表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第一章
1/47

第一話 壷の魔神の物語 前編

「昔々有る所に、壷に封じられた魔神がおりました」

膝の上に自らの娘を抱いて、男が昔語りを始めていた。

父親を見上げる娘の瞳が、期待に輝いている。

愛娘の頭に手を置き慈しみながらも、男は苦笑を禁じる事が出来なかった。

もう、何度と無く同じ話をしている。

最早、話の筋立てや結末さえも諳んじている筈なのに、彼の娘は、この話に飽きる事を知らないのだ。

いつの間にか傍らには彼の息子がいて、父親の話に正座しながら耳を側立てていた。

男の笑い皺が一層深くなる。

ならば、今宵も始めねばなるまい。

壷に封じられた魔神の昔話を。彼の波乱に満ちた人生の物語を。

男は、子供達に今一度慈愛の眼差しを注ぐと、何度と無く繰り返して来た、昔語りを始めていた。


   ◇   ◇   ◇


「遙かな昔、天上界には大きな戦があって、魔神は神代の力を賜り、軍団を率いて戦っていたのだ」

男は自らの過去を懐かしむようにして、そう語っていた。

「弓や刀で戦ったのですか?」

男の息子が躊躇いながら、そう訊ねて来る。

最近になって、男は自分の息子に、護身の為の体術を手解きし初めていた。その為もあってか、この頃はそうした事が気になって仕方無いらしい。

「莫迦ね、そんな訳無いじゃない。魔神が使うのは弓や刀では無く、雷と決まっているのよ」

数えで七歳に成る上の娘が、膝の上で頬を膨らませる。どうやら、話の腰を折られた事が不満で仕方無いらしかった。

「そうだね。魔神は多くの星船を率いて、雷を持って戦ったんだ」

そう言って男は娘の頭を撫でた。

「彼の操る力は神代の物だったから、一つの雷は一つの世界を滅ぼす程の物だった。魔神は数多の世界を恒星ごと焼き尽くし、幾つもの星座がその形を失って行った」

「星座が形を変えるなんて、何て途轍もない力だったのでしょう」

彼の息子が目を丸くする。

「魔神は寡兵を持って良く敵の大軍を平らげた。彼の登場によって、天上界の版図は大きくその趨勢を変えて行った。彼は決して負けなかった。強く、苛烈で、容赦が無く、だから彼は敵味方から共に魔神と呼ばれていたんだ」

男は、遠い過去に想いを馳せるように、そう言った。

「でも、その事は、魔神に力を与えた者達に、恐れを抱かせる結果となった」

「何故? だって、魔神は英雄だったのでしょ?」

膝の上の娘が不満の声を上げる。

「確かに魔神は英雄だった。でも、魔神を造り上げた者達が欲していたのは、英雄では無く、ただの兵器だったのだ。だから、魔神の創造主達は、自らの地位を追われる事を恐れ、彼を壷に封じ込めてしまったんだ」

「酷い、酷いわ!」

娘が男の胸に縋り付く。その眼には涙が溢れ、今にもこぼれ落ちそうになっていた。

男は優しく微笑むと、娘を慰めるようにその背を擦った。

「今思えば、彼にも足りない所は有ったのさ。拙速を尊ぶ余り報告が滞りがちだったし、敵にも味方にも、もっと話し合いの機会を設けるべきだった。要は結果を出せば良いのだろうと、粗雑な考えで身内の反発を買ってしまった。魔神は、自らの力を過信してしまっていたんだ」

「でも!」

娘が声を上げる。

思うに、面影が妻に似て来たと思う。

考えの速さと意志の強さは自分譲りで、男は自分の娘を心から愛していた。

妻は、そろそろ輿入れ先を考えるべきだと言い始めていたが、男にはその様な気は更々無かった。

「魔神は、さぞや辛い思いをされたのでしょうね」

姉の心を逸らす様に、男の息子がそう言った。

年子の弟は、まるで従者のように姉に付き添い、いつも気を使っていた。

「壷は、中の時間を静止させる物だったから、閉じ込められた本人は、そうでも無かったさ。でも、彼を守る精霊は大変だっただろう。なにせ魔神は、二十万年も閉じ込められていたのだから」

「魔神は、壷に閉じ込められる直前に、自らの心を裂いて、精霊として壷の番をさせたのですよね」

男は息子に向かって頷いた。

「壷を開くには、命を持った者が開封を願う必要があった。だが、壷が流された先の地球には、当時未だ人類が入植していなかったのだ。精霊は、壷を開けてくれる者をただひたすら待ち続けるしか無かった」


「壷に閉じ込められて始めの千年、魔神を守る精霊は、幾千の世界に救いを求めた。でも、魔神を助けようとする者は誰もいなかった。いつの間にか魔神は、仲間達から裏切られ、孤立していたのだ。だから精霊は、魔神を助けた者には、その願いを叶えると訴えたのだ」

「願いは何でも良かったのですか?」

息子が問い掛ける。

「そうとも。魔神に出来ぬ事など何も無い。莫大な財宝も、不老不死も、魔神は何でも与える事が出来たんだ。でも、壷を開ける者は現れなかった」

縋り付く腕にぎゅっと力が入る。

娘はこのくだりが大嫌いだった。昔話だと言うのに、自分の父親が壷に閉じ込められた気分に成るらしい。

「一万年が過ぎた頃、精霊は魔神の壷を開けた者を世界の王にすると約束した。でも、精霊の言う事を振り返る者は誰もいなかった。精霊は憤った。魔神を壷に閉じ込めた世界を呪った。この壷が開かれた暁には必ず復讐すると、劫火と雷を持って、世界を焼き尽くすと誓っていた。そして、魔神の壷は地の裂け目に飲み込まれ、世界からその姿を消してしまったんだ」

子供達がゴクリと唾を飲み込む。

「父上は、どうなってしまわれたのですか?」

「そんなの、お母様が御助けしたに決まっているじゃない!」

そんな遣り取りに、男が眼を細める。

そして、震える子供達を二人とも抱きしめた。

復讐など、最早考える事も無い。

魔神の荒ぶる心を、すさんだその魂を、この子達の母親が救ってくれたのだから。

「そうだね。十年前、この辺りに大きな地震が起こった。山が崩れ、地滑りが生じて、地中に埋もれていた壷が姿を現したんだ。それを見つけた美咲さまが、壷を開いてくれた。私を壷から助けて出してくれたんだ」

美咲は男の妻の名前だった。それを聞いた子供達が、安堵の溜息を漏らす。

「母上が魔神の願いを使って、父上をこの地に留め置いて下さったのですよね。だから私たち姉弟が、こうしてこの地に生まれる事が出来たのですよね」

息子の言葉に男は首を振った。

「私がこの地に留まったのは、確かに魔神の願いが切っ掛けだった。でも結局、美咲さまがそれを使う事は無かったのだ。私が此処に居るのは、あくまで私の意志に寄るものだ」

「お待ち下さい!」

娘が目を見開いて驚いていた。

「それでは御話が違うでは有りませんか!」

※5/31にサブタイトルを変更しました。

小説本文の変更は有りません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ