#0 深夜のキス
「どうしよっか?」
カチカチとハザードランプが点滅する音が響く車内。雨が降ってきたせいで、オレンジの街灯がフロントガラスの雨粒をキラキラと輝かせる。
大通りから逸れた路上、対向車が来る気配はない。
「どうしようと言われましても」
チラッと横目で見た運転席。ハンドルに肘をついている彼と、バッチリと目が合ってしまった。
ニット帽に黒縁メガネ。夜の車内では、ほとんど見えない素顔なのに、ずいぶんと意地悪な笑顔とわかる。
「明日も仕事だよね?」
車内のデジタル時計は23:25を表示している。
「明日も、明後日も朝から仕事。平日のど真ん中、しかも夜。突然呼び出されても困ります」
「そうだね、ごめんね」
「もう、反省なんてしてないでしょう」
「そんなことないさ」
今日は定時で上がるつもりだったのに、予期せぬトラブルで残業になった。
会社を出たのが21時半。帰って缶ビールを飲んで、さっさと寝よう。そう思っていたのに。
駅のホームで電車を待っていると、
『今から会えない?』
平日だろうと、何時だろうと、残業どころか徹夜明けだったとしても、誘えば来ると思ってるんだろうか。
まぁ、事実そうなんだけど。
『会いにきてよ……』
コウキのそのひと声で、駆け足で反対ホームに走ってしまった。
そして、彼の運転する車にいる私。
「おなかすいた?」
「コウキはなにか食べたの?」
「俺は、テレビ局で出されたカツサンド食べたけど」
彼はカツサンドで有名な店を口にした。お昼から何も食べていなかったことを思いだしたら、お腹は素直にグーーとなる。
「あははっ!」
「もう!笑わないでよ!」
運転席に手を伸ばし、パンチする仕草をした。
「コラコラ、顔はダメだよ。大事な商品だからね」
「分かってます」
その甘い顔で、いったい何人の女の子が夢中になっているんだか。まぁ、最近は女の子に限らず、小学生から年配のマダムにも人気なんだから。
「そこら辺のファミレスに入れば解決するのに。私が美味しそうに食べてる姿を見ながら、コーヒーを飲んで付き合って、くれたらいいのにね」
「人気者には無理ね。普通の彼氏じゃないもの」
「うん、そうだね」
少しだけ寂しそうな横顔。可愛げのない自分の言葉に反省する。
「人気がありすぎて、ゴメンね」
前言撤回。
「もう!帰るから、送ってよ」
精一杯の強がりをしても、見透かしたように、眼鏡の奥で笑う瞳が見える。
人気があるのは嫌というほど知っている。
彼のInstagramのフォロワー数、200万人だったかな?もはや、数字が大きすぎてよく分からない。
「かわいい彼女がお望みなら、家まで送りますよ。少しでも顔が見たかっただけだから――ね」
指先で頬を軽く撫でられた。
「ああ、そうだ。先に渡しておくね」
飾り気のない小さな箱を受け取る。
「この前のPV撮影で行ったイタリアのお土産、なかなか渡せなかったけど」
「あ、ありがとう」
箱を開けると、赤い雫型のピアスが入っていた。
「ヴェネチアンガラス、キレイだろ?」
銀箔が埋め込まれていて、対向車線のヘッドライトに照らされて、品良くキラキラと光る。
「そのピアスと同じ、お揃いのシャンパングラスも買ったんだ、ペアで。もちろん、ワインも買ったし、簡単なパスタくらいなら作れるんだけどなぁ」
グ――。
「あはは!」
もう、なんて素直な私のカラダ。彼の料理は、そこらのファミレスより美味しいのを知っているからだ。
「美咲、本当に帰りたい?」
今度は、頬をツンツンする。
「無理強いはしたくない。嫌われたくないからさ」
急に真面目な顔をして。彼の手が、髪を優しく撫でる。
ずるいな。
それとも、これも演技力が成せる技なのか。今冬スタートのドラマ主演が決まったばかり。また会えない日が来るのか。
「俺、明日はオフなんだけど」
「私、明日も仕事なんだけど」
そう言いながらも、バッグから手帳を取り出しページをめくる。今となれば、今日中にトラブル解決のため残業したのは正解だったのか。がんばった自分を褒めてあげよう。
どうせ有休はたっぷり余ってる。
「おいでよ、うちに」
コウキは眼鏡を外すと、ダッシュボードの上に置いた。
『国宝級イケメン』。その名に違わぬ、吐息が漏れるほど綺麗な顔が近づく。
「美咲」
名前を呼ばれ、無言で視線を逸らす。それは、私なりの肯定だ。
仕方ない。彼のキスは、この世のどんなスイーツよりも甘くて、中毒性があるのだから。
お読みいただいきありがとうございます!!
dulcis〈ドゥルキス〉メンバーのなかでも、いちばん焼きもちやきのコウキです。
好きになってもらえたら嬉しいです。
コウキ×アラタの物語は、アルファポリスで先行連載中です。よければお越しください。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/595936588




