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鉄の国、バルグラード

 翌朝から私たちは辺境を抜け、さらに西へと旅をつづけた。地平線の先に現れたのは「鉄の国」──バルグラード。この街に足を踏み入れた瞬間、私は息苦しさを覚えた。熱気ではない。圧力だった。街を歩く人々は皆、背中を丸め、鎧の内側に詰め込まれた鎖布の重みに喘いでいた。鎖布、それは布に鉄鎖を縫い込んだもの。それを纏うことが強さの証であり、忠誠の印とされていた。

「おかしい……」

 私は思わず呟いた。

「布を重荷にするなんて……」

 広場に差し掛かると、少年兵たちの訓練が行われていた。まだ十歳にも満たない子供たちが鎖布を纏い、よろめきながら歩く。鎖が布を裂き血が滲む。そこに大声が響く。

「立て! 鎖布に潰されるような弱者は不要だ!」

 教官が膝をついた少年に鞭を打った。私は思わず前へ出た。

「待ちなさい!」

 教官が睨み返す。

「誰だ、貴様は。異国の者が口を出すな」

 少年は苦しそうに私を見上げた。その瞳は必死に「助けて」と訴えていた。私はしゃがみ込み、彼の肩に手を置いた。

「あなたの布は重荷ではありません。命を守るものよ」

 少年は震えた声で呟いた。

「でも……鎖布を着なければ……家族が処刑される」

 その言葉に背筋が凍った。鎖布はただの軍事訓練具ではなく、国家の支配そのものだったのだ。弱い者は潰され、抵抗する者は家族ごと処刑される。

「この国では、布が本当に鎖になっている……」

 リュシアンが低く呟いた。オルガがギュっと拳を握りしめる。

「ミア、俺はもう見てられない。子どもをこんなふうに扱うなんて……!」

 私は頷いた。

「変えるわ。この国の布も──私が必ず」

 夜、宿で針を握りながら私は迷っていた。この国の人々を守る布を作りたい。でも鉄に覆われた国でそんな布が受け入れられるのだろうか。思わず針先が震える。

「自分のことはだいぶ好きになった。それでも私は太って醜い姿のまま、この国の人々に信じてもらえるの?」

 その時、オルガがそっと言った。

「ミアはもう十分強いよ。見た目なんて……痩せようが太ろうが関係ない。君は君だ。その証拠に針を握ってる時、誰よりも美しいじゃないか」

 胸が熱くなり、私は顔を背けた。

「……もう、そうやって簡単に言わないでよ」

 だが心の奥でほんの少しだけ、自分を許せた気がした。

 翌朝、私は布市場で裂け布を買い集めた。庶民が隠し持っていた「柔らかな布」、兵士の残骸に残った「焦げた布」。それらを縫い合わせ、試作を始める。

「重荷ではなく、軽さで守る布。そう、まるで羽のように」

 針が走るたび、布は空気を孕み、軽くしなやかに変わっていく。──羽鎧布。完成まであと少し。だがその時、訓練場の鐘が鳴り響いた。

「鋼帝が来るぞ! 全兵士、広場へ!」

 人々が一斉にその動きを止め、街の空気が凍りついた。鉄の国の支配者──鋼帝。鎖布を幾重にも纏い、歩くだけで地面を震わせる怪物のような男。彼の瞳は冷たく私を見据えて告げた。

「異国の女とはそなたのことか。布に逆らう愚を正してやろう。次の試練でお前の布の価値を示せ」

 群衆が息を呑む──鉄の国の真の戦いが始まろうとしていた。広場の中央に巨大な焚き火が灯され、群衆が円を描くように集められていた。その中央に立つのは、鎖布を幾重にも纏った鋼帝。歩くだけで石畳がひび割れ、鉄鎖が鳴るたびに空気が震える。

「布は重荷。重荷に耐える者だけが我が国を支配する権利を持つ」

 その声に群衆が一斉にひれ伏す。鋼帝は私を見下ろし、布を差し出した。

「異国の女──お前が作る布が真に価値あるものなのか確かめよう。ガハハ、お前にぴったりの試練があるぞ」

 試練の内容は単純だった。選ばれた少年兵と共に、鎖布を背負って城門まで行軍する。倒れた者は弱者、立ち続けた者だけが強者とされる。だが鎖布の重さは常人の耐えられるものではなかった。少年兵たちは次々と膝をつき、血を吐き、砂に顔を伏せる。教官が鞭を振り上げる。

「立て! 重荷に潰されるなら、それが貴様の価値だ!」

 私は耐えきれず、針を握り締めて前へ出た。

「待ちなさい。その布は間違っています」

 広場にどよめきが起こる。鋼帝は冷ややかに笑った。

「ではお前の布を背負わせてみろ。だが──失敗すればこの場で処刑だ。もちろん二人とも、何ならお仲間たちもな」

 私は仲間であるオルガ、リュシアン、バーチェの方を見た。三人からの応援の眼差しを受けて試練をスタートさせた。鋼帝の鋭い眼光に息をするのも重く感じる。それでも私は針を走らせ、夜を徹して縫い上げた羽鎧布を少年に纏わせた。布は軽く、柔らかく、だが空気の層が衝撃を吸収する。少年は驚きに目を見開き、立ち上がった。

「身体が……動く! 軽い……軽いぞ」

 群衆が息を呑む。鋼帝は目を細め、歩み寄った。

「面白い。ならばこの私が試してやろう」

 鎖布を纏った鋼帝が剣を振り下ろす。重すぎる一撃が石畳を砕き、地鳴りが響く。少年は羽鎧布を翻し、軽やかに跳んで避けた。

「なんだと⁉」

 鋼帝の目に驚愕が走る。私は叫んだ。

「布は重荷ではなく、命を守る翼です!」

 針を突き立て、鋼帝の鎖布を裂く。布に縫い込まれた鉄鎖が外れ、崩れ落ちる。露わになったのは重さに蝕まれて痩せ細った肉体だった。鋼帝は息を荒げ、膝をついた。

「……これが……本当の……布……」

 群衆がさらにどよめき、次々に声を上げる。

「重荷なんていらない!」

「布は守るためにあるんだ!」

 少年兵たちは羽鎧布を纏い、軽やかに走り出した。その姿は鎖に縛られた兵ではなく未来を担う若者だった。私は深呼吸し、針を握りしめた。リュシアンもオルガもバーチェもただ少年を見つめていた。その眼差しはわが子を見つめる親の様だった。

「ミア、君は本当にすごいよ……」

「いいえ、まだ革命は終わっていないの」

 私は三人を見つめながらうなずいた。

「次は……砂の国。どんな悲しみ、辛さがあったとしてもその腐った文化ごと縫い直してあげる」

 私たち一行は涙と歓声が入り混じる中、バルグラードを後にした。

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