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アメジストの瞳の鴉天狗様  作者: オトギ コガレ
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其の五

 しまった。

 油断した。

 そんな後悔(こうかい)なんか遅かった。

 兄ぃを再び黄泉に連れて行くと言うのか。永遠に(とし)もとれず、腹も減らない。時間の()まるあの牢獄に。

 僕は昔のことを思い出して、酷くパニックになって。

「……!!」

 気付いたら、得体の知れない危険な鴉天狗(からすてんぐ)に遅れをとった。

 見れば、那谷(なた)、と言われた鴉天狗の刀がぶっすりと僕の腹を貫いている。

 

 ああ。こんなのを見れば、優しい兄ぃは。

「止めろ!!」

 兄ぃは百鬼夜行の連中に組み伏せられ、悲痛な声を上げた。

「……兄、ぃ。……僕を、」

 僕を無視して。そんな連中の言葉を訊かないで。

 僕は言葉を(つむ)ぐことが出来ずに両膝を付き、(くず)れ落ちてしまった。腹からは生温かい鮮血が(あふ)れて、止まってくれない。

 客観的に見れば、きっと僕は血塗(ちまみ)れで無残なことになっているだろう。

 嫌だ。待ってよ。僕は兄ぃの重りになりたくない。

「禁忌の人間。来て貰おうか!?」

 この百鬼夜行の多分二番目の序列(じょれつ)を誇る、怪異の青大将(あおだいしょう)が僕の血塗れの体をぶら下げて声を上げた。

 

 兄ぃに選択肢など無い!!


 僕は必死に重い重い(まぶた)を押し上げ、言葉を吐き出した。しかし、声にならない。音にならない!

「……ぃ」

 兄ぃ。待って。

 椿木はどうするの。僕はどうするの。

「ん、この鴉天狗!?」

 青大将は僕の右の翼を見ると目を()く。

義翼(ぎよく)! ……片翼だと!?」


 (かす)れる視界の中、椿木が驚きの瞳を向ける。

 義翼、か。そう呼ばれるのも久しぶりだ。

 僕には生まれ付き、右の翼が無かった。人間と怪異の間に生まれた不純物(ふじゅんぶつ)だったから。混血、なんて生易しいものじゃない。

 怪異と人間の間に生まれる。怪談の中に生きる存在と、現実を生きる人間と。

 そんな僕。飛べない鴉天狗を飛べるようにしてくれた。けれど、それは神羅万象の中に生きる怪異の僕達にとっては、――――途方も無い禁忌で。

「正に禁忌の血が流れる人間よ! 怪異に人間の錬金の術を混ぜ、このような紛い物を造り出すとはな!! 神も(おそ)れぬ所業よ。鳴神ぃ!!」

 容赦なく義翼をわし掴まれ、べりべりと(むし)られる寸前だった。

 それを止めたのは、兄ぃの(すが)るような声だった。

「俺を連れて行け! 俺を好きにすればいい!!」

「……な、」

 兄ぃ!!

 案の定だと言わんばかりに百鬼共がくぐもった笑いを漏らす。

 血の繋がりは無いとしても兄ぃは僕を守ってしまう。優しさが仇になるなんてそんなの嫌だった。精一杯、否定したかった。

「ぎゃ!?」

「千尋!」

「千尋殿!!」

 僕は青大将の腕に噛み付いた。肉を抉るつもりで、本気の本気でがぶぶっと。

「ふざけんな、小娘」


 那谷、とか言う鴉天狗の声がした。その時、僕の体が吹き飛んだ。

 何、……されたのかな。

 瞼が落ちる時に見たものは必死に僕の名前を呼ぶ兄ぃ、だった。

 



「……畜生」

 畜生、畜生。畜生。

 俺は気を失ったままの千尋を見ると、傍らで拳を握り締めた。

 全く苦い思いのまま朝が来た。

 

 千尋の、精一杯の行為。

 青く、巨体の妖怪に噛み付いた千尋は。千尋を刀で貫いた那谷とか言う奴に蹴り飛ばされ、意識を失った。糞ったれ。腹に穴空いてる子供にも容赦無しかよ!

 結局。鳴神は連れて行かれた。

 場を何とか治めたのは八柳。

 怪異の中でも『八咫烏(ヤタガラス)』の組織を敵に回すと厄介なことになるらしい。八柳が守ったおかげで千尋は連れて行かれなかった。千尋を酷い目に遭わせて鳴神を手駒にすることなんて簡単だからそれだけは避けたかった。しかし、解らないけど、きっと、きっと悪いことになるって八柳は言ってる。

 俺ぇ、何にも出来ないなぁ。

「しかし。(いく)ら鳴神さんでも。人、いいや、怪異の寿命を好きに(のば)したりなんざ……」

 俺の言葉に驚きの言葉が帰って来た。

「禁忌の血を受け継ぐ人間。黒鵺 鳴神なら、可能だろうな」

 禁忌の血。禁忌の人間。百鬼夜行が言ってたことだ。


 ――ずきぃ!!

「い、」

 俺の脳に千尋の想いが(もぐ)り込んで来た。

 悪霊の欠片の仕業らしい。俺は驚きの展開の連続でこれの存在を一時忘れていたようだ。千尋の思念が俺の脳をぐりぐりと押すような痛みに俺は声を上げた。

「い、痛い痛い痛い!!」

「椿木!?」


 千尋の記憶が俺の脳に再生され、目の前が真っ白になった。


<……お嬢ちゃん、一人か?>

 黄泉の町が僕の居る場所。

 望まれても、望まれなくとも。片翼の、人間と怪異の不純物の僕に行くところなんて、無い。

 黄泉の町の牢獄。僕が気付いた時には「禁忌の血」を受け継ぐ人間はそこに()らわれていた。不思議な人間。その人間は炭を金に変えることも、水を聖水に変えることも、この黄泉から怪異を呼び出すことも、……決められた寿命を、(のば)す術さえ使役していた人間の生まれ変わりらしい。

 へぇ。不憫(ふびん)なことだ。

 怪異に牢獄など無意味なので。僕は(ひま)潰しにその禁忌の人間を見に行った。

 

<よぉ! 暇なんだ。何か一緒に(しゃべ)ろうぜ?>

<暇……って>

 当時の無感情な僕も唖然(あぜん)とした。命乞いでも無く不満を吐くでも無く。怪異の僕を見ると、人間は笑った。

 僕と、人間は何時も間にか仲がよくなった。僕にお兄ちゃんが居ればこんな感じなんだろうなぁ、なんて言って、笑って。で、唐突なんだけど。

 僕の、不純物の寿命はここで尽きるはずだった。人間と怪異の血を受け継ぐ不安定な存在。僕の寿命は実はすごく短くて。それを僕は知っていた。


<何で言わねぇ!!>

 逆に言っても何もならない。なのに。なんと、この人間は容易く牢を破ると僕を黄泉から連れ出した。

<い、何時でも逃げ出せたのに。……何で>

 僕の至極真っ当な質問に人間が恥ずかしそうにすると、

<俺は何処に行っても禁忌の人間だ。何処に行っても生きる意味が無かったんだ。けど、>

 けど、今はお嬢ちゃんが居る。

 人間は続けると、人間の世界に降り立った。初めての世界。初めてが沢山の世界。人間は一番使っちゃいけない術を使い、僕の寿命を延し、 ……僕を救ってくれた。

 僕達は仮初(かりそめ)兄妹(きょうだい)になったんだ。 

 

 ※


「……き!」

 後は、怪異の組織の『八咫烏(ヤタガラス)』に見付かり、鳴神は術を使った罰として。千尋は術を受けた罰として、天狗町の守り人になった。

 俺が見たのはこんな感じの記憶。

 生きる為に。二人は禁忌を犯すしか無かったのかよ。

「椿木!!」

「……?」

 俺ははっと我に返ると辺りを見回した。

「欠片の想いに呑まれるな。廃人になるぞ!」

 八柳が心配そうに俺を叱咤(しった)し、ああ、なんて俺は応じる。今の、千尋の記憶だよな。


「悪い。俺、千尋と鳴神さんの禁忌の存在のわけ、解っちまった」

 俺が見たものを説明すると八柳は肩をすくめ、 貴殿の所為じゃない。と言ってくれた。しかし、今回はこれに感謝だ。巻き込まれたいわけじゃないが、俺は千尋を、鳴神さんを放って置けない。

「八柳。俺、何か出来ねぇかな?」

「……『八咫烏(ヤタガラス)』は今回の件に関与しないと約束してしまった。しかも貴殿はただの人間だ。情は身を滅ぼすぞ」

 情。

 俺は千尋の色白い顔色を見る。

 俺は、俺は千尋の友達だ。


「いいぜ。巻き込まれてやる! 人間はな。薄情な糞も居れば、友達の為に何でもする阿呆も居るんだよぉ!!」

 八柳はそんな俺の言葉に目を丸くした。

「……ん、」

 俺の声が余程(うるさ)かったのか千尋が瞼を開ける。しまった、と俺は口を(ふさ)ぐのが精一杯だ。千尋に無理をかけるんじゃ本末転倒もいいところ!

 千尋は上半身を起こすと、

「あにゃ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!」

 千尋が怒号を上げた。

 へ?

 俺は目をしぱしぱさせる。

 朝方なのに千尋の周りに闇が渦巻き、体が鴉天狗に変化した。って、待て待て待て!

 千尋は完全にぶちぎれてた。

「千尋、殿?」

「千尋。ね、寝てろよ。お前、腹に穴ぁ空いてるんだぜ。千尋?」

 呆然とする俺と八柳が見えないようで千尋は拳を握り締めた。

「一生の……不覚(ふかく)。那谷。青大将。百鬼夜行ぉぉおお」

「「ひ、」」

 千尋のアメジストの瞳が轟々(ごうごう)と猛っている、……気がする!

 俺達は決意が十二分に()められた千尋の、怖ろしいドスの効いた声に息を詰まらせた。男が二人(一人は怪異だが)揃って情けないにも程がある? 

 結構だ。

「兄ぃはすぐ返して貰う。僕の恩人に酷いことしたら絶ッッ対に許さない。今夜、補佐役がいなければ決闘出来ないけど、どうするの?」

 千尋の言葉に八柳ははっと瞬くと、

「補佐役が見付かるまで決闘は延期(えんき)になる」

 事務的(じむてき)に応じてくれた。

「僕。今夜<黄泉の道>が開いた時、ちょっと行って来るから」

 そんなお使い言って来るみたいに気軽に言うなよ。 

 今更何処に? なんて訊く理由は無い。無論、止める理由も無い。いや、腹の傷だけが心配なんだけど人間の俺に止めきれるのかどうかが怪しいな。

「んじゃ、俺も」

「椿木?」

 千尋が俺の言葉に驚き、 「危ないよ」と、ぶんぶん首を振った。危険なのは何処も一緒。鳴神がいなければ俺はこの悪霊から逃げられない。

「構うかよ。俺とお前は友達だ」

「と……、友達」

 千尋はじぃぃん、と何処か感極まったように俺の(てのひら)を握り締めた。八柳は困ったように腕を組むと諦めの溜め息を零した。

 俺と千尋は視線を合わせるとニッと笑った。


「「――――お礼参り!!」」

 勢いって大事だけど怖いよな。

 今、この瞬間。

 前代未聞の黄泉への<殴り込み>が決定したのだった。

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