『人』
2話分を無理やりまとめました。
これで、現在書き溜めてある分は終了です。
次回は・・・時間を作れれば来週までには何とかしたいと思います。
知らない場所での、振る舞いの臆病さが出ていればいいかな?と思います。
7:『人』
その少年は、ただこちらを見て立っていた。
「すまない、君・・・」
とりあえず、声をかけてみる。
この『世界』の言語は分からない。が、『精霊の祝福』を得たときに『理解』してしまった。
『贈り物』を得ることは、この『世界の住人』に近づくことになる。正直、自分が何か別のものに作り変えられているようで・・・重い何かか覆いかぶさってくるような不安に駆られる。
しかし、『元の世界』に戻るには・・・自分は『非力』過ぎる・・・
帰るため・・・そう、自分に言い聞かせることで自分を納得させる。
そう、いくつもの現実から目を背けなければ、自分が自分でなくなってしまいそうで・・・
声をかけると、少年はハッキリとこちらに手を振った。なにか意味があるのだろうか?
「この辺りに、怪我の治療ができる場所が無いかな?知っていたら教えてほしいのだけれど」
こちらも手を振りながら、もう一度用件込みで声をかける。
礼儀や常識までは『精霊の祝福』では『理解』できなかった。
とりあえず、真似をしてみたが『異世界』なのだから正解など分からない。
「コッチ!!」
そう言った瞬間、少年は踵を返し森の中を走り出した。
「あ、ちょっ!待って!!」
案内をしてくれるのは嬉しいのだが・・・この少年、異様に足が速い。
とにかく、見失うわけには行かない。
傷の手当てをしたいのもあるが、少年のような人間がいる場所に行くことにもメリットが大きい。
少年は、『加護:身体強化』を行った自分よりも、幾分か速いかと感じた。
森に慣れているのだろう。同じ『身体強化』型の『加護』を持っているのかもしれない。
なんとか、見失う事の無いように追い続けると、森が開けた場所にでた。
森の中に不釣合いなほど広い空間・・・手前には柵・・・その中には数件の家と奥の方には、かなり大きめな建物が見える。
少年が柵を通って中へ走っていくのが見えた。
話をするために走り出す俺の前を、突然何かが遮る。
最初に目に入ったのは金属でできた刃。そしてそれを支えている木材・・・
長い木材は厳つい手に握られ、そこには屈強とも暑苦しいとも言えそうな男が此方を睨んでいた。
男を観察する。
自分の知っている『人間』と、差は無いように見える。
2m近い身長と、脚かと見間違いそうな程の太い腕・・・は、『普通の人間』の範囲内だと思いたい。
元の世界の格闘技チャンピオンでも、これほど鍛えているのかどうか・・・といったところだった。
顔自体は人間そのもの・・・目鼻口の数も形状も常軌を逸しているわけでもない。
年は30・・・もっと上に見えるが、西洋的な顔立ちの正確な年齢はわからなかった。
素っ裸・・・というわけではなく、しっかりと服も身につけている。布・・・ではなく、皮で出来たズボンと、同じ皮で出来ているであろうジャケットを着ている。
目の前に突きつけられている、道具も『槍』であろう事がわかる。
元の世界とこの世界にはそれなりの共通点があることを確信した。
と、言っても現状はあまりよろしくない。
相手は此方を、かなり警戒しているようだ。
今の自分の格好はTシャツにジーンズ、右腕にはボロボロになってしまったYシャツが包帯代わりに巻かれており、赤黒く変色してきていた。
・・・怪しいとは思われるが、同情は引けるかもしれない・・・
俺は、敵意が無いことを示すためにゆっくりと両手を持ち上げる。右腕が酷く痛み顔が歪む。
「申し訳ありません。魔物に襲われてしまい、このとおり右腕をやられてしまいました。」
そういって、持ち上げた右腕をチラリと見る。
「不躾なお話とは、思うのですが怪我の治療が出来る場所を教えていただければと思い、先ほどの男性に声をかけさせていただいたしだいです。」
この世界で通用するかはわからないが、滅茶苦茶な敬語で話しかける。
男は、まっすぐに俺の目を見つめ・・・続いて右腕を見る。もちろん、『槍』は俺に突きつけられたままだったが・・・
「オイ!何があっても動くなよ!」
低い声で、男が話しかけてくる。身の安全を考えると承諾しかねる・・・が、断っても話は進展してくれない感じがしたので、苦笑しながらも軽く頷く。
男が頷くと同時に突然、俺の両脇腹を何かが弄る様に触ってきた。
「ちょっ!」
思わず叫んでしまい、何かから逃げようとした時
「動くなと言った。次は無い。」
男が、槍を首元に突きつけた。見えてはいないが、チクリした感触から本当に首の皮一枚なのだろう。中途半端な格好のまま、おれは動けなくなる。
両脇を弄っていた何かはどうやら人間の手のようだった。
そのまま足や肩、果ては股間など全ての場所を弄った後、右腕に巻かれたYシャツを取り始めた。
(まさか、追いはぎ村とか勘弁してくれ・・・)
心の中で、そうつぶやく。
Yシャツが完全に取られると、まだ出血が治まっていないようで血が腕を伝って肩に流れていく。
普通ならば、とっくに失血による障害が起きそうな感じなのだが・・・軽い眩暈はするものの、それ以外に問題が無いことに自身驚く。
『神の加護』・・・生命力強化
死に難くなる・・・という話だったが、頑丈になると言うわけではないようだ。
今更だが、自分が『人間』から懸け離れていっているようで鳥肌がとまらなくなる。
「いっつ!!」
自分の考えに浸っていると、右腕に激痛が走る。
右腕を触っていた、手が傷口を丁寧に開いているようだった。
「な、何も金目の物は持っていないんだ。見逃してくれないか?」
もう、喋り方も何も無かった。とりあえず、逃がしてもらえるよう声をかけてみる。
目の前の男は苦笑いだろうか・・・俺の後ろに居るであろう人物に何か目で語りかけているようだった。
「手を下ろしなさい。それでは、傷口が見辛いわ」
後ろから女の声が聞こえた。振り向きたい衝動に駆られるが、先ほどの件もある。
目の前の男に、了解を得るために目で問いかける。
「振り向かず、ゆっくり手を下ろせ」
男の指示にしたがい、右腕を下ろす。ある程度、下げたところで「止めて」という声が聞こえた。
下ろしきったほうが楽なのだが・・・仕方なく中途半端な場所で腕を止めた。
「結構深いわね・・・何に噛まれたのかしら?」
後ろの女?が、問いかけてくる。
迂闊にしゃべっていいものか・・・悩んでいると、その間を何と思ったのか、
「武器も持っていないし、もう良いわ。それは下ろしなさい。」
後ろから聞こえた声に、目の前の男が『槍』を下ろす。
「別に採って食いやしないわ。治療が受けたいのでしょう?だったら、質問に答えなさい。」
後ろからの声は、人に命令することに慣れているようだった。目の前の男も、この声の人物の命令には従っている。
逆らう必要もなさそうだ。しかも、治療をしてくれると言っているのだ。
念のため、顔だけは正面を向いたまま、目だけを右腕に向ける。
実際、女のものであろう腕が俺の腕を調べているようだった。
「ハウンド・・・です。」
先ほど『精霊』から聞いた、魔物の名前を告げる。
「そう・・・傷口が随分広いようだけど・・・噛まれただけかしら?」
自分では、よくわからなかったが傷口は深いらしい・・・あれだけ血が出ていれば当然なのだろう。
「痛みと恐怖で・・・必死で暴れまわってしまったので・・・それでかと」
真実ではないが、嘘でもない。結果が『暴れまわった』のだから、傷口からは判断できないだろう。
「ふぅん・・・」
そういって、女は傷口を丹念に・・・非常に丹念に調べてくれた。
拷問かと、思われた時間が過ぎると
「特別、病気や呪いの類は無いみたいね。普通に『治し』ましょう。」
軽く、言うと女は両手で俺の右腕を挟み込んだ。
「『治してあげる』」
女の声と同時に、俺の右腕にどこから出たのか木の枝が巻きつく。
その光景は、太い蛇が右腕にとぐろを巻くかのようで生理的な恐怖に襲われる。
《樹木の精霊の力ですね。精霊の中では一番『生物』に近いですから、『生物の傷を癒す』なんて面倒なことが出来るんでしょうね。》
『憑いている精霊』が、その光景を説明するかのように囁く。
たしか、説明では植物も『精霊の祝福』は受けられるはずだ。となると、『樹木の精霊』とやらの事がよくわからなくなる。後で説明をさせよう。
30秒ほどだろうか。巻きついていた木が、出てきた時同様にどこへとも無く消えていくと、俺の腕の痛みは無くなっていた。
ゆっくり、目の前まで右腕を持ってくる。
傷口どころか、傷跡すら見当たらない。想像していた以上に『精霊』の力とやらが、とんでもないことに眩暈がした。
「あ、ありがとうございます。」
「気にしないで、困った時はお互い様って奴よ」
相手の言葉に、背筋が凍る。
『困った時はお互い様』という言葉は、此方にもあるのか・・・?
意味は、おそらくそう違わうないだろう。
『生物的に近しい人間』
『同じような道具・衣類を使用する文化』
『非常に近しい意味をもつ言語体系』
気味が悪すぎて、思考が定まらない。
「あなた、大丈夫?」
その声に、意識が引き上げられる。
警戒していたはずなのに、咄嗟のことに振り向いて声の主を確認する。
年は40位だろう。若干つり目な所が気の強さを連想させる。
北欧系に似た印象だが・・・細かいところまではわからない。
嫌味の無い物腰でありながら、どこと無く品を感じさせる。ちょっと、会ったことのない人種だ。
服装は、男と違い布であろう事が見て取れる。
ワンピースの様な服装に見えるが、コートのようにも見える。
足元にはズボンの裾と、革靴のようなものが見えている。
「申し訳ありません。これほど綺麗に治療していただけるとは・・・思ってもいなかったので、本当にありがとうございます。」
言ってから、この世界では常識のレベルかも知れないと後悔するが、言ってしまったものはどうにもならない。
前後の行動から、自分でも怪しい態度であることがわかるだけにどうにもペースがつかめない。
「あなた、見た目どおりね。」
女は、さもおかしそうに笑う。何がそんなにおかしいのか・・・俺の態度が、この世界ではおかしくみえているのだろうか・・・
「お礼なのですが・・・」
無い袖の話はしたくないのだが、出世払いにでもしてもらうしかない。
労働での返却も考えたが・・・あまり、無謀な取引はできない。
「いらないわ。」
女が一言で切って捨てる。
「ココのことを・・・私達のことを黙っていてくれたらそれでいいわ。ついでに、あなたのことも聞かないから。」
女の提案は、俺にとっても渡りに船だが・・・不自然すぎるだろう。
この場所は、それほど何か秘密にしなければならない場所だと言うのだろうか・・・
しかし、他に取引できる材料もない。ここはどれだけ怪しくとも、相手の提案に乗るしかない。
「わかりました。治療までしていただいたのです。ここの事。あなた達のことは決して口外しません。」
そう言った瞬間、周囲に風が巻き起こった。
突然の変化に、驚き周囲を見回す。
「あなた、本当に何も知らないのね。『風の契約』よ?不思議ね。『ココ』では誰でも知っているのに?」
楽しそうに告げる女に、自分の失態に気づく。
いつの間にか、周囲に何人かの人影が見える。この中の誰かが『風の精霊の祝福』を受けていたのだろう。
『魔法』なんてモノが存在すると教えられていたのだ。
こんな世界なら、本気の『針千本』があっても不思議ではなかったのに。
「口外はしませんよ・・・えぇ、決して・・・」
嫌な汗をかきつつ、女に向かって笑顔をみせる。
おそらく、これ以上ないくらいに引きつっているだろう。
「それはよかったわ。折角助けた命が、散ってしまうのは悲しいことだものね」
白々しい台詞と共に、女が笑う。目を細めている姿は物語に出てくる狐のように見えた。
「さぁ、出口はあっちだ」
厳つい男が来た道を指差す。
随分時間が経っていたのに、未だに日が沈んでいない事実に嫌なものを感じながらも、ココにこれ以上いることは不可能だと判断する。
「お世話になりました。それでは、これにて・・・」
集まっていた、集団へ頭を下げる。
男は顰め面だが、女と周囲の人たちは明らかに笑っている・・・人を馬鹿にしているのか・・・
その中に、最初に出会った少年がいた。
少年は、であったときのように手を振っている。
俺も少年に手を振りながら、引きつった笑顔を浮かべた。
男の視線がきつくなってきたのを感じ、俺は集団に背を向けて歩き出す。と
「『ココ』は『アッチ』とイロイロと同じようなものよ?安心しなさい。」
「ただ、『贈り物』があるから何でもアリな分、厄介なことは多いわね。あなたは無事、『帰ること』が出来るといいわね。JAPANESE」
女の声がそう言った。
予想外の言葉の意味を理解するのに、数瞬を要したものの、直ぐに振り返った俺の目の前に先ほどまで居た集団はなく、奥に見えた建物も見えなくなっていた。
ただ、目の前には小さな泉がひとつ。とても綺麗な泉があるだけだった。