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第7章 それでも立ち止まらなかった

 翌朝、修司はいつもより静かに目を覚ました。

 目覚ましが鳴る前だった。


 体は重い。

 昨日のことが、はっきり残っている。


 倒れていた男性。

 動かなかった自分。

 夜のレジで荒くなった声。


 考えないようにしても、考えてしまう。

 だから、修司は考えるのをやめた。


 顔を洗い、歯を磨き、服を着る。

 特別なことはしない。


 鏡の前で、背筋を伸ばそうとして、少し迷った。

 結局、ほんの少しだけ肩を引いただけで、家を出た。


 駅までの道は、昨日と同じだ。

 空気も、音も、変わらない。


 それが、少しだけ救いだった。


 ホームに立ち、電車を待つ。

 修司はスマートフォンを見ず、足元の線を見つめていた。


 ——今日は、何もしないでいこう。


 そう決めたわけではない。

 ただ、無理をする気になれなかった。


 会社では、淡々と仕事をした。

 余計な会話はしない。

 必要な返事だけを返す。


 昼休みも、窓際で一人だった。

 弁当の味は、昨日より少し戻っていた。


 午後、帰り際に社長から「これ、頼める?」と声をかけられた。

 小さな雑用だ。


 修司は頷き、受け取る。

 断る理由はなかった。


 その帰り道、駅の改札前で、年配の男性が立ち止まっていた。

 ICカードを何度もかざしているが、通れない。


 後ろに人が溜まり始める。


 修司は足を止めた。

 昨日なら、距離を取って見ていただろう。


 でも、今日は違った。


 近づいて、声をかけるほどの勇気はない。

 ただ、駅員を探して、手を挙げただけだ。


 「すみません」


 駅員が駆け寄り、対応を始める。

 流れが戻る。


 修司はそのまま歩き出した。

 男性と目も合わない。


 何かをした、とは言えない。

 でも、何もしなかったとも言い切れない。


 夜のコンビニは、相変わらずだった。

 レジに立ち、商品を受け取り、袋を渡す。


 常連の老人が、ゆっくりと会計をする。

 後ろに若い客が並ぶ。


 修司は急がせない。

 昨日のことが頭をよぎるが、声は荒れなかった。


 会計が終わると、老人は小さく頷いた。


 「ありがとうな」


 修司は一瞬だけ顔を上げて、「いえ」と返す。


 それだけだ。


 閉店後、店を出る。

 夜は静かで、風もない。


 修司は立ち止まらなかった。

 考えると、足が止まりそうだったから。


 完璧じゃない。

 自信も戻っていない。


 それでも、今日という一日は、昨日とは違った。

 何かを取り戻したわけじゃない。


 ただ、投げ出さなかった。


 修司は歩く。

 背筋は伸びていない。

 胸も張っていない。


 それでも、前には進んでいる。


 立ち止まらなかった。

 それだけで、今日は十分だった。

ありがとうございました。

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