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血の国、サングリア

 音の国を後にして幾日かの旅路。草原の緑はやがて褪せ、赤黒い大地が広がり始めた。地平線まで染み込んだ血のような赤土の国──それが「血の国」サングリアだった。街に足を踏み入れた瞬間、私は息を呑んだ。通りを行き交う人々は皆、赤い布を胸に縫い込んでいた。それはただの布ではない。布には一滴ずつ血が染み込んでおり、脈打つように震えていた。

「……血を……布に縫い込んでいるのですか?」

 思わず呟いた私に、近くの商人が淡々と答えた。

「当然だ。血布こそ、この国の命を証明するものだ」

 血布はこの国の絶対的な掟だった。生まれた子は、まず血を一滴垂らして布に縫い込む。血布が濃く鮮やかに染まる者は「強き命」とされ、家族も誇りと栄誉を得る。だが血布が薄い者は「弱き命」として扱われ、労働に追いやられ、やがて捨てられる。私は市場で、一人の少女を見かけた。胸の布は淡い桃色で、ほとんど血色を示していない。彼女が商品を差し出しても、客は顔をしかめて言った。

「こんな薄い血布の娘の作るものなど、呪いだ」

 少女は俯き、声を出さなかった。

「……ひどすぎる」

 私は拳を握った。

「布で命の価値を決めるなんて、どの国もなんて頭のおかしい価値観を持っているの⁉」

 リュシアンが小声で囁く。

「でもミア……君の布には血なんて縫い込まれてない。この国じゃ“命なき者”として処刑されるよ」

 転生して以来、この世界に来た私の布には、血のしみなど一滴もなかった。その時、鐘が鳴り響いた。人々が一斉に広場へ向かう。そこでは「血布選定祭」が始まろうとしていた。舞台に現れたのは、漆黒の鎧を纏った「血帝」。彼は黄金の糸で縫い込まれた血布を翻し、声を轟かせた。

「命とは血! 血の濃き者こそ強者! 薄き血の者は、弱者として捨てられるべきだ!」

 群衆が歓声を上げる。舞台に並んだ子どもたちは、胸の布を晒す。血布の濃い者は祝福され、薄い者は泣きながら突き落とされていく。私はたまらず叫んだ。

「命は濃淡で決まるものではありません。布は血を測るためにあるのではなく、命を繋ぎ合うためにあるのです」

 広場にざわめきが走った。血帝の瞳が冷たく光る。

「異国の女……貴様の布には血がないと聞く。ならば示せ。血を持たぬ布で、命を証明し

てみせよ!」

 私は針を握りこんだ。血のない私の布──けれどこの針で救ってきた命は無数にある。その布に、私は仲間たちの血を少しずつ縫い込んだ。オルガが腕を差し出す。

「俺の血を使え」

 リュシアンも、バーチェもその腕をゆっくりと差し出す。

「俺たちはもう、お前の布の一部なんだ」

 布に血が染み、光が宿る。それは「他者の命を縫い合わせる布」──共命布だった。私はそれを舞台で広げ、叫んだ。

「命は血の濃さではなく、繋がりで強くなるのです!」

 布が光を放ち、突き落とされかけた子どもたちを包んだ。淡い血布が輝き、花のように命の色を咲かせた。群衆が息を呑む。

「薄いはずの血布が光っている」

「命は……繋がりで強くなるのか」

 血帝が怒声を放った。

「偽りだ! 血こそすべてだ!」

 彼が布を振り下ろし、舞台を赤黒い光が覆う。私は針を高く掲げ、宣言した。

「命を測る布は、今日で終わり! これからは命を繋ぐ布が広がるのです」

 針が閃き、血帝の布を裂いた。流れ出た血は大地に吸い込まれ、赤黒い土がゆっくりと清らかな色へ変わっていった。こうして血の国は、命の濃淡による差別から解き放たれた。人々は互いの血を分け合い、布を縫い合わせて「共命布」を広げた。私は針を胸に抱き、静かに呟いた。

「目的の国が近づいてきたわね……あともう少しで、もう少しで闇の国へ」

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