失われた時を求めてー太宰治へー | 原点に立ち戻り、自分らしく生きる扉を今 | 幼い頃、初めての共感体験は、あまりにも衝撃だったー
長い歳月を経て、あらためて太宰治の「斜陽」を読み返してみた。
子供の頃から、飽きることなく繰り返し読み耽った。
文学という世界への憧れー
幼い頃からの憧れと夢が、徐々に私の血となり骨となり、
欠かせないものとなった。
思い入れがありすぎて、読み返すのには少しばかりの勇気が必要だった。
昔の自分が蘇り、懐かしいというのではない、妙に切ない感じが
胸に広がった。
美しい文章でありながら、既成の概念を壊していく。
今でもなお、目の前の何かを破壊する「生のチカラ」が流れている。
ページをめくるたびに、その繊細で、気高い世界は、
今の私も魅了させてやまなかった。
そんな「斜陽」の世界に触れていただけるよう
高校生の頃にノートに書き写した文章を、
引用しました。
どうぞお楽しみください。
学生の頃から、心に残った文章をノートに書き写してきた。
子育てに追われ、
本を読む時間などほとんどなかった頃でも、
時折どうしようもなく活字に触れたくなる時があった。
子供たちが眠ったあと、
睡眠時間を削って本を読んでは、
心に残った一節を書き写していた。
数年前、いや、2-3年前だったか、
大掃除の折に、そのノートを手に取り、
長い歳月を経てあらためて読み返してみた。
鼓動というと大げさだが、
少しばかりドキドキしている自分に驚きながら、
表紙をめくった。
子供の落書きでボロボロになっているけれど、
ページを一枚ずつめくっていくたびに、
その時々の自分が鮮やかに浮かび上がるー
それが原点に立ち戻る、という感覚なのだろう。
様々な作家の文章を書き写してあるが、
数十年という歳月を経てもなお、
心の奥で響き続けるのは、やはり太宰治だった。
初めて太宰治を読んだのは小学校5年生。
「斜陽」と「人間失格」を読み、
何かがガラリと変わったような強烈な衝撃を受けた。
「これだ!」と思った。
生まれて初めて「共感」というものを
体験した瞬間だったのだと、
今はこうして説明できる。
たった十年の人生なりに、
あれは衝撃だったのだ。
運命の出会いのようで、
太宰治の言葉は私の血となり、
肉となり、骨となり、
細胞にまでなった。
-----------------------------------------------------------------------------------
十代の私が「斜陽」から書き写していたのは、この一節↓
「死ぬ気で飲んでいるんだ。生きているのが、
悲しくて仕様がないんだよ。
わびしさだの、淋しさだの、
そんなゆとりのあるものでなくて悲しいんだ。
陰気くさい、嘆きの溜息が四方の壁から聞こえている時、
自分たちだけの幸福なんてある筈は無いじゃないか。
自分の幸福も光栄も生きているうちには
決して無いとわかった時、
ひとはどんな気持ちになるものかね。
努力。
そんなものは、ただ、飢餓の野獣の餌食になるだけだ。
みじめな人が多すぎるよ。キザかね」
「あぁ、何かこの人たちは間違っている。
しかし、この人たちも私の恋の場合と同じように、
こうでもしなければ生きて行かれないのかもしれない。
人はこの世に生まれて来た以上は、
どうしても生き切らねばいけないものならば、
この人たちのこの生きるための姿も、
憎むべきではないかも知れぬ。
生きている事。生きている事。
あぁ、それは、何というやりきれない息も
たえだえの大事業であろうか。」
----------------------------------------------------------------------------------
あらためて「斜陽」を読み返した。
文章が、言葉のひとつひとつが、
ため息が出るほど美しい。
美しく、切なく、奥深く、
厚みがありながら、
繊細で、気高い。
私にとっての「尊い世界」
この数年、まるで「失われた時を求めて」いるかのように、
過去を見つめなおす出来事が次々と起きている。
あまりに急いで生きてきて、
後ろを振り返ったことなどなかった。
けれど、子育てが一段落し、
本当の意味で自由な日々が始まると、
歩いてきた、いや、走り続けてきた道を
ふと振り返る機会が、
どこからともなく訪れるようになった。
そういった一連の出来事は、
何かを取り戻し、
原点に立ち戻るー
そして、「自分らしく生きる」ための扉なのかもしれない。
人生の流れは、
こうして適切なタイミングで、
必要なことを用意してくれる。
今、私はその扉を、
ひとつずつ丁寧に
開けていく日々を生きている。
~おわり~




