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アメジストの瞳の鴉天狗様  作者: オトギ コガレ
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其の六

 俺達の辿り着いた先。

 黄泉の町、を見渡した。

 美しい、天の川の(のぞ)める満点の夜空。

 祭囃子が何処からか軽やかに流れ、ひそひそと形の無い魑魅魍魎(ちみもうりょう)達が囁き合う。町の中は神秘的なぼんぼりの群れに照らされて、夕焼け色にほんのり燃え上がった。

 

 二十一時。

 俺達は天狗町の十一人の霊媒師の力を借り、黄泉への穴を空け、俺達は目的の町に辿り着いた。

 ……と、言ってもな。霊媒師達が呪文を唱える中で、俺達は天狗町の千尋の通う小学校に空いた大穴に飛び込んだだけ。

 気付いたら黄泉にいるとか、正直怖過ぎだぜ。

 で。

 俺は怖々と殴り込みの戦力の皆さんを振り返る。

「……黄泉は、久しぶりで空気が合わない。……ああ。僕は、人の世の木々に囲まれていたい」

 これは、無表情の見目幼い子供が。

「千尋、千尋ぉ。付き合ってあげるから帰ったら夜の小学校でデートしてよ? 午前三時の学校で語りましょうよ。学校の人間の創った物語」

 これは真っ白な着物を纏った美しい清楚な美女が。

「椿木、椿木。木霊(こだま)と、雪女(ゆきおんな)だよ。……天狗町七不思議の、怪異」

「見れば解かる。俺、人間の椿木です。よろしく」


 急ぎの為に走りながら紹介される脅威の面々に俺は汗をびっしりかいて頷いた。何しろ、木霊の歩く足元には地面に接するたびに木の芽が芽吹いているし、雪女の周りは大気が凍らされ雪が舞っている始末だ。

 恐ろしいことに千尋と八柳(やなぎ)達は七不思議そのものを引き連れて来たのだ。


「い、いやいや。百鬼を相手にするには必要……だよな?」

 訊けば八咫烏(ヤタガラス)の力は借りれず義理深い八柳は個人で参戦するらしい。戦力不足は否めない。しかし、

「鳴神さん。無事なのかよ」

 八咫烏に守られた千尋は人質に出来なかった。鳴神は自分の意思では禁忌の力を使わないだろう。

 なら、

「無事なわけ……ない」

 八柳のすぐ後ろの千尋は苦しそうだ。


「ふふ。その通りだよ」

 異質な声に全員が凍り付いた。

 この声……!! 

 ぞろぞろと千尋、八柳、俺。七不思議の皆さんは目の前の光景に愕然(がくぜん)とした。

 百鬼夜行の主、ぬらりひょん。

 その凄まじい一人の怪異のと、周りの取り巻き達。一際存在感があるのは例の鴉天狗、那谷。千尋の顔色がさっと変わった。

「兄ぃは!!?」

「ふん。あの禁忌の小僧。何をされても、自分がどんな目に遭おうとも大将の寿命を(のば)す気にならない」

 それを訊いた千尋は力無く両膝を付いてしまった。その言葉は鳴神を酷い目に遭わせた、と言っているようなもんだ。

 ふざけんな。

 千尋の瞳に映るのは、

「れ? 何だ、あの不気味な塔」

 俺は千尋の視線を追って声を漏らした。

 見えたのは黄泉の世界の大きくそびえる黒い塔。ひたすら死の気配を纏う黒い、黒い存在。

「……牢獄塔」

「千尋、落ち着け!」

 まさか昔、鳴神を幽閉していた場所!?

 俺は目を血走らせた千尋を抑えると、那谷と真っ青な青大将はせせら笑った。

「不純物よ。機械の仕込まれた小娘よ。貴様の居る天狗町に(なら)い、貴様に<決闘>を申し込む。何々、那谷に勝利すれば貴様の大事な兄を返してくれる。貴様が負ければ……、」

 那谷は牢獄塔の上に視線をくれた。


「千、尋」


 愕然と。

 愕然と俺と千尋は完全に身を(こお)らせた。

 牢獄塔の方角から流れる風に乗って聞えたもの。それは。

「い、今の声」

 紛れも無く血を吐くような鳴神の声だった。

「……兄ぃ」

「貴様の無様な散り際を見れば禁忌の人間も気を変えるさ。どうか義妹(ぎまい)を助けてくれとな! 死ね。黒鵺(くろぬえ) 千尋!!」

 那谷は刀を抜くと嘲笑し、千尋に飛びかかった。

「許さない」 

 

 ――ばきぃ!!

「いッ」

 千尋と那谷。両者空気をびりびりと震わせる刀の衝突を繰り返した後だ。精一杯の千尋は那谷の様子を見ると歯噛みした気がする。そう、那谷にはまだ余裕がある。

 そんなことを感じた直後、千尋が那谷に殴られ声を上げた。しかし、千尋は負けじと那谷の顔面を蹴り返す!

 那谷がまさかの千尋の負けん気に少し狼狽(ろうばい)した。

「……わ」

 両者、鼻血を(こぼ)し、俺は鳥肌(とりはだ)が立ちっぱなしだ。

「へへッ。中々似合うんじゃないの、那谷!」

 千尋がゴシゴシと鼻を(こす)り、挑発すると那谷は容易くブチきれた。

 百鬼夜行に入る那谷ほどの誇り高い怪異は矢張り、千尋のような人間の血を引く不純物に遅れととることが許せないのだ。血がじわじわと(にじ)むほどに柄を握り、千尋を適当に痛め付け、鳴神に言うことを訊かせると言う当初の目的を忘れたらしい。

 余裕なんざ無くなった。那谷は全霊を懸けた攻撃に出る!

黒鵺(くろぬえ)流、手裏剣(しゅりけん)・妖鳥!!」

 千尋が目くらまし程度に放った二、三枚程度の手裏剣。しかし、那谷が手裏剣を弾いた瞬間、手裏剣が|華麗に分散し、黒々とした怪鳥の形となった。

「おおおおおおおお!!」

 那谷は声を上げ手裏剣の群れを弾き、叩き、薙ぎ、落とす。

「!!」

「俺と貴様は、違う」

 那谷は突進する。

 刀を(かざ)し、凄まじい突きが来る。その刹那、串刺しにされるところを千尋は刀の切っ先を鷲掴み! 何とかそれだけは(まぬが)れる。その衝撃は殺せず、ぼんぼりの群れに突っ込んだ。

「おお、黄泉のぼんぼりに突っ込んだ」

「あの娘ぇ、死んだか!?」

 百鬼達が喚く中、千尋はしっかり立ち上がった。

 しかし、那谷に貫かれた穴が開き、装束をじわじわと赤く染め始めている。千尋は追い撃ちの突きをかかとで抑え付けると、那谷の(あご)を蹴り上げた!!

「「よっしゃ!!」」

 俺と雪女さんが歓声を上げると、 「いいや」と八柳に釘を刺させてしまう。何だよ、いいところなのに、と言いかけた時、那谷が千尋の脇腹の傷を蹴り付けた。

「止めろ!!」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「千尋殿と那谷では体格に差があり過ぎる。大人と子供。千尋殿はもう立てまい」

 が、

 冷静な八柳の言葉を(さえぎ)って千尋が立ち上がった。

 那谷は千尋を見ると、驚き、目を剥いた。

黒鵺(くろぬえ) 千尋(ちひろ)!?」



「千尋」

 那谷に脇腹の傷をぐしゃっとやられた瞬間。僕に響く、訊き慣れた声。

 兄ぃ。

 ぱっと僕は傷を抑えたまま声の方向を振り返った。しかし、その時不吉な違和感に教われた。あれ、傷が痛くない。穴、空いてたのになぁ。それに、ここは薄暗くて寒い。那谷は、百鬼達は、椿木は何処に行ったのかな。

 振り返ると兄ぃが唇を切り、(あざ)を作り、よれよれになって僕の前にいた。

「千尋、もういい」

 それは、びっくりするほど弱い兄ぃの声だった。こんな弱気な声を僕は訊いたことが無い。

「俺は二度と黄泉から出れなくても、約束を破ってもいいから」

「兄ぃ?」

「千尋が目の前で痛い目に遭うのは、嫌だ!!」

 それは兄ぃの心からの嘆きだった。

 兄ぃ、僕。僕が弱いから、半分しか怪異じゃないから、那谷に負けたから。兄ぃを守れなくて、町の仲間を、初めての友達の椿木を巻き込んで、僕……。僕はそんなことを沢山考えていた。兄ぃに逢ったら謝ろうと沢山沢山、考えて。いざ、目の前でぐしゃぐしゃな弱い兄ぃに逢った時、それは綺麗(きれい)に消し飛んだ。

 理屈じゃない。

「必ず勝つから」

 それを告げた時、霧を打ち掃うように目の前が急に明るくなった。



「何じゃ、百鬼共。チビの戦いに夢中ではないか」

 百鬼の大将・ぬらりひょんがそれはそれは何処か能天気に零すのを訊き、脇に控える青大将が眉を寄せた。

「チビ?」

「千尋のことだ。あれは昔、ここに住み着いたものじゃったからな。昔はわしのこともおじいちゃまおじいちゃまと(した)っておった」

 ぬらりひょんの言葉に周りの怪異達が驚き口を開く。

「知らんかったか?」

「「知りませんよ!!」」

「あの不純物が? 昔大将の近くにいたとは……」

「千尋は不純物だが性質はこの上ない怪異だった。一度も笑ったことが無い人間を憎む心。全く、人らしくなってしまいおったなぁ。怪異は約束事を尊ぶ。千尋が那谷に打ち勝った時は、貴様等」

 意外過ぎるぬらりひょんの本心に部下たちは平伏した。

「「御意」」



「き、気を失ってる」

 那谷は千尋を見ると無意識に後退(あとず)った。

「気を失ってるって、」

 那谷が戸惑い、きっと七不思議の皆も八柳も同じ顔だったと思う。

「……千尋。なぁ、千尋。……も、もういいだろ。止めてくれよ。こんな小さい子供が命懸けていいわけねぇ! 大体、こんなの鳴神さん絶対傷付く。千尋が自分を助ける為にこんなになったら絶対傷付く!」

 俺が言い(つの)り千尋の肩に()れようとした瞬間。

「ぷはぁ!?」

「うわぁ!?」

 千尋が急に咳き込んだ。

 千尋は周りを見渡した後、じっと考え、

「んじゃ、続けよっか」

 気楽に首を傾げると刀を構えた。そんな千尋を前に俺は呆れを通り越して怒りが込み上げる。

「……お、お前さ。全然敵わなかったじゃねぇか! 次は脇腹じゃねぇ。左胸に穴空くかも知れねぇのに! 死ぬかも知れない、のに」

 そんな俺を見た千尋はぎょっと目を見開き、

「そ、あ、死なないよ。死なないようにする、死なないから。あの、次、多分一発で決着が付くから、怖くないから、そ、頑張るから」

 何を慌ててるんだろうと俺が眉を寄せると千尋は上目遣いで見て来る。

「お願い。泣かないで」

「は?」

 俺はそろそろと自分の目尻に触れた。指先に雫が付くのに気付けばしどろもどろに口を塞ぐ。千尋がそんな俺に微笑むと、

「黒鵺 千尋」

 那谷が真剣な表情で刀を構えた。吐き出される声は何処までも低く冷たい。

「後一発で勝負が着くらしいな」

「着くよ。僕は貴方に勝って兄ぃを連れ戻す。椿木を欠片から助ける」

「そうか」

 言葉が交わされたのはそれでおしまいだった。後は、胸が斬りきり痛むような静寂と、全く不穏な予感だけ。一体どれだけの時間が経ったのか。一、二、……恐らく、十秒ほど。

 千尋が刀を構え、那谷が地面を蹴り付けた。千尋が何か呪文みたいな言葉を唱え、刀が千尋より大きい禍々しい金棒になった。

 その金棒の鉄槌の如き一撃を、那谷はぎりぎりで回避する。

 土煙が上がる中、那谷の渾身の付きが千尋の胸に深々と突き刺さり、血飛沫を上げる千尋が那谷を抱き締めた瞬間。

 

 もう一人の千尋が振るう刀が、確実に那谷の背中を深く薙いだ。


「あ、」

「あれは」

 その瞬間。確実に黄泉の時が停まった気がする。天狗町の決闘の時、八柳を追い詰めた術が百鬼の鴉天狗を討ったのであった。

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