『名』
休日なので、一日に2話更新です。
サブタイトルを考えるだけで、10分位悩んでいる自分がいます。
話数だけでも、いいかな?と思い始めています。
11:『名』
『斡旋所』はかなり広い作りになっていた。
入って直ぐは『ホール』のようになっている。最奥らしき場所には受付だろうか?カウンターと人が何人か・・・それと、いくつかのベンチが並んでいた。
左右を見渡すと、ホールから伸びている通路らしき入り口が何箇所か見える。
かなり人の出入りがあったようにみえたのが、人が多いという印象はない。
まぁ、これだけ大きな建物なのだ。ここにだけ人がいる・・・というわけでもないだろう。
俺は受付らしき場所に向かう。
職員なのか、同じ服装の女性が数人・・・何人かは『斡旋希望者』らしき者の応対をしてる。
カウンター傍まで来ると、一人の女性と目が会う。
「いらっしゃいませ~」
明るい笑顔と、挨拶。『接客』の基本は何処の『世界』も一緒か・・・
『こっちへ来い』オーラを漂わせた、女性を無視するわけにもいかない。とりあえず、女性のカウンター前に立つ。
「お仕事をお探しですか?お仕事をご依頼ですか?」
見事な営業スマイル。そして、簡潔な質問。話が早そうで助かる。
「仕事を探しておりまして。何か、いい仕事をお願いします。」
相手にあわせ、若干砕けたように用件を伝える。
「はい、お仕事をお探しですね?少々お待ちください。」
女性はそういうと、背後にあるファイルラックから書類を捜し始めた。
壁の外の男との会話・・・そして、目の前の女性との少しのやり取りから、一つの仮定を立てる。
『魂の記憶』は言っていた。
---『ココ』は『アッチ』とイロイロと同じようなものよ?ただ、『贈り物』があるから何でもアリな分、厄介なことは多いわね---
この言葉を、『色々』は同じだが『贈り物』が関係してしまうと厄介だ・・・そう捉えれば、人との接し方に関しては『迂闊な約束』や『いらない諍い』を起こさなければ大丈夫と、取れないことも無い。
そうなれば、色々なことが随分楽になる。やり取り一つとっても、ここまで神経をすり減らす必要も無くなるかもしれない。
可能ならば、ここでさらに情報を手に入れたい・・・
幸いにも、目の前の女性は『接客』を理解している。多少迷惑になるかもしれないが、話を伸ばしつつ、『この世界の人』のことを聞き出すことにしよう。
「申し訳ございません。」
随分、自分の考えに耽っていたのだろう。いつの間にか女性が目の前に戻ってきていた。
「はい、良いのがありました?」
若干の期待を混めて聞いてみる。
「いえ・・・私も気がつかなくて・・・始めてのご利用でしょうか?それでしたら、登録が必要となります。」
恥ずかしそうに、うつむきながら彼女が話す。
なるほど、そういうものも必要か・・・『斡旋』というからには、『派遣』的な組織なのだろうか?
「いえ、こちらこそ最初に言っておくべきでした。おっしゃるとおり、ここには着いたばかりでして。門を入ってそのまま・・・です。魔物から逃げる際に荷物を落としてしまいまして・・・なんとか食べるものだけでもと思いまして。」
そういうと、手をひらひらとさせ『自分は文無し』をアピールする。
こちらの全てを晒したのは、同情を引く必要はない。これ以上『こちらの事情』に突っ込まれないようにするためだ。
「それでは、こちらの書類をご記入ください。」
そういって、目の前に白い紙をだされる。
俺は、右手に差し出されたペンを持ち、書類に向き合う。
書類には幾つかの項目があり、その回答を記入する場所がある・・・ように見える。
ハッキリとしたことは言えない。理由は簡単、読めないからだ。
書類に書かれている文字は、日本語でも英語でもなかった。
会話は出来ているのに・・・しかも、固有名詞とは言わないまでも、それなりの名詞を混ぜた会話も通じてきていたのに、ここに来て何故読むことができないんだ・・・
書類を前に、思わず固まってしまった。
傍に浮かぶ『精霊』に目を向ける。
わかっていて黙っているのか・・・『精霊』は、俺の肩辺りでフヨフヨ浮いたまま何も答えてこない。
聞いてみてもいいが・・・どうやって聞く?
「異世界から来て、会話が出来るのに何で文字が読めないんだ?」
とでも、聞く気か?人前で?冗談じゃない。変に目立つのはごめんだ。
俺は、用紙を呆然と見つめたまま立ち尽くす。
あぁ、紙は普通に生産されているんだなぁ・・・などと、若干の現実逃避を交えながら。
「も、申し訳ありません。文字の読み書きが出来なくて・・・」
この一言を搾り出すのに、随分勇気が必要だった。この世界で『読み書き』が必須スキルだった場合、どういう良い訳ならば無理が無い・・・それに、仕事が無いといわれたら道端の草を食べるしか残された道が無くなる。
「そうでしたか、しっかりとした話方をされるもので・・・大変失礼いたしました。こちらでの代筆でかまいませんでしょうか?」
その提案に、顔を跳ね上げる。
女性は、少し困ったような顔はしていたが、怪しむような様子は無い。
「それでお願いします。」
当然のようにそう答える。自分は今、どんな顔をしているのだろう。
「かしこまりました。それでは失礼します。」
そういうと、女性は営業スマイルを浮かべつつ流れるような手つきで用紙を手元に引き寄せた。
おそらくマニュアルの中にそういう場合も含まれているのだろう。一連の流れに淀みは無い。
それならば、この女性の様子から、この世界の『識字率』は、決して高すぎはしないと推測できる。
「それでは、いくつか質問に答えていただきます。」
ここで『風の契約』とやらは無いだろうな・・・嫌なことを思い出してしまったが、嫌というわけにもいかない。それに、こんなことに一々『精霊の祝福』を使うとは思えない。
「はい」
それでも、若干の恐怖からか・・・返答は短いものとなってしまった。
「まず、お名前をおしえていただけますか?」
別段、秘密にするような名前でもない。そう思い、名乗ろうとした時
《本名はやめておいた方がいいですよ?本来、『契約』などの行使は『本当の名』を使用して行われますから。》
・・・こいつ、もっと早くに言え・・・そう思いつつ、返答をしなくてはと焦る。
「あ~、えっとぉ」
ある程度考えてあれば、即答もできるが咄嗟には思いつかない。
すると、女性は俺の顔を見て、不思議だといわんばかりに小首をかしげて
「あーえっと?」
と言った。
かなり苦しい。それでも、この流れに乗れるだろうか。いや、今なら乗れるはず。
そう決意した俺は、女性の顔を見てハッキリと告げる。
「申します。」
女性は、もう一度首を傾げる。その仕草は、小動物を連想させる。
「え?モーシマス?」
それは幾らなんでもボケすぎだろう。よく分からないといった様子だ。
当たり前だ、俺にも良くわからない。それでも、もう後には引けない。そう思い会話をごり押しする。
「失礼しました。私の名前は、[アーエ]・・・と、申します。」
『アーエ』
これが、俺の『この世界での名前』ということになりそうだ。
主人公の名前登場です。
最初は名前どころか、国籍や性別も曖昧にして行こうかと書き始めました。
結局、キャラクターを特定できる「記号」を入れてしまいました。
由来は、物語の中そのままです。
『意味のある』言葉には、したくなかったのが本音です。
ちなみに、「エト」というのも候補だったのですが、某ゲームにて同じ導入があったのでやめました。