#1火曜日の彼
「今日はだいぶ涼しいなあ」
佐藤さんは、色あせた作業服の胸ポケットから煙草の箱を取り出した。
「園内禁煙ですよ。っていうか、勤務中にタバコ吸わないでください。今度こそクビになりますよ」
「サクラちゃん、先の短いジジイの至福の時を奪わんでもいいだろう。誰も来やしないだろう」
ここは、都心の片隅にある小さな植物園。
四季折々の植物が手入れされた庭園と、都の重要文化財の日本家屋がある。ウサギやニワトリに触れ合えるミニ動物園もあり、園内はクジャクが放し飼いにされている。
ぐるっと見て回っても1時間程度という小さな施設。
『都会のオアシス、一息つくなら緑のなかで』がキャッチコピー。
私の仕事は、この植物園の受付兼事務員。
園内に一つしかない受付は券売機がない。お客さんが来ると、チケットと園内マップを渡し、園内へと笑顔で送り出す。
迷子のお知らせを放送したり、外国人観光客の対応をしたり。
売店のお手伝いもある。陳列されたお菓子の賞味期限が、切れていないかをチェックする。鈴木さんは『あらいやだ、老眼で見えなかったわ』と、豪快に笑うから気を付けないと。
『本日はご来場ありがとうございます。四景園より週末のイベントについてお知らせいたします……』
園内アナウンスが流れた。
「ほらほら、休憩終わりですよ。仕事に戻ってください。園内の草木が佐藤さんを待ってます!」
佐藤さんは渋々立ち上がると、園内に消えていった。
そのときだ。
「すみません」
男性の声が真上から聞こえる。
「あ、はい」
スラリとした背の高いこの男性が私を見下ろしていた。
彼は半年ほど前から火曜日によく来るお客さん。
まだ暑さの残る9月なのにマスクをして。帽子に色の付いたメガネ。ニコンの一眼レフカメラを肩から掛けている。
「大人ひとり」
デニムのポケットから100円玉3枚を取り出しトレーに置いた。
私は入園チケットと園内マップを差し出した。
「あ、マップはいいや」
「え?」
「いつも同じだから」
常連客へ園内マップを渡すのは失礼だったかな?いや、そんなことはない。
散策順路(のんびりコース、じっくりコース)、トイレの位置、1か所しかない飲食店の場所などが書かれている。
入社してから三年、ずっと同じで更新されない園内マップ。
「園内が変わらないので、マップも変わらないんですよね」
「そうかな?」
「え?」
「庭師の腕がいいんだろうな。いつ来ても景色が違って見える。チケットはもらうよ、こっちは毎回ちゃんと違うからね」
「あっ!」
チケットを受け取ると、園内へと進んで行った。
チケットも同じだけどな。違いは、来園日が印字されているくらいだ。
彼は噴水のある池の手前、芝生で昼寝をしている白いクジャクにカメラを向けている。それから、池の向こうにある日本家屋に向かい、楓と紅葉の写真を撮ると、やがてその背中は入り口からは見えなくなった。
「サクラちゃん。遅くなってごめんなさいね。休憩どうぞ~!」
鈴木さんがやって来た。
「はーい」
彼はいつも1時間もしないで、ささっと帰る。
不思議な雰囲気の彼に会える日は、少しだけワクワクしていたから、お見送りができないのは残念、かな。




