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転生先がアウェーすぎるのですが……?

 目を覚ます。最初に目に映ったのはみすぼらしい天井。割れた板、歪んだ梁。高級ホテルどころか粗末な納屋にしか見えない。

「……夢、よね……夢の続きよね?」

 そう呟いて身を起こした瞬間。視界の端に、己の姿が映り込む。

「な……⁉」

 布――しかも一枚、に見えるが何かの間違いなのだろう。この格好ではバスローブの方がまだましだ。   

 私は震える手で部屋の隅の金属片を覗き込んだ。そこに映った顔は丸く太り髪はぼさぼさ。さらに作り上げたはずの美肌はくすみきっていた。

「う、嘘でしょう? これが私?」

 粗末な天井を睨みつけたまま、私は震える指で顔を撫でた。そこには、かつて世界を熱狂させた「デザイナー」の面影などどこにもない。むしろ、田舎の屋台で甘い揚げパンを食べ過ぎて太った女……いやそれ以下よ。

「……夢であってほしいのだけど」

 喉が焼けるように痛む。涙など出るはずもない。私に泣く自由を許してくれる人間はもう誰もいないのだから。そんな時扉がギィと音を立てて開いた。私はとっさに布一枚でできる最大限、全身を隠した。

「おっ、起きてたか! よかったよかった!」

 土埃まみれの農夫風の大男が、土足のまま入ってきた。赤ら顔に無造作な髭、腰に吊るされた麻袋。その姿は見事にダサい。いやもう服と呼ぶことすら憚られる。布をねじって体に巻き付けているだけにしか見えなかった。

「……なに、その……お洒落とは一万光年離れた野暮は?」

「ん。お、おう? なんだか難しいこと言うな。とにかく命拾いしたんだ。村のはずれで倒れてたんだぜ? 俺が見つけなかったら死んでたかもな」

 彼は胸を張って笑った。だが私の視線は彼の顔ではなく、服と呼べるかも怪しいものに釘付けだった。茶色、灰色、土色。すべてがくすみ、よれよれ。装飾性は皆無。これがこの世界の標準なのか。

「助けていただいたことには感謝いたします。でもこの布は何です? 私に余り物を着せるなんて失礼にも程があるかと」

「ははは! 遠慮するな。余り物だろうが布一枚あるだけマシだろ? なにせ庶民は一枚きりで十分なんだ」

「……庶民は“一枚きり”とは?」

 耳を疑った。だが男の説明を聞くうちに、ここがどれだけ歪んだ世界かがわかってきた。――この国では、布の枚数こそが絶対的なステータスである。貴族は十枚、二十枚と布を幾重にも巻きつけ、まるで人間巻き寿司状態。そんな寿司があるならもはや早くお目にかかりたいところである。……しかもそれが上品だってなんて、冗談よね?

 逆に庶民は布一枚。それ以上を身につけることは許されない。貴族たちが富と地位を誇示するために布を重ね始め、それが“美徳”とされた結果、庶民は逆らえなくなったという。反抗すれば無礼者として罰せられる。そして、布一枚しか纏っていない私はどうみても最下層だった。

「ふざけないで! 布の数で人の価値を測るなんてありえないわ」

 私の内側から、かつてのデザイナー魂がぶわりと蘇る。怒りではない。羞恥でもない。それはこの世界の空気そのものへの反抗心だった。美しさとは布の数ではない。人を輝かせる力だ。どんな布切れであっても、仕立て方を工夫するだけで舞台を制することができる。

「布は枚数ではない、仕立て方で決まるのよ!」

 どれだけ笑われてもいい。針が私の言葉だ。

「私――ミア、私は絶対にこの文化を叩き壊して差しあげますわ‼」

 拳を握る。……よし、決まった!

 だが次の瞬間、胃の中がきしんだ。空腹だ、しかもこれ以上ないほど。昨夜から何も口にしていないからだ。いや、この不思議な世界にやってきてからずっとかもしれない。大男は「飯の時間だ」と私を小屋の外へ連れ出した。

 村は想像以上に“ダサい”空間だった。しわだらけの布、土で煤けた裾、ほどけた腰紐。茶色と灰色が、人の群れを一色に塗りつぶしていた。ここには“装う”という概念そのものがない。……さて、どうしたものかしら。

 広場に集まった人々が大鍋を囲んでいた。湯気の中で煮込まれているのは、見慣れない豆と脂身ばかりの肉。

「さあ、食え」

 木の皿を差し出され、私は思わず眉をひそめる。……この茶色い泥水のようなスープが食事? と、呼ばれているのよね。うん。

「……で、でも食べなきゃ死ぬわ」

 匙を口に運ぶ。味はほとんど無い。風味のない、ただの塩気。それでも体は欲しているようだった。少しずつ飲み込むたびに息が整っていく。

「うまいだろ?」

 大男が笑う。私は心の中で、全力でノーを突きつけた。美学も、工夫も、ここには何一つない。でも逆に言えばすべてが真っ白なキャンバスなのだ。

「夢じゃないとするなら、本当に転生してしまったのなら。この世界……私が変えてあげなくては!」

 夜、私は小屋の片隅で針と糸を借り受けた。指先に血を滲ませながら与えられた灰色の布を裂き、縫い合わせる。即席のチュニック。肩と腰にタックを入れ、シルエットを少しでも整える。

「これでようやく出歩けるかもしれない」

 鏡はない。ただ金属板に映るぼやけた影。だが少なくとも昼間よりは“服らしい”形になった。針を持つ手にかつての自分の感覚が戻ってくる。世界を驚かせるデザインを生んだあの日の集中力が再び私を支配した。

「……やれるわ。やらなきゃ」

 今はまだ布一枚の醜い女。だがこの世界を変えるには十分。私の布一枚から始める革命はもう始まっている。

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