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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

マドロス煙

掲載日:2026/05/11

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふう、陽が沈むころになると、ようやく気温もおとなしくなってくれるね。助かるよ。

 5月はまだ夏のイメージはないのだけど、ここ最近はねえ。炎天下で動くのはしんどくてかなわない。もう自身の若さを過信できる歳ではないからなあ……。

 太陽光。命の源としてたびたび取り上げられ、それが真実である側面もある。しかし、そこに含まれるものは、肌などにダメージを与えるのもまた事実だ。

 何事も分量次第で毒にも薬にもなる。だが、それは必ずしも相手側に問題があるばかりとも限らない。受け取るこちらがコンディションを損ねているばかりに、思わぬダメージを受けてしまう恐れもはらんでいる。メンテナンスを厳にするか、あるいは衰えをわきまえて相応の策を練るか……考えどころだね。

 長年、伝えられてきた定番の防御法はあるけれども、人も世界も刻一刻と変化していくもの。それに合わせて、対策もまた新しいものが生まれていくかもしれない。

 ちょっと前に、いとこから聞いた話なのだけど耳に入れてみないか?


 いとこは小さいころ、紫煙をくゆらせていた時期があるという。

 おっと、たばこを吸う意味合いとはちょっと異なるようだ。文字通りに紫色の煙を吐き出していたんだよ。

 ソフトマドロス、て覚えているかい? あのたばこのパイプ型のお菓子だよ。

 種類がいくらかあるかもしれないけれど、僕にとってなじみ深いのが、握りの端っこにフタがしてあって、それをとって中身のチョコソースを吸って食べるタイプだなあ。

 いとこもそのお菓子を好んで食べていたけど、自分で買うことはめったになかったらしい。いつもおばさんが冷蔵庫にストックしてくれているらしく、食するとしたらいつも家だったとか。

 しかしこのソフトマドロスが、普通のものと違ったのが、先に触れた紫煙の件だったわけ。


 中身を吸うと、パイプのボウル部分からもわもわと紫色の煙が漏れ出してくる。

 香りはさつまいもに近かったらしく、いとこ個人としては悪くないと思っていたものの、おばさんはそれが出てくるようならば、できる限り縁側で食べるようにと、言いつけていたらしい。

 その煙、色はすぐに薄まるものの、室内に満ちてくるとちょっとずつ頭が痛くなってくる。なのであまり煙のこもる心配のない外で食べるように……とのこと。

 煙は必ずしも出てくるわけじゃなく、出ないのであればそのまま屋内で食べとも問題ない。なぜこのようなことが起こるか、おばさんに尋ねてみたところ。


「その煙が出てくるってことは、あんたの調子を整えるべきときということ。単純な体調不良としてはまず現れないだろう。でも、身体自身は理解している、自分の不足分。そいつを補充してほしいと訴えてくれている。外に行くことはそれの手伝いになるんだよ」


 実際、外へ出てみて、煙へまかれることがなければ頭が痛くなることはなかった。

 香りは変わらず漂っていたから、煙が自分を取り巻いていたのは違いないだろう。いもの香り自体は嫌いじゃなかったし、頭が痛くなることを避けられるのなら……と、いとこは言いつけを徹底していたらしい。

 とはいえ、おばさんの話す効果の片鱗をはじめて感じたのは、それから数か月後のことだったのだけど。


 その年は、今日みたいに日差しの強い日が続いていたらしい。

 まだ春先にもかかわらず、いとこまわりでは日焼けを気にする声がちらほらと。いとこ自身も外出から帰ってきて洗面所の鏡を見ると、赤く火照った自分の顔を目にすることしばしばだったとか。

 こうも暑いときだからこそ、冷たいものがとってもよく効く。

 いとこはこれまで何度もやってきたように、外から帰ってきて手洗いうがいを済ませると、冷蔵庫に入っているソフトマドロスを一本とる。

 吸ってみると、たちまち紫色の煙がボウル部分より飛び出してきた。その勢いはこれまででも最大級で、ほどなく台所を覆いつくして頭をずきずき痛めてくる。

 いとこもただならぬものを感じて、すぐさま縁側へ移動したそうなのだけど。


 いざ腰をおろしてマドロスを吸い始めるや、いとこは体中をにわかにくすぐられたかのような感触に襲われたそうだ。

 不意打ちだったこともあって、最初は笑い転げてしまう。手といわず、足といわず、顔といわず、胴体といわず、絶妙なタッチのかもすこそばゆさに、ついスキをさらさざるを得なかった。

 ここに自分をくすぐるものなどない。明らかにおかしいと思いながらも、いくらかくすぐりのおさまってくる数秒後までは、まともに動けずにいたらしい。

 ようやく、こそばゆさに耐えられるくらいになるとマドロスを放り出し、いまいちど洗面所の鏡へ向かう。


 半袖半ズボンだったからこそ、その異状はより確かめやすかった。

 今なお、こそばゆさを感じる体のそこかしこには、シミが浮かんでいたからだ。歳をとった人の肌へ生まれがちになるまだらにも似た模様。

 普通ならば、生じた一点にとどまり続けるだろうそれが、生き物のごとく肌の下でうごめていたのだとか。

 ときに分かれ、ときに合わさることを繰り返すそれらが動くところこそ、くすぐったさの発生源に他ならない。

 もういとこには笑うゆとりなどなく、ひたすら背筋に冷たいものが走るのを覚えたが、ほどなくシミたちは一か所。友達の左頬へ集まって、たっぷりこぶし一つ分の図体をしばし見せたのち、消え去ってしまったようだ。

 そのときにはもう、肌のどこからも陽に焼けた赤みなどは消えて失せていたという。


 あとで母親に話してみたところ、それは自力では防ぎきれない肌への害を防ぐのに、紫煙が手を貸してくれたんだろう、と語ってくれたようだ。

 でも、そいつはとても特別なことで、あんたの身体も相当消耗しただろうから、今後もまた起こるかは分からない、とも。

 その証拠に、このときを境にしていとこがいくらマドロスを吸っても、紫煙が再び姿を見せることはなかったそうなんだ。

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