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炎の国、フラマリア

 糸の国を抜け、荒野を進むと、やがて熱風が頬を打った。空には常に黒煙が渦巻き、地平線の向こうで炎が燃え上がっている。そこが「炎の国」──フラマリアだった。

 街に足を踏み入れた瞬間、私の目に飛び込んできたのは広場の巨大な火柱だった。人々が布を次々に火へ投げ込み、燃え盛る炎の前で叫んでいる。

「強き者は布を燃やし、灰から蘇る!」

「燃やせぬ布は弱者の証!」

 布は命の象徴でもあり、誇りでもあるはずだ。なのにこの国では布を燃やし尽くすことでしか価値を認めない。燃やしきれない者は「弱き者」とされ、家族もろとも蔑まれていた。一人の若者が、布を炎に投げ込んだ。だが炎は布を焼き尽くさず、残骸が黒く焦げて舞い落ちた。群衆から嘲笑が起こる。

「弱者だ! 布を燃やせぬ者に未来はない!」

 若者は泣きながら広場を逃げ出した。

「……どこも本当にこの世界の国は倫理を知らないの?」

 私は思わず呟いた。

「布は命を燃やし尽くすものなわけがないじゃない」

 オルガが低く囁いた。

「……この国の掟は絶対だ」

 その時、轟音と共に「炎帝」が現れた。炎を模した真紅の布を纏い、その背には巨大な松明を背負っている。彼の歩みに合わせて炎が揺らめき、熱気が押し寄せた。

「燃やせぬ布に価値はない。燃え尽き、灰となることでこそ、人は強さを証明できる」

 私は勇気を振り絞った。

「燃え尽きることで強さを示すなんて間違っています。布は命を燃やすのではなく、火を灯すためにあるのです」

 炎帝の目が鋭く光る。

「次の“炎布祭”にてお前の布を燃やし尽くせるかどうか……お前は命を懸けて示すことができるというのか!」

「えぇ……もう私に怖いものなどないのです」

 ――とは言ったものの。例のごとくこれも難しいもので。困り果てた私は、宿で仲間たちと布を広げた。

「燃やす布……じゃなく、火を灯す布……」

 針を見つめながら、私は思案に沈む。

「布を燃やすことでしか価値を見出さないなんて……」

 そして頭を抱えた。

「私……この国で本当に人々を救えるのかしら……」

 バーチェが口角を挙げた。

「実力を見せるいい機械じゃないか」

 オルガがそっと肩に手を置いた。

「大丈夫だ。燃やすんじゃない。灯すんだ」

 リュシアンも頷く。

「自分の信じる布なら、炎を希望に変えられる」

 私は深呼吸し、決意を固めた。もう何か国目かもわからない決意だ。

「私の実力をここに発揮するわ」

 こうして二日が立った。いよいよ炎布祭が開幕する。広場の中央に炎の祭壇が立ち、人々が次々に布を投げ込んでいく。布が燃え尽きるたびに歓声が上がり、燃え残るたびに罵声が浴びせられる。炎帝が立ち上がり、私を指差した。

「異国の女──次はお前の番だ!」

 群衆の視線が一斉に集まる。灼熱の炎が唸りを上げ、私の布を飲み込もうとしていた。燃え盛る祭壇の炎が唸りを上げ、布を飲み込もうと揺らめいた。炎帝が声を轟かせる。

「さあ、異国の女。恐れずお前の布を燃やせ! 燃え尽きねば弱者、燃え尽きれば真の強者と認めてやろう!」

 群衆からも罵声と期待が入り混じる。

「どうせ燃え残る!」

「弱者の布だ!」

 私は胸元の布を握りしめ、静かに目を閉じた。──燃え尽きるための布ではない。私は、命を灯す布を縫うためにこの針を握ってきた。……大丈夫、私なら。

 布を炎に投じた瞬間、熱気が頬を焼いた。布は赤々と燃え上がり、火花を散らす。群衆は「終わった」とうっすらと口元に嘲笑を浮かべる。だが炎の奥から柔らかな光が立ち上がった。

「……あれは?」

 燃え尽きるはずの布の中に、金色の刺繍が光を放ち始めたのだ。布は燃え尽きるどころか、炎の中で輝きを増していく。私は針を突き立て、叫んだ。

「これは“灯布”です! 燃やして終わるのではなく、灯して未来を照らす布です!」

 布が炎の中で煌めき、周囲の炎を吸い込み、光へと変えていく。やがて炎そのものが収まり、祭壇には一本の光の柱が立ち上がった。群衆が息を呑む。

「燃え尽きないぞ」

「いやむしろ光に変わっているっ」

 その瞬間、祭壇の周囲に集まっていた人々の布が淡く光り始めた。燃やすためにしか存在しなかった布が、今度は希望の灯を宿している。子供たちが驚いたように叫んだ。

「お母さん、布があったかい!」

「燃えないのに、火みたいに明るい!」

 人々の顔に初めて笑みが広がった。炎帝が苦々しく唸った。

「馬鹿な……炎は燃やし尽くすものだ……! それ以外に価値などない!」

 私は針を高く掲げた。

「違います。炎は破壊ではなく、灯火として人を導くものです。布は命を奪うためではなく、未来を縫うためにあるのです!」

 針先が閃き、炎帝の布を裂いた。炎の残滓が宙に散り、熱風が静かに収まっていく。祭壇に残ったのは小さな金色の光。それは消えることなく、やわらかに揺らめきながら街を照らした。群衆が膝をつき口々に叫ぶ。

「燃やすのではなく、灯すのだ!」

「灯布こそ……本当の強さ!」

 私は深く息を吸い込み、心の奥で呟いた。

「これでこの国の布も縫い直せたわ」

 夜、焚き火の前で仲間たちと並んだ。灯布の光が夜空を照らし、星々と混ざり合う。そんな素敵な夜だった。オルガが笑った。

「お前の布は、誰よりも強いな」

 リュシアンが呟く。

「いや……強さっていうより……優しさだ」

 私は微笑んで針を見つめた。

「どんな布も……必ず縫い直せますわ。私はそう信じているから」

 バーチェが私の背中を叩いた。──だがその夜。街の片隅で闇に染まった布が揺れていた。誰も気づかぬまま、それは冷たく波打ち、黒い影を広げていく。

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