三等星 近距離オリオン
三等星 近距離オリオン
今夜は綺麗な星空だ。とても気分が高々しく弾む。
俺は星が大好きだ。オリオン座とかおおくま座とか獅子座とか。見てるだけとはいえ魅力的で、心が和み、少年のキラキラした目になってしまう。
素直に俺は感動しやすいタイプなのだ。初めて星空を真剣に見た時は「うわぁ、すげぇよ。スゲー」とか言って恐らく泣きそうなほど感動していたであろう。詳しくは覚えていないが。
また明日学校か。
授業も始まるし、今日は休む事にしようかな。親父はまたどっか出掛けてるみたいだし。
おやすみ。
ハァ……またか。またこんな早い時間に……
「お前ら今何時だと思ってんだ!」
「おはよう、佑くん!」
スルーですか……そうですか、僕の質問なんて興味がないと……はいはい。
紗弥加は話にならないな。加奈なら少しは聞いてくれるかも……
「おい、加奈。今日はまた、なんでこんなに早いんだ?」
「……えっ?」
なんだその気の抜けた返事。違う事を考えていて聞いてなかったってか? 俺も嫌われたもんだな……
「え、じゃなくて。どうしてこんなに早いんだよ」
「あぁ、佑輔は知らないの? あの学校は始業式の次の日は休みなのよ。いろいろ準備があるでしょうって事らしいけど」
なんて適当な学校なんだ。
「って、答えになってないぞ。どうしてこんなに早く家に来たんだ?」
「佑くん、まだ引っ越しの道具片付け終わってないでしょ? 手伝ってあげるよ」
それはそれは、有り難い事なのだが、早く来た事とは関係がないと思うがな。
今日もまた俺の親父は朝なのに家にいない。都会とは違い、近所付き合いや幼馴染みとの隠し事がない付き合いがあるというのは確かに良い事だけど、睡眠時間は全く別物の話だ。
そんな事を考えている内に紗弥加と加奈は「腹が減っては仕事は出来ぬ」と言わんばかりに朝食を作り始めた。
朝食を用意してくれるのは、まぁ嬉しいし有り難い事だな。
完成。
「それじゃあ、皆さんご一緒に……」
「いただきます!」
これは俺達がガキの頃から恒例のものだ。いい加減、今思うと少し恥ずかしい事だとは思うけど、どうしても反応してしまう自分自身が憎い。
「食べ終わったら、しっかり佑くんの部屋を綺麗にするわよ!」
と、家主よりも気合いが入っている紗弥加であった。
加奈はというと、まだ気の抜けた雰囲気を醸し出している。まぁ、いつもの事ではあるけどな。そんなに気にするような事じゃないだろう。
「よ〜し、じゃあ皆さんご一緒に……」
「ごちそうさまでした」
もう説明は要らないと思うが、これも昔からのお約束だ。やっぱり恥ずかしいよな……
「佑く〜ん! この段ボールの中何が入ってる? なんかCDって書いてあるけ
ど?」
「紗弥加、その中身はご記入通りCDが入っているのですよ……」
「そうなんだぁ!」
「じゃあ、佑輔。この『マル秘雑誌』っていうのは? 中には何が……」
「待て! 待て加奈! 開けるな!」
「きゃぁぁぁ! きゃぁぁぁ!」
だから言ったろ……開けるなって……あぁ、俺へと信頼が無くなるな……どんな暴言やら苦情、苛めの言葉を吐かれる事やら……
「佑輔の変態、変態、変態、ヘンタ〜イ!」
「きゃぁぁぁ! 佑くんこんな本を……」
「違う! 違う、違〜う! それは親父のだ! 半分以上は……」
「半分以下は……?」
「それは……早く片付けするぞ……」
「はい……」
「佑輔、変態」
「うるせぇ」
はぁ、俺だって健全で健康で現在に生きる思春期な男子高校生だぞ。それくらいは許してくれよ……
「よいしょっと。はぁ〜」
「紗弥加、ずいぶん親父臭いな……」
「まぁね、エヘヘ」
部屋の整理も佳境に突入し、あとは並べて終わりだ。やはり、人数が多いほど早く進む。
「私、家にお弁当取りに行くね」
加奈はそう言い残し、部屋を出ていった。
加奈の家は俺の家から自転車で5分くらいの近場にある。どうやら、弁当を作ってくれたらしい。有り難いな。
加奈が部屋から出ていくのを確認したように紗弥加が言葉を紡ぐ。
「佑くん……あのさ……」
「何だよ、紗弥加らしくないな。どうしたんだ?」
「あのね、あの……本……」
「うわぁ、え〜と……」
やめてくれよ、その話は。怒ってるなら怒ってると言ってくれ。気が重たいから……
「……たしで……れば……」
「ん?」
紗弥加は下を向いて何か言いにくそうに口を動かしている。耳を少し赤くして。
「私でよければ……」
「なんだ?」
「いいよ……あの……本みたいにさ……」
「なっ!」
何を言いやがる! 突然すぎるだろ。そうだ突然すぎる。何を言ってんだよ、紗弥加。あ〜もう頭の中がクラッシュして回らない。なんだ? なんだ?
「お、おい、紗弥加。何言ってんだよ、冗談ならやめてくれよ。な?」
「冗談じゃないよ……私、相手が佑くんなら……」
「うわぁ……」
そんな事を言いながら、紗弥加が顔を近づけてくる。真っ赤に染まった綺麗な顔が徐々に徐々に俺の顔へと……マズイって! マズイよ!
ガチャ。
「持ってきたよ、お弁当。あれ? どうしたの佑輔、顔赤いよ?」
「あ、あぁ、ちょっと動いたから暑くてな」
「そう、ならいいけど……」
危なかった……加奈にあんな所見られたら一生の終わりだよ。はぁ〜……助かった。
「佑くん、加奈が持ってきてくれたし、お昼にしようか!」
「あ、あぁ」
何もなかったかのように笑顔でいる紗弥加。
どうしたんだ……紗弥加……お前はどこか頭の大事な部品を無くしたんじゃないか?
そして、また恒例の「いただきます」と「ごちそうさまでした」を言い、食事を終えた。
部屋も十分片付いたし、今日はもう用は済んだようなもんだな。
「おい、お前ら。今日は片付けありがとう。っでもうほぼ終わりなんだけど、この後はどうするんだ? 何かまだ用があるか?」
「佑くんの部屋が片付いたなら用はないけど……」
「そうか」
「じゃあ、また夜、佑輔の家に来てやろう。どうせオジさんも帰ってこないと思うから、夕飯も作ってあげる」
「それは有り難い」
「じゃあ、また夜来るね。佑くん」
そして、二人は家から出ていった。
「紗弥加、ちょっと待ってて。私、忘れ物してきたから取ってくる」
「うん。じゃあ、此処で待ってるから」
「分かった」
ガチャ
「どうした加奈? 忘れ物か?」
「あの……佑輔……」
「なっ! 何を……」
………………
「じゃあね。忘れた事はしっかり果たしたから」
「あっ、あぁ」
突然。今日はその言葉がキーワードだったらしい。
突然とはどうして驚いているのに否定的な行動が出来ないのだろう……
加奈とキスをした。あの時、実は紗弥加ともキスをした。今日、この二人にキスをされた。されたって言うと響きが悪いな。キスをした。
何故かは俺にも全く分からない。俺が知りたいからな。
何か特別な事でもあったのか?気になるなんてもんじゃないだろ、これは……
「加奈、佑くんの家に行くよ! 早く!」
「うん……分かってるよ」
「泣いたりしちゃ駄目だからね……」
「分かってるよ……」
「じゃあ、笑顔!」
「うん」
「行こう!」
星は今日も輝く。
誰もが平等に照らされて、誰もが浴びる舞台照明のように。
その光を浴びなくなった時、人は自分で星のように輝いた証拠なのだろう。




