新たなアトリエと癖強ライバル⁉
ある日、村の広場では月に一度の市場が開かれていた。周囲の村々から農作物や家畜が持ち込まれ、人々でごった返している。香ばしいパンの匂いと焼いた肉の煙。色とりどりの──いや、灰色と茶色ばかりの布が人々を覆い尽くしていた。
「市場……! これなら布文化の実態がよくわかりますね」
私は胸を高鳴らせながら人混みに足を踏み入れた。バーチェは眉をひそめてつぶやく。
「目立つなよ。役人に見つかったら面倒だ」
「目立たなければ美は広まらないでしょう?」
針を握るように拳を握り、私は市場を見渡した。商品台には、切りっぱなしの布が積まれている。分厚い麻布、粗い綿布、どれもただ四角く裁断されただけ。それを“高値”で売り、庶民は布一枚を買って巻くだけ。
「……どうして誰も形にしようとしないのかしら」
私が呟くと、横で布を売る老婆が鼻で笑った。
「形? 余計なことする暇があったら畑を耕すよ。布は巻けりゃいいのさ。数が多けりゃそれで偉いんだ」
この無知、この停滞。胸が締めつけられる。そんな時、一人の母親が小さな子どもの手を引きながら歩いていた。その子は先日私が作った服を着ていた。小さなベストに膝丈のズボン。市場の雑踏の中でその子だけがまるで光を放っているかのように見えた。……実際に自分の服を着てもらえると嬉しい。この世界で私を認めてくれる人がいるんだって、頑張ろうと思えるから。
「おい、見ろよ」
「なんだあの格好は?」
「同じ布一枚のはずなのに、まるで別物だ」
人々の視線が集まる。子どもは恥ずかしそうに母親の背に隠れたが、その服が人々の心を打ったのは間違いなかった。私は胸の奥で微笑んだ。
「そう! これこそ布の革命」
だがその空気を切り裂く声が響いた。
「やはり……貴様か」
振り向くと、前に私を睨んだ役人が立っていた。今日はさらに分厚い布を何重にも巻きつけまるで歩く布団のようだ。彼の後ろには屈強な兵士たちが控えている。
「庶民が布を加工し“服”などと名乗るとは断じて許さん! 秩序を乱す逆賊め!」
市場がざわつく。人々の視線が一斉に私へと注がれる。
「逆賊?」
私は一歩前に出て、堂々と役人を見据えた。
「違います。私は人々に美を与えているだけ。布を巻きつけるだけの文化を終わらせ、人が人として輝ける服を作っているのです」
役人は顔を歪め、怒声をあげた。
「美だと? くだらん幻想だ! 布は数だ! 十枚巻けば十人前、二十枚巻けば貴族の証、それがこの国の秩序だ。それ以外は認めん!」
「秩序がなんですって?」
私は口角をつり上げた。
「秩序という名の怠惰にすがっているだけではありません? ただ巻くだけなら猿でもできるでしょう! そこに創意も誇りもないのに、秩序秩序と。秩序モンスターか何かですか?」
人々の間にざわめきが広がる。役人の顔が赤黒く染まる。
「黙れぇぇぇ! この女を捕らえろ」
兵士たちが一斉に動いた。人混みがざわつき、逃げ惑う声が上がる。私は後ろに隠れていたバーチェの手を取った。
「逃げますっ」
「チッ、本当に厄介事を呼び込む娘だね」
私たちは市場の裏路地へと駆け出した。――粗末な石畳を走り抜けると、背後から兵士たちの足音が迫る。バーチェが息を切らしながら叫ぶ。
「ミア! あんた、何を企んでんだい!」
「決まってます! こんな追われ方をするなら、なおさら……“隠れ工房”ではなく、
もっと大きな革命の拠点が必要です!」
角を曲がった瞬間、私は足を止めた。そこには、古びた石造りの倉庫があった。窓は壊れ、扉は外れかけ、誰も使っていないようだ。
「……ここです」
バーチェが目を丸くする。
「はぁ⁉ こんな廃墟で何するつもりだい!」
私は胸を張り、燃えるように叫んだ。
「ここを新しい“アトリエ”にします! この世界で、最初の……本当の意味でのアトリエに!」
背後で兵士たちの足音が迫る。だが私の心は恐怖よりも熱に震えていた。ここから始まる。美と自分磨きそして革命のすべてが。
「ミアの革命は止まりませんよ」
廃墟のような石造りの倉庫。割れた窓から差し込む光が、埃を舞い上げる。そこに私は布を広げ、針を構えた。
「ここを……世界を変えるアトリエにするのですわ」
バーチェが大げさにため息をついた。
「やれやれ……口先だけじゃなく、ほんとにやる気なんだねぇ。まぁ、あんたの狂気に付き合うのも悪くないさ」
その言葉に思わず胸が熱くなるのを感じた。バーチェの協力は、私にとって大きな力になるはずだった。だが、工房作りの第一歩は苦難の連続だった。針仕事を進める一方で私は「自分磨き」も並行して続けた。朝は市場裏で手に入れた縄を結んで飛び跳ね、昼は畑で荷物を運び、夜は薬草を潰して顔に塗り込む。
「うぅ……すっぱい匂いが肌に染み込みますぅ」
「我慢しな。続ければ肌が柔らかくなるんだ」
バーチェに見守られながら、私は必死に汗を流した。醜い容姿のままでは、説得力を持てない。──だからこそ、この努力も革命の一部なのだ。
そんなある日。市場から戻る途中、ひときわ派手な装束を纏った男と出くわした。赤と青の布を無理やり重ね、羽飾りを頭に突き立て、腰には金糸を巻いている。その姿は……悪趣味の極みすぎる。なにこれ、逆に新しい芸術だとでもいうの? 機能性すらないのに不思議だわ。
「おや、君が噂の“布いじり娘”かね?」
男はニヤリと笑った。
「名を名乗ろう。我こそはファリオ──この地方一帯で名を馳せる仕立て屋だ」
バーチェが小声で囁く。
「こいつ、癖の強い曲者だよ。誰も逆らえない現地の仕立て屋さ」
ファリオは布をひるがえし、芝居がかった動きで近づいてきた。
「布を一枚しか許されぬ庶民に、余計な細工をして回っているとか。私の市場独占を壊す気かい?」
「独占とはなんでしょうか」
私は眉をひそめる。
「この時代遅れの布文化を固定化しているのは、あなたなのですか?」
ファリオの笑みが歪む。
「ほう、この私に布いじり娘の分際で挑む気か。それならば──大会で決着をつけることに使用じゃないか」
「大会……?」
「まさか知らないとは言わせないぞ。月末に開かれる“布祭”のことだ。仕立て屋や布商が腕を競い合う催 しだが、私が毎回優勝している。そこで君が挑むというなら、皆の前で潰してやろう」
周囲の人々がざわめく。布祭は村々の大きな娯楽であり権威でもあった。そこに挑むというのは、ただの余興では済まない。私は拳を握りしめ、堂々と応えた。
「望むところです。そこでこの世界に美の革命を示して差しあげます!」
ファリオの目がぎらりと光る。
「面白い。だが覚悟しておけ。私の布こそが至高、誰にも崩せはしないからな」




