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アメジストの瞳の鴉天狗様  作者: オトギ コガレ
8/8

椿木の後日談

「結局」

 俺に憑いた悪霊が消されて数日。

 俺はまだ千尋の古屋敷にいた。結構な化け物に育っちまったあれの悪影響が無いかどうか暫く見てくれるらしい。アフターケア付きの鳴神のサービスだった。

 そんな俺は布団に押し込まれた千尋の脇に座り、剥いた林檎を差し出す。

「あの悪霊は人間の生んだ噂の、悪意の塊が怪異になったものなのか」

 千尋がしゃくしゃくと林檎を頬張ると部屋の(ふすま)が開き、滅してくれた本人が顔を出した。骨折、酷い打撲の痕。千尋がとり乱すのも無理はない。

 ……きっと今回一番のダメージを受けていると思われる人物なんだが。

「ああ。噂が化けたなんざ、俺が遭遇するのは二度目だったからな八咫烏(ヤタガラス)に報告させて貰ったぜ

。椿木?」

「鳴神さん。鳴神さんの怪我って一日で治るんすか?」

「俺の体は丈夫なんだって」

 俺は鳴神を見ると改めて感服する。丈夫の二文字で済ますな。

 この人には人間の当たり前がことごとく通じない。人外魔境(怪異)の上を行く存在だよ。

「ん。二度目?」

「……人の無秩序な噂は時にとんでもない、怪異を生み出せる」

 鳴神は詳しくは零さずに、俺の隣に座ると千尋を()でた。


「よし、椿木。夕飯の買い出しに付いて来てくれ」

「はい!」

 ここ数日のことを述べると、千尋の怪我が完治するまで八咫烏(ヤタガラス)との決闘は見送られることになった。しかし、

「八柳の分も入れると四人前か」

 ……決闘が無ければ無いで八柳は見舞いに来る。毎晩来る。ここだけの話、完全に千尋が心配なのだ。体にいい河童の秘薬だのを持ってくる日々。あれが決闘相手でいいんだろうか?

 エコバックを忘れんなよと鳴神に声を投げられ、俺達は靴をひっかけぎしぎしと(きし)む外へ続く扉を開くと、

 ――ぱさ。

 

「ひ!」

 俺は乾いた音で持ったばかりのナイロン製の袋をとり零し、扉の前に立っていたそれを見ると情けない声を上げた。千尋の腹に穴を空けた鴉天狗。

 黄泉で千尋と衝突した那谷(なた)!!

「……人を化け物のように」

「正真正銘の怪異でしょ!!」

 

「百鬼夜行の鴉天狗じゃねぇか。狙いは俺か? 千尋か?」

 鳴神はこの来客に笑顔のまま応じた、が。千尋が狙いだと言えば問答無用に那谷を滅してしまうだろう。那谷はご挨拶だな、と目を細めると、

「今日。隣の空家に引っ越して来た」

 これまた予想外の解答を吐く。一瞬、何を言われたのか解からない。きっと十秒は固まっていたに違いない。

「はい?」

「正直、俺が負けたのはこの永い時の中で初めてだった。人間と関われば自分を磨けると思ったのだ。|黒鵺 千尋。逃げることは叶わんぞ」

 ――どがしゃん!!

 鳴神は暫く考え後、大真面目に那谷の(あご)を拳で(とら)え、軽やかに吹き飛ばした。

「千尋に手ぇ出すなって言ってんだろうが!!」

「鳴神さん、鳴神さんストップ! 多分そう言う意味じゃない。て言うか千尋が起きちまう!」

「……」

「気絶してるから!!」

 那谷は何処かで見覚えのあるような昇り竜の如しのきっつい拳を受け、白目を剥いていた。ここで鳴神に対するトラウマを刻まれたのは言うまでもない。

 

 で。

「夕暮れ時になっちまった。悪ぃ」

 俺達は夕日が照らす町を歩く。

 

 時折、普通の人間には視えない住人が俺達と挨拶を交わし、夕闇に溶ける。

 俺は普通の幽霊は視えなくなったが強い妖怪は視えるらしい。ぶっちゃけ人に触れることの出来る存在はその瞳に映せるそうだ。

 そうそう、大騒ぎを起こした百鬼夜行は住処を半分自業自得で奪われ、ここに移住して来た。怪異と共存する町、天狗町に。

「奇しくも七不思議の七番目の誕生なわけだ」

「七番目。……天狗町に百鬼夜行が居る、ですか」

 

 俺は明日の朝、日常に帰る。


「鳴神さん。千尋、早く治ればいいですね」

「ああ」

 俺が悪霊憑きになり逢えた人達。出来た友達。

「俺、明日帰るけど。千尋と鳴神さんに逢いに来ても」

「椿木」

 俺は途中で鳴神に呼ばれ、口を閉ざした。鳴神を見ると相手は何時もの笑みを浮かべ、

「言い忘れてたことがあるんだけどよ」



「……と、その悪霊になりたかった人の想いに憑かれた青年の(はなし)さ。そぉんな実話も残ってるくらい人の噂は危険なんだ。二度と旧校舎に忍び込むな」

 一人の生徒を捕まえた教員の俺は深夜の職員室で生徒に昔話を訊かせる。

 この程度の話が相手の心に届くかは解らない。しかし、ほっとけもしないかった。

「その、御免なさい。僕友達いなくて、噂を確かめに行けば勇気があるって思って貰えるし」

 可愛い顔の中学生になりたての男子生徒だ。

 ここの中学もそうだが、学校は悪い噂が蔓延(まんえん)している。それが全部悪いことだとは言わないが。全く、時が流れようとこれは変わらない。今日、この生徒は昔の誰かのように旧校舎に忍び込んでいるところを幸運にも俺に発見された。俺が通りかかって本当によかったな。噂の真偽は知らないが。

「解ればいいさ。友達が出来るまで先生が君の友達だ」

 その言葉に、ぱああっと生徒の顔が明るくなった。彼はもう大丈夫だろうと考えるのだが、どうだろうか。

「! 本当!?」

「本当」

 彼は俺が送って行くことになった。

 本当に俺に感謝しろ。残業+特別授業だ。

猩々院(しょうじょういん)先生」

「ん?」


 千尋。俺は日々を積み重ね、教師になったよ。


「そのー。その噺の悪霊に憑かれた人は二度と友達に逢えなかったの?」

「……」

 世間と言う荒波に揉まれ、いいも悪いも全部ひっくるめ大人になった。今も時々、千尋達の顔を見たくなるが仕方ない。天狗町は不思議な処だったのだ。

「その鳴神さんはな、翌日帰る青年に言ったのさ。<ここにいる人間は霊的な問題を抱える人間だけなんだ。お前は日常を精一杯生きろ>ってな。その天狗町は××県の××市の横。その山を下りた処だった。多分」

「……」

「オチは解るんじゃないか? その青年は日常に帰った後に<二度と天狗町を見付けられなかった> <そんな町は存在しない>!」

 ひぇぇ、と生徒が青くなった。

 まー、俺もそうだったよ。お礼を改めて言うにも電話番号も何も解らない。

 それでいいんだ。

「先生。僕恐くて今日寝れないや」

「悪い。そこは頑張って忘れて寝てくれ」

 生徒の言葉に俺は肩を落とし、職員室を二人で出て行った。寝不足になっても俺は責任とれないぞ。

 しかし、あの子たちは今日も決闘を続け、今日も彼等なりの日常を生き続けている。精一杯。

 様々な(かい)と遭遇しながら。

 ほら、時計も見れば決闘の時間だ。

 

 ――ぱちん。

 そんな音と共に職員室は真っ暗になった。


 猩々院 椿木の怪。了。





読者様に有難う御座いました。

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