六等星 両想いのコーラスレター
六等星 両想いのコーラスレター
3階建てのビルの前。俺達はその場所にいる。
懐かしさを感じさせる陽が落ちた頃の空。昔よりも更に古ぼけてしまったビルの姿。こいつもどうやらそろそろ寿命らしい。「来年には取り壊される」この村に戻ってきた日に紗弥加が言っていた。あの時は、まだ1年ある。と、思っていたが、今思うと、あと1年しか無い。
その間に何度、此処に3人で訪れる事があるのだろうか。悲しいようで嬉しい気分だ。
こんな気持ちを何と呼ぶのだろう。
「よしっ、じゃあ、中に入ろうよ」
「そうだな。おい、加奈、早く行くぞ」
「分かってるわよ。佑輔に言われなくたって……」
「あぁ、そうかい」
相変わらず、口が悪いのは健在のようだ。
俺達は階段を一段一段上っていく。仲直りの証に訪れると決めた場所。その場に行こうという3人の足音は階段をリズム良く上るように響く。俺はなんとなく昔の事を思い出した。
ガキの頃もこんなリズムでこの階段を駆け上がった事があったのだろう。詳しくは思い出せない記憶図書館の奥に放置されているが、俺は3人で駆け上がったと思う。
たぶん、今みたいに。
ドアを開けて屋上に出る。
そこには10年前に訪れたままの懐かしい景色が広がっていた。
「懐かしいね」
「お前ら、俺がいない時に此処に来なかったのか?」
「私達は喧嘩なんかしなかったし、佑くんがいないと望遠鏡ないから天体観測も出来ないし。来る意味がなかったんだよ」
「そういう事、分かった? 佑輔」
「あぁ、分かったよ」
いつも何だか上から見下ろすように喋る加奈。
「これ、まだ消えてなかったのかよ」
「そうみたいだね。すごいなぁ……私達の絆の強さだね!」
「紗弥加の言う通り」
「そうだな」
まだ、残っていた3人の名前。消える事のない名前なのだろうか、俺は微かにそう思った。
10年経っても残っているんだ。これは本当に凄い事なのかもしれない。でも、ペンキでベッタリと描いた絵やスプレーで描いたモノもまだ残っているし、そういや、落書きとかは犯罪だよな。まぁ、この村だし、許してくれるかな。
「今度は天体観測しようね。ちゃんと3人で天体観測しようね!」
「そうだよ、佑輔! やろう、天体観測」
「あ、あぁ。分かったよ」
なんだよ、いきなりテンション上がって。そんなに強く言わなくても、ちゃんとやるって。 全く、まるで俺が寿命間近の主人公みたいじゃないか。勝手に想像で殺すなよ。
そして、俺達は階段を降りて、屋上をあとにした。最後に紗弥加が「また、来るからね」とビルに言葉を投げた。ちょっと、大袈裟過ぎる気がするけど、紗弥加の天然ぶりだと思えば、心配事ではなくなる。
俺達はそれぞれの家に帰って、今日という日を半分忘れて、明日を脳に詰めるために就寝した。
翌朝、事件は起きた。
いつもは一緒に学校に行くのに、紗弥加と加奈が別々に「今日は用事あるから、先に行くね」と俺に伝えて学校へと向かっていった。また、喧嘩でもしたのか? そんな事はないか。俺は心配性なんだな。仕方無い、たまには1人で登校するのも悪くはないだろう。
自転車に乗って1時間。やはり、感じてしまった。1人は寂しいと。
学校に着いてからは、その気持ちも少しずつ姿を消してきた、最中、その瞬間は来た。
「はぁ〜、今日も学校か。面倒だな……」
そんな嘘丸見えの言葉を吐き出しながら、下駄箱を開けた瞬間、1枚の手紙が見えた。これは、青春時代の定番、ラブレターだろうか。と、興奮気味に少し気を緩めて上履きを取った時、又もやその下から手紙が出てきた。1日に2枚? これは、俺にも青春が本当に来たということか? 恐らく、後に手紙を入れてくれた人は気付かなかったのだろう。手紙が1枚入っていた事に。気付いていたら照れたり、衝撃を受けて入れられないだろうからな。
頭がぼぉーとする。そんな浮わついた気分のまま教室へと辿り着いた。そこには、既に登校していた紗弥加と加奈が仲良く会話を交わしていた。どうやら喧嘩はしていないらしい。一応、手紙は見られないように机の中に……
「佑輔、その手紙は何だ?」
「ちょっ、待て、光太! 取るなよ!」
「まだ取ってないだろ。佑輔は青春ドラマの正にこの場面を演じ中の主人公か!」
下手で長いツッコミをありがとう。
「っで、その手紙はどうしたんだ?」
「さぁな、それを見ようとしたところにお前が来たんだろ」
「そうか、そうだったのか……そうだ、佑輔に言わなきゃいけない事が……」
誰からの手紙だろう。俺は可愛く折られた手紙を開けた。さっき、なんか光太が言っていたような気がするが、知った事ではない。今はこっちの方が最優先だ。手紙を全部開き終わり、中を見た。
そこに書いてあった文を読んで、もう1つの手紙も中を見た。まさかとは思ったけど、さすがにびっくりしたな。
その2つの手紙は殆んど同じ文章だった。違うのは名前だけ。たった、それだけの違い。
こんな事は有り得ないと思うが、実際に今、起きてしまった。こんな事は双子並みにお互いが溶け込んでないと出来ない事だろう。そう、双子並みにね。逆に言えば、双子並みの繋がりがあれば出来る事なのだろう。そんな信頼関係は産まれた頃からずっと一緒にいないて無理だろう。またまた、逆に言えば、産まれた頃からずっと一緒にいれば無理ではないのだろう。
そんな二人ならね……
『急にごめんね。こんな手紙なんて少し恥ずかしいけど、読んで欲しいの……私ね、小明佑輔(佑くん、佑輔)が好きなの。昔からずっと……それだけは知っててほしいから、こんな手紙を書きました』
放心状態。
「佑輔? なぁ、佑輔、聞いてくれよ。俺、親父の急な転勤で転校する事になった」
「へ?」
「だから、転校するから俺は好きな相手に気持ちを伝えようと思うんだ」
「相手って誰だ?」
「……月宮紗弥加」
「えっ?」
世間的な恋愛関係というのは、こうも狭いものなのか……紗弥加だと? お前なんかに渡してやるものか。何だこの気持ちは……
「あと、星崎加奈。二人のうち、どちらかに告白する」
お前なんかに……お前なんかに加奈を渡してやるものか。じゃあ、俺はどっちを想っているんだ? 俺はどうすればいい?何だこの気持ちは……
1日休んで学校に来たのは良いが、まだ、体が上手く動かない。




