公開処刑できると思ったら大間違いよ!
数日後。私とオルガ、そしてバーチェの三人は荷馬車に揺られて王都へ向かった。遠くにそびえる白い城壁、豪奢な門。街に入ると、目に飛び込んできたのは信じ難い光景だった。分厚い布を何十にも巻いた貴族。別名、高級寿司屋の海鮮海苔巻き。歩くことすら困難で召使いたちに抱えられるようにして移動している。道端には布を一枚しか持たない庶民がひれ伏し、その差はあまりにも滑稽であまりにも醜悪だった。
「やっぱり、この国は病んでいる」
王都の一角にある巨大な広間。そこで、私は組合の前に立たされた。豪奢な椅子に座る布商たちが、冷たい目でこちらを見下ろしている。
「ミア。布祭での勝利、確かに聞き及んでいる。しかし、布の秩序を乱す行為は反逆に等しい。お前が“服”と呼ぶものが本当に価値を持つのか、目の前ではっきりと証明してみせよ」
低い声が重なり、空気が張り詰める。その場に一人の青年貴族が現れた。長身に淡い金髪、涼しげな瞳。重ね着の布を纏っているものの、その姿は他の貴族よりもずっと洗練されていた。
「皆さん、急ぎたい気持ちもわかりますが彼女に猶予を与えてはいかがですか。王都の舞踏会でその服を披露させればよいかと」
ざわめく布商たち。青年はゆったりと私に視線を向け、微笑んだ。
「僕はリュシアン。布商組合の後継者だ。……君の服に少しだけ興味がある」
胸の奥が不意にざわめいた。彼はオルガとは正反対の、冷たくも優雅な気配を纏っている。視線を受けるだけで心のどこかをかき乱される。
「リュシアン様……」
オルガが隣で小さく呟いた。その声に僅かな嫉妬の色が混じっていたことを、私は見逃さなかった。こうして、王都での舞踏会に出場することが決まった。布商たちが嘲笑する中、私は針を強く握りしめた。
「いいでしょう。王都の中心で、この国の腐った価値観を打ち砕いてみせます!」
***
舞踏会まで残り二週間。私は王都の片隅に与えられた部屋で、針を進めていく。ここからが本当の戦い。美と恋と革命の狭間で、私はさらに深く踏み込まなければならない。
そこから二週間、私は必死だった。この部屋には布商人の選んだ布や裁縫道具一式がそろっている。私はその中から布を選び取っていった。……これは少し柄の主張が強い。素敵な布もあるけど、こっちはちょっとダメね。
朝昼晩、布と向き合う。そして最高の服を作る。そのためだけに生きた。それはかつてのデザイナーの日々を思い出させるものだった。徹夜して美が描けると怒られた夜を思い出す。そんな二週間を生き抜いた。そして、私は舞踏会当日を迎えたのだった。
王都エルミナ最大の社交場──「千光宮殿」。壁には無数の宝石灯が輝き、天井には絹布が波のように垂れ下がっていた。上品な笑い声がその空間を渦巻いている。けれどその華やかさもよく見れば滑稽だった。貴族たちは相変わらず布を幾重にも巻き、歩くのすらやっとの状態。宮殿の床は引きずられる布で黒ずみ、香水でかき消せない汗の匂いすら漂っていた。
「……これがこの国の美と呼ばれているのね。吐き気がするわ」
私は息を整え、胸元に抱いた布を強く握りしめた。この夜こそ革命の第二幕。舞踏会で披露する衣装が人々を魅了できれば、王都に風穴を開けられる。広間に入ると、あの青年貴族リュシアンがすぐに近づいてきた。淡い金髪を後ろに流し、軽やかに私に向かって一礼する。
「ミア嬢、ようこそ。君のその異端の針がどこまで通用するか。僕は本当に楽しみにしているよ」
彼は挑発とも期待ともつかぬ笑みを浮かべた。その視線に射抜かれ、胸がざわついた。負けじと私は強気な笑みで返す。
「私の服は必ず人を変えます。……あなたも、きっと例外ではないはずです」
リュシアンは少し目を細め、口元を上げた。その余裕が心の奥に火を点ける。準備室に入ると、オルガが緊張した面持ちで私に近づいた。
「ミア、本当に大丈夫か? ここは王都の社交界だ。そんな場所でもし失敗したらただじゃ済まないぞ」
「失敗などしないわ」
私は針を持ち直し、鏡代わりの金属板を覗き込む。そこには汗で乱れた髪、まだ太い体。それでも以前よりは確かに締まってきていた。肌も薬草で少しずつ滑らかになっている。……私、頑張ってる。まずは自分で認めてあげなきゃ。ミア、あなたはエライ!
「私が変わっている証はこの体にも刻まれているわ。ならば服で人を変えることなど容易いことよ」
オルガは少し黙った後、ぽつりと呟いた。
「……俺は、君が笑っているだけで十分なんだ」
不意に胸が熱くなる。恋とも呼べぬ淡い感情が確かにそこに芽吹いていた。
――舞踏会の開幕。音楽が鳴り響き、貴族たちが舞い始める。相変わらず海苔に巻かれて、小さくステップを踏んでいる。だがその貴族たちを差し置いて、舞台の中央に呼ばれるのは布商組合が選んだ私への“挑戦者”たち。リュシアンが高らかに宣言を読み上げる。
「本日、異端と呼ばれた娘・ミアをここに紹介する」
嘲笑と侮蔑の視線が一気にこちらへ向いた。私は堂々と一礼し、布を掲げた。
「私が美を提唱するのに使用したのはたった布一枚──しかし、一枚でも無限の可能性を秘めています」
モデルとして登場したのはオルガ。彼は普段の素朴な姿から一転、私が仕立てた衣装を纏っていた。それは一枚布を折り畳み、縫い合わせた舞踏用の燕尾風チュニック。動きやすく、軽やかで、しかも凛々しいシルエットを演出する。布を一枚しか使っていないにもかかわらず、観客の目には貴族の舞踏服以上に映えた。
「なっ!」
「ありえん……布一枚で、あの形だと……⁉」
貴族たちは新しいものを見たかの如く、こちらを見つめていた。さらにオルガが舞踏の輪に加わると、彼らにとって奇跡が起きた。分厚い布をまとった貴族たちが息を切らしている中、彼だけが軽やかにステップを踏み、女性たちの瞳を釘付けにしたのだ。
「なんと素敵な!」
「布の数、いや動きが違う!」
観衆の熱が波のように広がっていく。だがその熱を押し返すように、突然ファリオが現れた。
「だから何度も言っている、ふざけるなぁぁぁ! 庶民の小娘がこんなところで!」
彼は再び分厚い布を幾重にも巻いた怪物のようなモデルを連れてきた。
「見ろ、美しいだろ? あぁ、これこそ至高だ。数こそが力だ!」
布の壁に押し潰されそうになる会場。だが私は一歩前へ出て高らかに叫んだ。
「数に溺れるあなたに未来はない! 布は人を飾るためではなく、人を輝かせるためにある──それが美です!」
その瞬間、会場の空気が変わった。観客の誰もが重苦しい布の山と、軽やかに舞うオルガを比べずにはいられない。勝敗は明らかだった。
「……勝ったな」
バーチェが小声で呟いた。演目の後、リュシアンが私に歩み寄り微笑んだ。
「見事だ。君は本当に……人を変える力を持っている」
彼の瞳は、氷のように冷たく、同時に炎のように熱かった。その視線に射抜かれ、心がわずかに揺れる。隣に立つオルガの手がぎゅっと拳を握る音が聞こえた。──恋の火種は確かに芽吹き、揺れ動いている。王都舞踏会での勝利。それは同時に、私が「国の秩序を脅かす存在」として本格的に標的にされた瞬間でもあった。
「ミア……面白い」
玉座の陰から低く響く声。そこにいたのは、この国の布文化を牛耳る“黒幕”だった。革命はさらに大きな渦に飲み込まれていく。
舞踏会の熱気が去った夜。私は与えられた客間の鏡代わりの金属板を見つめていた。そこには、まだ丸みを帯びた頬、太い腕、くすんだ肌。けれど以前の私とは違う。汗を流し、畑を耕し、薬草を塗り、針と格闘した毎日。少しずつだが身体は引き締まり、肌に艶も戻ってきていた。
「……私も変われるのよ」
声に熱がこもる。変わらない呪いに縛られたはずの私が、今は確かに変化している。美とは布ではなく、生き方そのもの。そう言い切るだけの根拠が今、自分の体に刻まれ始めていた。そこへ扉がノックされた。――オルガだ。
「ミア、疲れてない?」
彼は心配そうに覗き込んでくる。私は強気に笑い飛ばす。
「なんのこれしき、何ともないわ」
だが彼の瞳は真剣だった。
「無理しすぎるなよ。さっきも言ったが……俺は君に笑っていてほしいだけなんだ」
一瞬、胸の奥に温かいものが広がる。けれどすぐに背筋を伸ばし、針を持ち直した。
「甘やかしは不要よ、オルガ。私は革命の旗を掲げる者。笑顔一つのために立っているわけではないからね」
そう言いつつ、鼓動は速まっていた。




