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第6章 うまくいかない日

 その日は、朝から調子が悪かった。


 目覚ましを止め損ねて、二度寝した。

 駅まで走り、電車にぎりぎりで飛び乗る。

 息が整わないまま、会社に着いた。


 こういう日は、だいたい何をやってもうまくいかない。


 午前中、修司は頼まれていた書類の一部を間違えた。

 数字を一桁、写し間違えていた。


 指摘され、謝り、やり直す。

 大したミスではないが、気分は落ちる。


 昼休み、弁当を開けたが、あまり味がしなかった。


 午後、外回りに出た帰り、駅前で人だかりができていた。

 何かあったらしい。


 修司は立ち止まり、少し離れた場所から様子を見る。

 倒れている人がいる。

 中年の男性で、顔色が悪い。


 誰かが救急車を呼んでいる。

 誰かが声をかけている。


 修司の足は、動かなかった。


 胸の奥が、冷たくなる。


 今までの出来事が、頭をよぎる。

 声をかけて失敗した朝。

 余計だった一言。

 迷い続けた選択。


 ——下手に関わって、邪魔になったら。


 ——間違ったら。


 修司は、一歩引いた位置に留まった。


 救急車のサイレンが近づき、周囲がざわつく。

 誰かが応急処置をしているようだった。


 修司は何もしないまま、ただ見ていた。


 やがて救急車が到着し、男性は運ばれていった。

 人だかりは、少しずつ解散する。


 修司は、その場に立ち尽くした。


 何もしていない。

 声もかけていない。


 その事実が、重くのしかかる。


 会社に戻る途中、足取りが重かった。

 頭の中で、別の自分が何度も同じ場面をやり直す。


 声をかけるべきだったのか。

 何かできたのか。


 答えは出ない。

 でも、胸の奥に残るのは、後悔だけだった。


 夜のコンビニは、いつも通りだった。

 レジに立ち、商品を受け取り、会計をする。


 その途中で、昼間の光景がふと浮かぶ。


 倒れていた男性。

 動かなかった自分。


 修司はレジの下で、無意識に拳を握っていた。


 深夜、常連の男性客が、レジ前で声を荒げた。

 値引きシールの位置が気に入らないらしい。


 普段なら受け流せる。

 今日は、できなかった。


 「……それは、こちらの決まりです」


 声が硬くなった。


 男性はさらに不機嫌になり、舌打ちをして去っていく。


 修司はその場に立ち尽くした。

 小さな失敗が、積み重なる。


 閉店後、店の外に出ると、夜風が冷たかった。

 修司は歩きながら、昼間の場面を思い出す。


 やらなかったこと。

 やれなかったこと。


 修司は立ち止まり、背筋を伸ばそうとして、やめた。


 今日は、その動作が重すぎた。


 自分は、何もできない人間なんじゃないか。

 余計なことをしない方がいいんじゃないか。


 そんな考えが、頭を占める。


 それでも、家には帰らなければならない。

 明日も来る。


 修司は、背中を丸めたまま歩き出す。


 今日という日は、うまくいかなかった。

 はっきりと、そう言える日だった。

ありがとうございました。

感想をいただけるとありがたいです。

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