一等星 再会の日
一等星
久し振りの感覚だ。この涼しい風も、木が日陰をつくってくれる事も。
ここ「天川村」はとことん田舎だ。建物も破棄されたボロボロの物しかない。建物と言ってもビルと言うには遠い物でどちらかと言うと3階建の家って感じだ。
まぁこの田舎の中では大きい建物なのだけど。十年間経っても何一つ変わらなく自然が豊かで、今騒がれている地球温暖化や自然破壊を微塵も感じさせない穏やかな村。
この日本中何処を探してもここまで電信柱が少ない所はあまり無いと思う。ここに電気は来ているのか?って思うほどの近代化されていない村。
実際、この村でテレビがある家は十件に一件というくらいで、パソコンに関しては十人に一人が知っているかどうかだ。今日本がどんな状況に置かれているか伝わりそうもない村だ。
他国と考えても良いほど。
でも一つ言える事がある。俺が何故この村が好きで、何故この村に帰ってきたか。
それは会わなくてはいけない奴等が居るって事と、俺が知っている範囲ではこの村で見る星空が一番綺麗だからって事。それがあればテレビやパソコンなんて無くても良い。俺はそう思う。
「佑輔、荷物運ぶの手伝ってくれ」親父に呼ばれた。
「あぁ、分かったよ」
俺は今日、この天川村に引っ越してきた。
引っ越してきたと言っても産まれたのはこの村の隣町の病院だし、住んでいたのはこの村だ。
だからその時住んでいた家は今も健在で今日からまたそこに住む事になった。
昔、俺が五歳の頃は経済的に親父がピンチだったらしく、もっと仕事を増やす為に東京に引っ越した。
それから十年。親父の仕事も成功を収め、この村に帰ってきた。それのお供をした俺は東京に慣れてしまったため、この村は公園よりも何もなく見える。
まぁ初めから分かっていた事だけどね。
補足すると母親は居ない。俺が産まれた時に死んだらしい。だから見た事もない。
親父が家事得意だし生活は充実しているから別に良いけど。
そんなこんなで荷物も全部入れ終わり引っ越し作業は無事終わった。俺の部屋は二階。ベランダに繋がっている。そのベランダがなかなか広くて俺はそこに天体望遠鏡を置いた。
東京と違いここは星がよく見える。俺にとっては最高の場所だ。部屋にはあと、テレビとパソコン。どっちも東京で買ったものだ。
この村の人達に見られたらパンダ来日ってくらいに騒がれるだろうから隠しておこう。
「はぁ…久し振りに動いて疲れたな…」
そんな独り言が響くほどこの村は静かだ。おっと、そう言えば一時にあいつらが来るって言ってたっけな。って後十分で一時じゃないか!急がねば…
ピンポーン
「おぅ!紗弥夏ちゃんに加奈ちゃん、久し振りだねぇ!」
「叔父さん、お久し振りです!」
「全く、二人とも綺麗になっちゃって」…それから淡々と笑い声が下から聞こえてくる。
親父は言葉のセクハラ行為を繰り返し、懐かしい二人の女の子に話し掛けていた。家に着いてから二十分。やっと階段を上がる音が聞こえた。どうやら長期に及ぶ言語式セクハラ行為は終わったらしい。
ガラガラッ…あの某有名猫型ロボットアニメの部屋に似ている俺の部屋のドアを開ける音がした。
「久し振り、佑くん!いやぁ〜大きくなったね!」
二人の内、テンションが高い方の女の子が大きな声で言った。
「声がでけぇよ」
このテンションが高い女の子は月宮紗弥夏。幼馴染みの一人だ。
「もう、紗弥夏!声が大きいよ!そこの老人の鼓膜が破れちゃうよ!」
そしてもう一人。良い子のようだけど素直に口の聞き方が悪い方が幼馴染みの星崎加奈。
こいつらが俺が会わなくてはいけない奴等だ。俺等も今年で高校生。同じ学校に通う事になっている。
もちろん学校はこの村にある訳がなく、隣町にある。この村の子供は俺達を混ぜて十人くらいだろうと俺は推測している。
まぁ子供会とか無いから心配する事はないけど。
「それにしてもお前ら成長したな」
「同い年に言われたくないんだけどなぁ〜」
「本当だよ。佑輔だってちょっと前までただのガキだったじゃない」
「加奈、お前が思うちょっと前って一体いつの事だ?十年間会ってないんだぞ。ガキだなんて言うんじゃねぇよ」
そう。俺達は会わずに過ぎた十年間で変わった。本当にガキだった頃から成長した。それでも会話は昔と変わらないな。
「じゃあ、とりあえず村を周りますか?」紗弥夏が言った。
「佑輔が道に迷ったら困るからね」おい、加奈。俺はこんな何もない村で迷子になる程方向音痴じゃないぞ。故郷で迷うかよ。
「少し変わっちゃった場所とかあるからねぇ」紗弥夏が言う。
と言うかさっきから真面目な話は紗弥夏しか言ってないような気がする。加奈は悪口しか言ってない気がするな。
俺達は外に出た。何処を歩いても知っている道だ。
でも懐かしい。何もない道、ただ木が何本か立っているだけ。此処は時代に取り残されたように水車まである。空気が美味しい。技術的な短所から自然的な長所まで今の時代に乗り遅れている。
変わった場所って一体何処なんだ?
「まずは此処!」紗弥夏は元気良く言った。
「此処は昔空き地だったけど今は公園が出来たの」説明は加奈。
しばらく会わないうちにこいつらはコンビネーションというものを知ったらしい。
その公園とやらにはブランコが二人分、ベンチが一つだけだった。公園と言えるのだろうか。
それからまた少し歩くと、「次は此処!」とまた紗弥夏が言った。
此処って?ただ木が立っているだけの林じゃないか。何が変わったと言うのだ。
「此処の木が五本くらい伐採されたの」……それだけか?それくらいの変化も変わったと紹介しなくてはいけないほど、この村は変わっていないのか?
「おい、もう少し大きな変化があった場所を紹介してくれよ」
「うるさいわねぇ!」
昔からだけど加奈は本当に口の聞き方が悪い。ツンデレって事で考えれば良いのだろうか。
「次が最後ね!」
それからまた少し歩いた。此処の村は東京ドームより少し広いくらいの面積だ。ディズニーランドよりは狭い。だから歩いても特に疲れはない。それにしても変わらないなぁ。
良くこんな所にずっと居たなぁ。見渡す限り自然だ。木、木、木、木! 民家も作りが古すぎる。大抵の家は全国で言う貸家と同じだ。
俺達は普通の家に住んでいるけど、平凡な一軒家だ。
あと一つ変わった場所というのは何処なのだろう。まぁ変わっても俺には関係無いけどな。 どうでも良い場所ばっかり変わりやがった。もっとこう、この村に学校が出来た!とか、村が街と合併する!とか大きな話はないものか。
十年もの間この村は何をしていたのか、とても気になる。
「此処だよ!」紗弥夏がまた元気良く言った。
此処って…此処はこの村で一番大きい三階建と言っても過言ではないビルじゃないか。何か変わったのか、此処が。
「佑くんなら此処の事覚えているよね?」
一応言っておくけど紗弥夏は俺の事を「佑くん」と呼ぶ。此処のビル? あぁ覚えているさ。一番の思い出だと俺は思っているからな。此処のビルは俺にとって特別の場所だ。
「此処がどうしたんだよ?」
「佑輔なら落ち込むと思うけど…」一体何が起きたと言うのだ。
「このビルね、来年取り壊すんだって…佑くんの特別な場所なのに…」
来年? まだまだじゃねぇかよ。もう、今すぐ取り壊す! とかだったら本当に落ち込むけどあと一年ある。まだ此処で思い出が作れそうだ。
「来年かぁ。じゃあ今年はしっかり頭に刻まないとな」
昔、此処で何があったか、何をしたか。それは俺達三人の最高の思い出だ。
「と言う事で以上、天川村の変わった場所でした!」
「いくら佑輔でも、もう覚えたよね?」
「加奈、そんなに俺を馬鹿にすると学校行って痛い目にあうぞ?」
「どうぞ、出来るものならね」
やっぱり口の聞き方が悪いと言うか、かなりの負けず嫌いだ。
時刻は午後五時。こんな小さい村を周るだけでこれ程時間が掛かるか? いいや、掛からない。周る途中で言い争いになったり、思い出話をしたから時間が掛かったんだ。
空はもう紅く染まっていた。「子供はもう帰りなさい」と言うように空は紅い。カラスも鳴いている。童話になりそうな自然だ。
「これからどうする、佑くん?」
お帰りになるのではないのか?もう歩いて俺の家の前まで来てるし、女の子は早く帰らないと。まぁこの村の住民にストーカーなんて居ないし、ほぼ全員知り合いだ。襲われることはないけどね。
「じゃあ、とりあえず佑輔の部屋に行くとするか」
「うん。そうしよう!」
「おい、待てよ!」
そうして二人は勝手に俺の部屋に入りやがった。
ちなみに俺はと言うと、わざわざ自転車で街に食材を買いに行かされている。
何故俺の家なのにあいつらが入って俺が買い出ししなくちゃならないんだ。しかも買ってこいと言われたものは、ジュースとお菓子だけじゃないか。それくらい我慢してくれ。
ハァ、ハァ…自転車漕ぐのも疲れるなぁ、運動不足か?足が重いように動かない。もう、自分達で行けよな。
「あいつらの、バーカッ!」




