五等星 思い出のアスタリスク
五等星 思い出のアスタリスク
「なぁ加奈。もう泣くなよ」
「んぅ……ぐぅ……ずずっ……うぇん……」
「加奈、一緒に謝りに行ってやるからさ」
「うん……」
加奈はずって泣いていた。どうやら紗弥加に酷い事を言ってしまったらしい。
僕はそこにいなかったから分からないけど、紗弥加は怒ってないと思う。たぶん、落ち込んでるよ。
「よし、じゃあ、早く行くぞ!」
「うん……」
そして、僕と加奈は紗弥加の家まで来た。玄関の前でずっと入るのを躊躇っている加奈。僕は加奈が勇気を出して中に入るまで待つ事にした。
それから数時間。
「加奈、大丈夫か? もう帰るか?」
「……ううん。ちゃんと謝る……」
「そうか、じゃあ、早く謝りに行こうぜ」
「…………」
人の家の玄関の前に何時間もいるなんて犯罪を犯しそうだよ。僕はちょっと気まずいんだけどな……頑張ってくれよ、加奈。謝るだけだよ。
やっぱり、加奈は涙目で立ち尽くすだけ。僕も疲れて帰りたくなったけど、やっと、その時は来た。
ガラガラッ……
玄関のドアが開いた。
「……加奈、佑くん、どうしたの?」
紗弥加が出てきた。どうやら庭の花に水をあげるために出てきたみたいだ。右手にシャワーのキャップをつけた水の入ったペットボトルを持っている。
そこでまた、立ち尽くして沈黙。
「……さや……紗弥加……」
「何? 加奈」
「ごめ……ん……な……さい……酷い事言って、ごめんなさい……」
「加奈、大丈夫だよ。怒ってないから。紗弥加こそごめんね。お互い様だよ」
「うん……」
大きい喧嘩ほど、仲直りするのは早いみたいだ。勉強になった。二人は本当に仲良しなんだよ。僕にはそれが良く分かる。だって、産まれた時からずっと一緒にいる幼馴染みだから。僕達はずっと一緒にいて、仲良しだから。
「佑くん、今日星出る?」
「うん! 今日は晴れてるから、いっぱい出るよ!」
「じゃあ、やりたいな」
「じゃあ、今日はとっておきの場所に行こう! 陽が落ちたら、あのビルの前に集合ね」
「何するの?」
加奈は涙目で鳴き声混じりの声で尋ねた。
「加奈、そんなの決まってるでしょ! ねぇ〜佑くん!」
「うん。やろうよ」
僕は息を大きく吸って、はっきりと言った。
「天体観測!」
今日の陽は月へと灯りのバトンを渡して、もう夕方も過ぎそうな時間、僕達は3階建てくらいの大きさのビルの前に集合した。加奈は懐中電灯を3つ持ってきた。紗弥加は何が入ってるか分からないが、ナップサックを背負ってきた。
そして、僕は望遠鏡を担いできた。なかなか重かったけど、言わない事にしよう。ムードをぶち壊しにしたくないから。
「よし! じゃあ、行こうか!」
「うん!」
紗弥加と加奈は同時に返事をした。
ビルはもう、破棄されているもので、決して綺麗で大きいとは言えない。
僕達はビルのドアを開けて、階段を駆け上がった。一段一段、楽しい気持ちを隠しきれないようなリズムを奏でて、僕達は上がっていく。
そして、屋上に繋がるドアの前にきた。上がってきた勢いでドアを開ける。
そこにはコンクリートで出来た地面の何も無い屋上があった。と、言っても、僕はお父さんと良く此処で天体観測をしているから行き慣れてるけど、紗弥加と加奈は此処で天体観測をするのは初めてだ。いつもは僕の家のベランダでやっていた。
「わぁー、本当に何も無いんだね」
「うん、そうだよ。紗弥加、そのリュックの中に何が入ってるの?」
「これはねぇ〜。そうか、明るい内にやろうね」
そう言って紗弥加はナップサックをひっくり返した。中からはいろんな種類のペンやクレヨン、ペンキが出てきた。
「ねぇ紗弥加、これで何するの?」
「加奈はお絵描き好きでしょう?」
「うん」
「だから、仲直りの証と、これからも仲良しでいる約束として、ここに残そうよ!」
「面白そう!」
そして、二人は絵を描き始めた。お互いの似顔絵や星の絵。何だかよく分からないモノの絵。とにかく沢山描いていた。
「佑輔も一緒に描こうよ!」
「僕はいいよ。此処で星を見てる」
「じゃあ、これだけ描いて」
紗弥加が指差した先には、違う色で大きく書かれた二人のフルネームがあった。
赤い色で『月宮紗弥加』、オレンジで『星崎加奈』、そして、僕に渡された色は青だった。
「ね? 佑くんも書いて。お願いだから」
「わかったよ」
そして、僕は青い色で『小明佑輔』と書いた。
「もし、喧嘩した時は仲直りの証に此処に来ようね!」
「うん!」
加奈は元気に返事をした。
そして、それから3人で天体観測をして、家へとそれぞれ帰った。
その晩、僕はお父さんから引っ越しをすると聞いた。
引っ越しは1週間後。僕は1週間でプラネタリウムを作って、あまり星に興味が無さそうな加奈の為に小さな望遠鏡を買った。
そして……
「本当に行っちゃうの?」
「うん、もう決まっちゃった事なんだって」
「……くすっ……あぁ……」
「紗弥加、そんなに泣かないでよ。僕、いつかまた帰ってくるから」
「本当に?」
「うん! 本当に」
「約束だよ?」
「分かった。約束!」
「じゃあね……」




