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失われた時を求めてー太宰治へー | 原点に立ち戻り、自分らしく生きる扉を今 | 幼い頃、初めての共感体験は、あまりにも衝撃だったー

作者: あやの ちゆ
掲載日:2026/04/07

長い歳月を経て、あらためて太宰治の「斜陽」を読み返してみた。


子供の頃から、飽きることなく繰り返し読み耽った。

文学という世界への憧れー


幼い頃からの憧れと夢が、徐々に私の血となり骨となり、

欠かせないものとなった。


思い入れがありすぎて、読み返すのには少しばかりの勇気が必要だった。

昔の自分が蘇り、懐かしいというのではない、妙に切ない感じが

胸に広がった。


美しい文章でありながら、既成の概念を壊していく。

今でもなお、目の前の何かを破壊する「生のチカラ」が流れている。


ページをめくるたびに、その繊細で、気高い世界は、

今の私も魅了させてやまなかった。


そんな「斜陽」の世界に触れていただけるよう

高校生の頃にノートに書き写した文章を、

引用しました。


どうぞお楽しみください。



学生の頃から、心に残った文章をノートに書き写してきた。


子育てに追われ、

本を読む時間などほとんどなかった頃でも、

時折どうしようもなく活字に触れたくなる時があった。

子供たちが眠ったあと、

睡眠時間を削って本を読んでは、

心に残った一節を書き写していた。



数年前、いや、2-3年前だったか、

大掃除の折に、そのノートを手に取り、

長い歳月を経てあらためて読み返してみた。


鼓動というと大げさだが、

少しばかりドキドキしている自分に驚きながら、

表紙をめくった。


子供の落書きでボロボロになっているけれど、

ページを一枚ずつめくっていくたびに、

その時々の自分が鮮やかに浮かび上がるー

それが原点に立ち戻る、という感覚なのだろう。



様々な作家の文章を書き写してあるが、

数十年という歳月を経てもなお、

心の奥で響き続けるのは、やはり太宰治だった。



初めて太宰治を読んだのは小学校5年生。


「斜陽」と「人間失格」を読み、

何かがガラリと変わったような強烈な衝撃を受けた。


「これだ!」と思った。


生まれて初めて「共感」というものを

体験した瞬間だったのだと、

今はこうして説明できる。


たった十年の人生なりに、

あれは衝撃だったのだ。


運命の出会いのようで、

太宰治の言葉は私の血となり、

肉となり、骨となり、

細胞にまでなった。




-----------------------------------------------------------------------------------



十代の私が「斜陽」から書き写していたのは、この一節↓


「死ぬ気で飲んでいるんだ。生きているのが、

悲しくて仕様がないんだよ。

わびしさだの、淋しさだの、

そんなゆとりのあるものでなくて悲しいんだ。

陰気くさい、嘆きの溜息が四方の壁から聞こえている時、

自分たちだけの幸福なんてある筈は無いじゃないか。

自分の幸福も光栄も生きているうちには

決して無いとわかった時、

ひとはどんな気持ちになるものかね。

努力。

そんなものは、ただ、飢餓の野獣の餌食になるだけだ。

みじめな人が多すぎるよ。キザかね」




「あぁ、何かこの人たちは間違っている。

しかし、この人たちも私の恋の場合と同じように、

こうでもしなければ生きて行かれないのかもしれない。

人はこの世に生まれて来た以上は、

どうしても生き切らねばいけないものならば、

この人たちのこの生きるための姿も、

憎むべきではないかも知れぬ。

生きている事。生きている事。

あぁ、それは、何というやりきれない息も

たえだえの大事業であろうか。」




----------------------------------------------------------------------------------



あらためて「斜陽」を読み返した。


文章が、言葉のひとつひとつが、

ため息が出るほど美しい。

美しく、切なく、奥深く、

厚みがありながら、

繊細で、気高い。


私にとっての「尊い世界」



この数年、まるで「失われた時を求めて」いるかのように、

過去を見つめなおす出来事が次々と起きている。


あまりに急いで生きてきて、

後ろを振り返ったことなどなかった。

けれど、子育てが一段落し、

本当の意味で自由な日々が始まると、

歩いてきた、いや、走り続けてきた道を

ふと振り返る機会が、

どこからともなく訪れるようになった。


そういった一連の出来事は、

何かを取り戻し、

原点に立ち戻るー

そして、「自分らしく生きる」ための扉なのかもしれない。


人生の流れは、

こうして適切なタイミングで、

必要なことを用意してくれる。


今、私はその扉を、

ひとつずつ丁寧に

開けていく日々を生きている。






       ~おわり~

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