八等星 空白のカムパネルラ
八等星 空白のカムパネルラ
起きた時にはベッドの上にいた。見た事の無い天井。どうやら、病院のようだ。
初めて来たが、決して綺麗とは言えない室内だ。東京にいる時にあった病院は真っ白だった事を覚えている。それに比べてこの病院は少し焦げ茶色になりかけている部分があったり、ヒビ入っていたり、田舎を強調させるモノだ。
それにしても、何故、俺は病院で寝ている?
横開きではなく、まだ押す引く形式になっている病室のドアが開いた。
「あっ、佑くん! もう大丈夫なの?」
「あぁ。何だか分からないな。逆にどこが駄目でここに寝ているのかを教えてほしい」
「アハハ……そうだね」
紗弥加は少しひきつった顔で笑っていた。隠し事か……紗弥加は正直だからな。
俺は一体どうしてしまったのだか。
紗弥加はもう学校だからと病室を出ていった。
昼、1人。
寂しさが残る紗弥加が去った病室。俺は無言の部屋の中を眺めて、何もする事がない事に暇感を抑えられずにいる。外を眺めても、青い空が一面に広がっているだけで面白味がない。いいや、確かにとても綺麗だ。だが、今は俺を嘲笑うようにしか見えない。まるで1人暗く落ち込んでいる人の側でゲラゲラ笑っている奴のようだ。実に迷惑極まりない。
暇だ。院内を散歩する事にした。まだ、来た事の無い病院だったから、中の事を良く知りたいし。どうやら、これからお世話になるみたいだからな。
しかし、一回りまわっても、面白味があるモノは1つもなく、俺は購買で週刊誌を買って自分の病室に戻った。
陽が沈みかけた時刻。
学校帰りの紗弥加が俺の病室を訪れた。
「佑くん、ちゃんと大人しくしてたかな?」
「あぁ。とても静かに大人の週刊誌を隅から隅まで読みあさったよ。お陰様で大人の女性のカラダについて……」
「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、佑くん!」
「冗談だよ。院内探索ツアーを1人で決行したり、東京にいた時は毎週集めてた週刊マンガ雑誌を読んだりしてたな。村に売ってないから諦めていたけど、まさか、病院で再び出逢えるとは……運命を感じる」
「そっかぁ、良かったね!」
どうやら、紗弥加は興味なかったようだ。それもそうだな。
「紗弥加……ちょっと訊いていいか?」
「うん、いいよ。何?」
「加奈はどうしてる?」
「……学校も来てないよ」
「……そうか」
それは姿も見ないわけだ。きっと、光太はもう転校したのだろう。
皆、俺の前からいなくなる。今までの「いつも」が薄々と消えていく。
今までは気にもしなかった寂しさを今は重たい程にそれを感じた。それは、重く重く……
……夢。これは夢を見ている。俺は何処にいる。
「貴方はだあれ?」
「僕は僕だよ。君こそ誰なの?」
「……貴方は最後に何になりたい?」
質問に無視なの?
「僕は……何に……」
「そう」
「僕は……生きていた証拠になりたい。僕が生きていた僕の証拠になりたい」
「貴方ならキラキラ光る素晴らしい証拠になれるわ」
「うん」
夢……
パッと目が覚めて気付いた。自分の姿が見えない、他人の姿が見えない夢。キラキラ光るモノ……?
何の事だか分かっていないのに、俺は誰かと会話を交わしていた。
「……精神的病か?」
つい独り言を漏らし、病室に虚しく響いて消えていった。普通に考えればただの夢だ。夢なのだから奇想天外な異世界的、非現実的、説明不能な話も全て有りだろう。深く考える事はない。たとえ、それが自分の精神状態が産み出すモノだとしても。
「佑くん、おはよう」
病室のドアを開けて紗弥加が入ってきた。
紗弥加はいつも登校前に病室に寄っていってくれる。有り難い事なのだが、毎朝、俺も早起きしなきゃいけないのが、仇だ。辞めさせようか……でも、紗弥加が会いに来てくれるのは確かに嬉しいから、このままにしよう。
昼はいつも暇だ。
病室は殺風景で前に買った雑誌が一つ置いてあるだけ。さすがにつまらない、と思い、売店に何かあるか見に行く事にした。金もまだあるし。
「……菓子ばっか」
食い物しか置いてないのか? この売店はケチッてるな。また、雑誌でも買って戻るか……
病室に戻って雑誌を開いた。数日前に買った雑誌の最新号だ。前、新連載が始まった作品を読んだ。それは、なかなか面白い作品だったし、続きが気になる。それから読もうか……
ベッドの折り畳み式昨日のペダルを回して背凭れにして、雑誌を読み始めた。
「ふぅ〜……ん?」
少し読んで気付いた。話が繋がっていない。明らかに間が抜けている。
「おかしいな」
数日前の雑誌を読み返しても、やっぱり話が繋がっていなかった。
「………………」
その時、納得できない事の真相に気付いた。
「なんだよ、これ……」
数日前に買ったはずの雑誌はもう、1ヵ月前のモノだった。
どういう事だ? この病院は昔のモノまで売っていて、俺がそれを買ったのか? いいや、それはない。売店には少しの量の本しか売ってなかったし。じゃあ、どうしてだ?
入院生活を始めて、5日目。
この日は俺に「真実」を教える日となった。
雑誌の事もそうだ。何かがおかしい事を俺に教えていた。
そして、その真相。
「ゆ〜うくん! 学校終わったよ!」
「あぁ、もうそんな時間か」
紗弥加がいつもの笑顔で病室に入ってくる。俺の部屋は個室だから大丈夫だけど、合い室なら多大な迷惑だ。まぁ、元気をくれるのは嬉しいけど。
「紗弥加……一つ聞いていいか?」
「うん、いいよ! 何?」
「昨日も病院に来たか?」
「うん」
「俺は……起きてたか?」
「………………」
「……俺は最近、いつ起きてた?」
「…………1週間前」
これが全ての真相だった。俺は1日起きては1週間寝て、入院して5日目を過ごして雑誌を買ったはずが、入院1ヵ月で前に買った雑誌の1ヵ月後を買った事になる。だから、話も繋がらない。
「紗弥加、俺はそんなに悪いのか?」
「……分からないよ」
寝るのを恐れた。でも、体力はその気持ちをまんまと裏切って、俺を1週間の睡眠へと導いた。
「加奈、もう、辞めなよ。学校行こうよ。佑くんのお見舞い行こうよ」
「紗弥加、ごめん……まだ、諦めたくないの」
「私もそうだけど……加奈がおかしくなっちゃうよ」
「佑輔の代わりに体調が悪くなるならいいよ。佑輔が好きだから」
「うん……じゃあ、私は毎日、佑くんを見守るね。佑くんが好きだから」
「うん」
加奈の部屋には何冊も積み上げられた医学の専門本。




