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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第一章
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第二話 壷の魔神の物語 中編

「お母様は、願いを叶える魔神の力に寄って、お父様と結ばれたのでは無かったのですか?」

娘がぽっかりと口を開けて驚いていた。

「いや、願いはあくまで切っ掛けであって、美咲さまが願ったのは、別の事であった」

「なら、お父様は嘘を吐かれていたのですね」

娘の柳眉がきりきりと吊り上がる。

娘が益々妻に似て来たと男は喜んだが、実際の所、そんな事を言っている場合では無かった。

「待ちなさい。嘘では無いのだ。ただ、子供には少々難しい話で、本当の気持ちを理解しては貰えぬのではないかと伏せてあったのだ」

男の口調が自然と言い訳がましくなる。

「お父様はそうやって、直ぐにあたくしを子供扱いします。子供だからこの位で良いだろうとか。そうした不誠実な態度が人の不信を呼び、人を裏切らせて壷に封じられる羽目になると言うのに。お父様は未だお解りになら無いのですか?」

娘の説教に、男がとても情けない顔となった。

「美帆。お父さん、それを言われると、立つ瀬が無いのだけど・・・」

「だったら、本当の事をお教え下さい!」

娘が食い下がる。

「いや、それは、夫婦の馴れ初めであって、子供達に聞かせられる物では無いと言うか・・・」

それを聞いた娘が、今度はさめざめと涙を流し始める。

「待ちなさい。べ、別に、泣く程の事では無いだろう?」

慌てる男に向かって、娘は首を振った。

「お父様が願いによって此処に居るのなら、願いの強制力によって、無理矢理此処に留め置かれているのなら、私達は、本当は要らない子供だったのでは無いか。そう考える事がどんなに辛いか、お父様にはお分かりに成らないのです」

男はその言葉に衝撃を受けていた。

自分の娘が聡明である事は承知していたが、まだ子供だからと、どこか侮りがあったのは事実だったのだ。

想い遣りがあり、考えが深い自分の娘を、男は心から愛していた。

言葉の足りなさから、心を傷付けていた事を素直に詫び、男は、自分を救ってくれた妻との物語を、子供達に語り始めた。


   ◇   ◇   ◇


「あなたが名のある魔神なら、どうか私を弑して下さい。それが、美咲さまの願いだった」

子供達は、ぽかんと口を開けてそれを聞いていたが、やがてその意味に気付き、慌てだした。

「待ちなさい。私は美咲さまを弑したりはしない。落ち着きなさい。だからお前達に話したくは無かったのだ」

「一体どう言う事なのですか?」

娘が訊ねる。

「美咲さまは、とある荘園領主の娘だった。当時、此処には湯治の為に訪れていたのだが、病気と言うのが膠原病でね。実際の所は、体の良い厄介払いだったのだよ」

「厄介払いとは、どう言う事なのですか?」

「美咲さまの病気は症状が重く、直る見込みも無かった。そうした病人は、人の眼の付きにくい処へ追い遣られる。つまり、美咲さまは家族から捨てられたのだ」

「酷い!」

男が憤る娘を慰める。

「待ちなさい。そうした事は、医療技術の無いこの世界では普通の事で、むしろ病気を広めない為の知恵でもあるのだ。美咲さまのご両親は、娘の行き先に湯治の盛んなこの地選んだ訳だし、年経た乳母を付き人とした。これは、この世界に置いて充分な配慮と言えるのだ」

「それなら、何故母上は死を賜ろうとしたのですか?」

「それは、病気が辛かったからだよ。身体の痛みもそうだったが、美咲さまは、顔に生じた大きな痣を気にされていた。自らの死に場所を求め山中をさ迷う中、たまたま私を封じた壷を見つけたのだ」

顔の痣と聞いて、縋り付く娘の腕にぎゅっと力が入る。

男は娘を安心させるように、優しくその背をさすった。

「大丈夫。ウイルス性の遺伝子疾患など大した病気では無い。美咲さまには医療用ナノマシンを与え、病気は私が治して差し上げた」

「なら、母上の願いは、ご病気を治して差し上げる事だったのですね」

けれど、息子の問いに、男は逆に訊ね返した。

「目の前に病気に苦しむ者が居たとして、自分にそれを治す力が有ったとしたら、お前はそれを放って置くのかい?」

それを聞いた息子が、ぽかんと口を開ける。

「病人の治療は人として当たり前の事だ。そんな事を魔神への願いに数える訳には行かない」

娘が笑って言った。

「そんなの当たり前だわ。何と言ってもお父様は、無敵の魔神なのですもの。それで、それでお母様は一体何を願われたのですか?」

娘が話の続きをせがむ。

「美咲さまは何も願わなかったのだ。病気を治す事が当たり前の事なら、壷に封じられ困っている私を助ける事も、また当たり前であると謂われたのだ。そんな事で礼を貰う訳には行かないとお断りになられた」

それを聞いた娘が、ぷっと息を吹き出した。

「それは全くお母様らしいわ。それで、お父様はどうなされたのですか?」

男は笑って頭を掻いた。

「いやぁ、困ったね。何でも願いを叶えると言って、まさか断られるとは思わなかった。だが、私を助けた者に褒美を取らせる事は、私の精霊が世界に発信してしまった事だった。要らないと言われて、はぁそうですかと、それで済ます訳にも行かなかったのだ。私にも、魔神の意地という物があるからね」

「仰る事は、一々ごもっともですわ。それで、お父様はどうなされたのですか?」

「美咲さまの病気は、ナノマシンの効能で痛みが引いたとはいえ、関節の変形や顔の痣が取れる迄には、まだまだ時間が必要だった。長々と立ち話をするのも何だからと、私は美咲さまの逗留先にご厄介になる事にしたのだよ。願いの事は、ゆっくりと考えて戴く積もりだった」


5/31に章立てを変更しました。内容の変更は有りません。

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