥加へ。俺はもうそこには居ないと思う。会えないのがこんなに悲しいとは思わなかった。一人で居る長い闇の中が、こんなに寂しいとは思わなかった。こんなにも、二人に支えられて、二人のお蔭で生きていたなんて、今になってみないと分からなかった。二人に返事を返すよ、いつか貰った手紙の返事を。俺は、二人のどちらとも付き合えない。そこに居ないからでもある。でも、二人とも好きで、大好きで選ぶ事なんて出来ないんだ。俺は、紗弥加が好きだ。俺は、加奈が好きだ。それは、前にいた友人にも似ているかもしれない。でも、あいつに負けないくらい、俺は、二人が好きだ。最後の願いをどうか、叶えて欲しい。俺が、最後に二人に叶えて欲しい事…………」
星河家の血は止まった。
「紗弥加、早く早く!」
「うん! ちょっと待って…………よしっ!」
「じゃあ、電気消すよ」
「うん!」
部屋に浮かぶ、幾千もの星。不器用に大きさも疎らな星空。そこに、前とは違う一つの大きな星がある。カシオペヤやオリオン座と並んで、一番に輝きを放っている一つだけの星。
その星には、ある人の名前がついている。
不器用に作られた小さなプラネタリウム。新たに彫られた輝く穴。
その光を見失わないように、二人は必死に追いかけた。記憶を無くさないように、想いを無くさないように、今日という日を共に探しているように。
部屋に広がる星空の中、最後の願いが、確かに輝く。
『生きていた証拠』 『確かに側に居た証拠』 『二人を想う証拠』
見失う事は無い。星空がなくても、その星は、二人の中で輝いている。
生きている、生きていた証拠。二人はいつも探している。流れていく、流れ星のような日々の中で、その想いを分け合った約束の景色を残して。
「さぁ、そろそろ始めよう」
一人の想い人が教えてくれた、約束の証拠。天体観測。
今まで読んでくださり、ありがとうございました。この作品は、生きていく事、想いについて書きました。あの有名な曲からヒントを得て、自分なりの想いで、小説を作成してみました。本当にありがとうございました。




