第四話 魔神の召喚 前編
今を遡ること千年以上の昔、大和の国、今の岐阜県に穂積を名乗る一族があった。
穂積の謂われは火の祭祀にあり、転じて易、占いに優れていた。
則ち天測を行えば、その年の気候を良く見通し、過つ事が無かったのだ。
これによって穂積の者が治める所領は田畑が常に豊作に恵まれ、近隣の村々が飢饉の際も領民は飢える事を知らなかった。
時に墾田永年私財法により、開墾された田畑の私有が認められ、初期の荘園が現れ始めた頃だった。
穂積氏に田畑を寄進すると、収穫が増えて、却って楽に暮らせると噂になり、穂積の所領は益々広がり、その勢力は朝廷に食い込む程と成って行った。
この時代、有力な氏族には渡来人が多かった。
これは、この国に土木技術や農具器具等の技術を伝えたのが、大陸から渡り来た者達だったからだ。
この為、渡来人には大陸の有力な氏族の名が多く、中にはこれを僭称して、氏族の優位性を喧伝する者が出る程だった。
勿論、渡来人は大陸の者達ばかりでは無い。
他からもこの国に渡り来た氏族がいて、それが、天上からこの国に天下ったとされる、神々の末を名乗る者達だったのだ。
彼らは日本書紀に名を記す神々を祖とし、この国の中に溶け込み、人々の精神的な庇護者となっていた。
こうした中、穂積の真人もまた、天上からの渡来人であると言われていた。
潰えようとしていた、名ばかりの氏族だった娘を妻として迎え、中興の祖として氏族を再興したのだ。
彼の生い立ちは定かでは無く、ただ、彼に纏わる不可思議な事柄が真しやかに噂されていた。
壷に封じられ、天から落とされた所を彼の妻によって救われただの、真人は「まひと」では無く「まじん」と読み下すだのと、まるで彼自身が神人であるかの様に伝えられ、実際に真人自身が奇跡の技を行うと信じられてもいた。
岩山の中に一晩で三町歩の田畑を開いたとか、地中に深い穴を穿ち、自らの屋敷に温泉を引き入れた等と言われていて、実際に彼の行う奇跡を目の当たりしたと言う者も少なくはなかった。
けれど、こうした謂われは朝廷に取り入る為の、造られた噂であるとも言われていて、実際当時はそうした吹聴も珍しくは無かったのだ。
真人は、またの名を一郎といって、その由来を始まりの男であるからとしていた。
その人となりは信義に厚く、家族思いであった為、彼と出会った者は誰もが親交を結ぶ事を求めた。
彼が持つ、鍛冶や測量の技が目当てだのと、口賢しく言う者もいたが、真人の為に力を尽くそうとする者が多くいた事は事実だった。
いわゆる、徳のある人物だったのである。
◇ ◇ ◇
男が壷から助け出されて、十七年の年月が経っていた。
膝の上で昔語りをせがんだ娘も、今では美しく成長して、妻に迎えたいと求める男達が引きも切らず訪れる程であった。
男の息子は、まだ元服前であったが、力が強く体術に優れ、大のおとなでも適う者がいない程だった。
けれど男は近年になって、鬱ぎ込み、考え込む事が多くなっていた。
男を閉じ込めていた壷には、封を解く事によって知らせが発せられる仕掛けがあった。
十七年という年月は、男が暮らしていた星の都に、知らせを届かせるに充分な時間だったのだ。
国より妻を選んだ男に、天に戻る積もりなど微塵も無い。
何より、男が壷に封ぜられて二十万年もの時がが過ぎているのである。それは、国との縁が切れるに充分過ぎる時間でもあった。
それにも関わらず、男は自分の元に迎えが来る事を予想していた。
それは、魔神としての、決して外れぬ予感だった。
◇ ◇ ◇
その年は、男の予想より天候に恵まれず、著しく米が不作だった。
予め、寒冷を前提として充分に対策を行った男の領地でさえ、例年の七割を切る有り様なのだ。他の所領は目を覆う有り様で、冬には沢山の餓死者が出ると予想されていた。
春先頃から友人達には、蕎や稗等の寒冷に強い雑穀を厚く手当する様に進言してあり、男の助言に従った者達からは礼の書状が届き、そうで無かった者達からは、穀類の借り受けを申し込む書状が届いていた。
自分の所領は良い。周辺の幾つかの荘園も助ける事が出来るだろう。だが、米の不作は西日本全体に及んでいるのだ。
大きな飢饉が来る。場合によっては、暴徒化した近隣の農民が攻め込んで来るやも知れなかった。
何もこんな時に。
男は屋敷の縁台に座して収穫の終わった田畑を眺めていたが、やがて溜息を吐いて立ち上がると、そのまま庭に歩み降りた。
恒星系内に配置した幾つかの精霊達より、重力のゆらぎが報告されていた。
既に正確な測量が行われていたらしく、庭の景観の一角が歪み始めている。
どこかで雷鳴が響くのが聞こえた。
男の目の前で、いきなり歪んでいた空間が暗転すると、量子もつれから吐き出された情報が、周辺の代替質量を飲み込み、量子転送ポータルを形成して行く。
量子転送。それは、質量を光の早さを越えて移送する、星の都の技術だった。
男の目の前には、星の都と地球とを結ぶ『門』が出現していた。
「お迎えに上がりました」
門が、そう言った。
ここからが実際の本編の導入部、物語の時代背景等の説明部分と成ります。
言わずもがなですが、物語はフィクションなので、実在の史実とは何の関係もございません。
物語の時代は奈良時代を考えていて、これは当時の日本人の文化や考え方を、ギミックとして使えないかと画策しているからです。
※5/31に章立てを変更。内容の変更は有りません。