布祭は波乱の始まり
そしてついに布祭当日を迎えた。村々から人が集まり、広場は黒山の人だかりで埋め尽くされていた。舞台の中央には、布を積み上げた台座。今日ここで披露される衣装こそが至高とされ、その仕立て屋は一帯の名声を独占する。
「はぁ……緊張してきました」
針を握る手が汗ばむ。私の隣にはバーチェとオルガ。
「大丈夫だ、ミア。君の服はきっとみんなを驚かせる」
「そうだよ。あんたの針はもう村人の心を掴んでる」
二人の声に支えられ、胸の奥が熱くなる。先に登場したのは現地の仕立て屋・ファリオ。鮮やかな羽飾りを振りかざし、観客に大げさに手を振る。
「諸君、見たまえ! これぞ我が至高の技──百重布装束!」
舞台に現れたモデルは、何十枚もの布を巻き付けられた男。肩幅は二倍、体は四角い岩のよう。歩くたびに布がずり落ち、床を引きずっている。
「おおーっ!」
「やはりファリオ様だ!」
観客のどよめきが広場を揺らす。だが私は唇を歪めた。
「なんと醜悪な……いい加減にしてほしいです」
重さで息も絶え絶え、まるで拷問器具のよう。……これが美? 笑わせないでほしい。
続いて私の番が来た。観客がざわめき、ざっと視線が突き刺さる。
「次は……布一枚を細工した異端者とか」
「どうせ子どもの遊びみたいなもんだろ」
冷たい声が飛ぶ。だが私は胸を張り、布を掲げた。
「ご覧なさい! 布は数ではなく、工夫こそが美を生むのです!」
モデルとして舞台に上がったのは──リナ。あの孤児の少女が私の仕立てた新しい服を纏っていた。それは一枚の布から作られたワンピース。だが、彼女にかつて作ったものより、さらにこだわりを込めた一着。胸元にタックを寄せ、裾は斜めに裁ち、腰に帯を結んでシルエットを整える。布の量は変わらない。だが服として仕立て直されたことで、動きやすく、軽やかに舞う。リナが舞台を駆けるたびに裾が揺れ、観客の目が釘付けになった。
「な、なんだあれは……!」
「布一枚なのに動いている。なんと美しいんだ」
観衆のざわめきが熱を帯びていく。リナは恥ずかしそうに笑いながらも、舞台をくるりと一回転。陽光を受けた布がきらめき、灰色の広場に花が咲いたかのように輝いた。ファリオの顔が真っ赤に染まる。
「ふざけるなっ! そんな子供騙し──」
「子供騙し? いいえ、これが未来です」
私は一歩前に出て宣言した。
「布の数に価値を見いだす時代は終わり。これからは“人を美しくする服”こそが力になる。階級によって美を諦め必要はない。たとえ庶民でも、貴族でも。皆が美を纏う日が来るのです!」
観客の沈黙。次の瞬間、誰かが叫んだ。
「すげぇ! リナが、あんなに輝いてる!」
拍手が起こる。最初は小さく、だが次第に大きなうねりとなり、広場を包んでいった。
「美しい、ブラボー!」
「布一枚でもこんなに違うなんてっ」
歓声と拍手の渦。私は胸を張り、高らかに告げた。
「ミアはここに“異世界ファッション革命”の火蓋を切ったことを宣言いたします。この世界を服から照らす者として」
ファリオは悔しげに歯を食いしばり、舞台を去った。勝負は明らかだった。リナの笑顔と、観衆の歓声がその証だった。祭りが終わった後、人気の去った広場でオルガが静かに近づいてきた。
「……やっぱり君はすごい」
「当然です」
私は笑って答える。だが胸の鼓動は、針よりも速く鳴っていた。オルガは少し顔を赤ら
めながら言った。
「もし君が本当にこの世界を変えるなら、僕はずっとそばで支えたい」
その言葉が夜風よりも熱く私を包み込んだ。私は視線を逸らし、強がるように笑った。
「……ただ支えられる女ではなく、共に立つ仲間として、よ。勘違いしないでちょうだい?」
「もちろん」
二人の笑みが交わった瞬間、遠くで鐘の音が響いた。革命の第一章は、確かに幕を開けたのだ。
布祭の翌日から、村の空気は一変した。あれほど冷めきっていた人々の瞳に、いまや熱が宿っている。子どもたちはリナのワンピースを真似しようと布を結び、母親たちは私の工房に「娘にも服を」と次々に訪ねてきた。
「……噂は火のように広がるものね」
私は嬉しさと同時に、背筋に冷たいものを感じていた。勝利の影には、必ず反発がある。この世界で布の数を独占し、支配してきた者たちが黙っているはずがない。
その夜。アトリエの扉を叩く音がした。開けるとそこに立っていたのはオルガではなく――黒衣の使者。鋭い目つきに上質な布を何十にも重ねた衣をまとっている。
「ミア殿。貴方のご活躍は耳に入っている」
「……あなたは?」
「王都の布商組合からの使者だ。ミア殿を、貴族の街エルミナへご招待したくこちらに尋ねさせてもらった次第だ」
バーチェが舌打ちした。
「出たよ。厄介な連中だ。ミア、断りな」
だが使者は続ける。
「拒否は許されない。布の秩序を乱した者として裁かれるか、あるいは王都でその技を披露し、正当と認められるか。二択だ、選んでもらって構わない」
「……強制ですか」
私はため息をつき、頷いた。
「いいでしょう。ならば行きます。私の服をこの国の中心に見せつけるために」




