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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第一章
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第五話 魔神の召喚 中編

「天上の方がいらっしゃってるって、本当なの?」

橘媛が、屋敷の廊下を歩みながら、側女の菜々香にそう訪ねた。

「あれを『方』と言って良いか表現に迷う所ですが、使者がいらしてるのは事実です」

橘媛の側女が、三歩後ろに付き添いながらそう答えた。

菜々香は、穂積の家に最も長く勤める使用人だった。使用人とはいっても、そう思っているのは本人だけで、家の者達は皆、家族のように扱っている。

「彼らはまさか、お父様にAIを送り付けて召還する積もりな訳?」

「星の都は、天の川銀河の中心部。地球からは二万四千光年の彼方にあります。質量の転送には途方もない力が必要ですから、こちらに人間の使者を送る訳にも行かなかったのでしょう」

自然と弁明する形になって、それを聞いた橘媛がいっそう不機嫌と成る。

「それで、お父様はどうなさるお積もりなの?」

「御舘様の心中は察し得ませんが、この星の政府には、星の都と対等に交渉する力はありません。召還に応じぬ訳には行かないでしょう」

「だって、彼らはお父様を二十万年も捨て置いたのよ!」

まだあどけなさが残る橘媛が、その眦をつり上げる。側女が、慌てて自らの主人を宥めていた。

「御鎮まり下さい。御舘様のお心は星の都では無く、この家のご家族にこそございます。ですが、先方に使者を立てるにしても、相応しい者が居りません」

「菜々香じゃ駄目なの?」

側女は主人に向かって、慌てて手を振った。

「まさか。私のような下賤の者では務まりません」

「またそんな事を言う。貴賤は身分では無く、人の心にこそある物だって、お父様が仰っていたじゃない。そうだわ!」

そう言って、橘媛が両手を打ち合わせる。

その顔が、良い事を思い付いたと言っていて、側女が震え上がる。

行動力ばかりが十人前の、このお姫様の思い付く事は、昔から碌な事が無いのだ。

「菜々香で駄目なら、あたくしが使者になれば良いのよ」

側女がその意味する所を理解して仰天する。

少しは、後始末する自分の身にもなって欲しいとの、彼女の想いは打ち砕かれていた。

「ご冗談はお止め下さい!」

でも、橘媛の歩みは殆ど駆け足の速さになっていた。側女が着物の裾に足を取られながらも追いすがる。

「姫様、お待ち下さい」

けれど、側女の思いは届かなかった。

謁見の場である中庭で、屋敷の奥から現れた自らの娘に目を留め、舘の主人が言っていた。

「良い所に来た」


五つの頃に目の前の男に拾われて、菜々香は自分は幸せであったと感じていた。

恩に報いる為なら、この命捨てても良いと、心底から思っている。

けれど、この時ばかりは恨みに思わざるを得なかった。舘の主人である穂積真人は、自分の娘に向かってこう言ったのだ。

「美帆。済まないが、私の代わりに星の都に行って来ては貰えぬだろうか」

そして、数え十五で、橘媛の名を賜ったばかりの少女が、父親に向かって微笑んでいた。

「勿論、あたくしもその積もりですわ」


   ◇   ◇   ◇


立ち眩みを起こした菜々香が、その場に座り込む。

それに気に掛ける様子も無く、男の話は続いていた。

「供には菜々香を付けたい所なのだが、生憎転送ポータルが簡易式で、二人迄しか送れない。緋色と二人で行って来て欲しい」

『お待ち下さい!』

自分を置き去りにする話に、菜々香が悲鳴を上げた。

「どうか、どうかお考え直しを! 使者の件、緋色様と私に御命じ頂けないでしょうか? さすれば、彼の銀河帝国を平らげて参りましょう」

菜々香の言葉を聞いて、男が困った顔をする。

「別に戦をさせる積もりは無いのだ。先方には、私が引退する旨を穏やかな形で伝えられれば良い。お前に託せれば一番なのだが、私の遺伝形質を継いだ者でなければ、私の意志として容れらない可能性がある。美帆の機転と、緋色の力が必要なのだ」

「そんな・・・」

「星の潮汐の都合で半年後にはなるが、お前には子供達を迎えに行って貰う。心配せずとも終の別れでは無い」

「ですが、姫様に、側仕え無しで長旅など不可能です!」

側女の言葉に橘媛が不満の声を上げたが、男がそれを遮って言った。

「良いかい、菜々香。私は子供達を、私が元居た世界に留学させたいと、ずっと考えていた。そうした意味で今回の件は良いチャンスなんだ。二人には、この狭い星を飛び出して、世界の様々な有り様をその眼で見て学んで来て欲しいと思っている。二人を送り出すのはその為でもあるのだ。だから、協力して欲しい」

「協力、ですか?」

菜々香は呆然として主人を見上げていた。

「ポータルが閉じる迄、あと半時(60分)。子供達には一人当たり三貫の荷を持たせる事が出来る。お前に、その荷を見繕って欲しい」

そこ迄言われては、従うしかなかった。

菜々香は息女の側仕えでしか無いのだし、何より橘媛の荷は、菜々香自身の手で差配したかった。

「彼の地には、まだ私の資産が残っている筈だから、金品の必要は無いだろう。進物の類も要らないから、子供達に必要となりそうな物を整えて欲しい。それと、緋色には最低限の武装を持たせてやって欲しい。出来るかい?」

「仰せのままに」

菜々香が頭を下げる。彼女の中では、既に必要な物品の目録が巡り始めていた。

二人で六貫、(22.5キログラム)武装込みであれば大した量の荷を持つ事は出来ないが、だからこそ念入りに選択する必要があった。一匁(3.75グラム)たりとて無駄には出来ない。

当の橘媛は、星の都に行けると聞いて、喜び舞い上がっている様子だった。きっと、これから生じる苦労の事など思いも寄らないのだろう。

この時代、大和から奈良の京に上る事さえ大事なのに、子供達だけで星を越えさせるなど、主人の遣り方は正気とも思えなかった。でも。

必ず迎えに行こう。

菜々香はそう堅く決意していた。

そして、荷の内容について意見を聞くため、奥方の部屋へと足を向けていた。


SFぽい用語が少し多くなりますが、お嫌いな方は、ファンタジーの呪文と考えて読み飛ばして下さい。

用語は世界観を構築する為の道具として使っていて、物語で重要な位置を占める物では無いと考えているからです。


量子転送=ルーラの魔法

転送ポータル=ルーラの魔法を行う門

こんな感じですかね? ルーラはもちろんドラクエの転移の魔法です。

※5/31に章立てを変更。内容の変更は有りません。


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