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黒幕との戦いー公開裁判は私のランウェイよー

 その日、人だかりの中にあったもの。それは『ミアを公開裁判にかける』。そんな布告だった。それが街のいたる所に貼られ、人々の間に動揺が走った。

「裁判だなんて……!」

 バーチェが顔をしかめる。

「どうせ見せしめに決まってる」

 私はゆっくりと頷いた。

「ええ。だからこそ──私が舞台を選び直します」

 私は工房の壁に大きな布を張り、街の仲間たちを集めた。

「私たちの針でこの街全体を“舞台”に仕立てます!」

 仕立て師も、鍛冶屋も、子どもも老人も、皆で布を縫い合わせ、街路を覆う巨大な幕を作り始めた。色とりどりの布が風に揺れ、王都の空を染めていく。

「この布こそ、我らの自由!」

「これを見たら、誰も布の数で人を縛れない!」

 人々の声が街中に響き、組合の兵ですら立ち尽くした。その準備の最中、リュシアンが密かに訪ねてきた。月明かりを背にした彼の表情は、いつもより影を帯びていた。

「ミア、裁判は罠だ。組合の総帥は君をそこで処刑するつもりだ」

「ふふっ。それはもちろん存じているわ」

「なぜ笑えるんだ!」

 彼は声を荒げた。

「僕は……君を失いたくない。ただそれだけなんだ」

 その瞳に、一瞬だけ冷たい氷が溶けるような熱が宿った。私は彼を見つめ返し、強く言った。

「ここで私が消えれば誰も変わらない。でも私が立ち続ければみんなが──。いえ、あなたも変わるはずだわ」

 リュシアンは唇を噛み、やがて背を向けて去って行った。その背中には迷いと決意が混じり合っていた。決戦の舞台は整った。黒幕が用意した“公開裁判”の場を私は逆に革命のショーへと仕立て直す。針を握り、胸に刻む。

「命を懸けてでもこの裁縫で世界を変えてみせるわ!」

 街の灯が揺れ、明日の嵐を告げていた。

 次の日、王都の中央広場は人で溢れ返っていた。「ミアを裁く」──その布告に誘われ、貴族から庶民まで誰もが目撃者となろうとしていた。広場の中央には石造りの台が築かれ、その上に真紅の布が掛けられている。けれどそれは祝祭の舞台ではなく、処刑台。布商組合が用意した“公開裁判”の場だった。私が引き立てられて広場に現れると、途端に声が沸いた。

「ミア様だ!」

「いや、反逆者だ!」

「布を乱す女神か、悪魔か……」

 視線の刃が全身を突き刺す。けれど私は背筋を伸ばし、誇り高く足を進めた。これは恐怖の舞台ではない。私が選んだランウェイなのだ。組合の総帥は、漆黒のローブを纏った老練の男だった。銀の杖を手に群衆に向かって声を響かせる。

「民よ! この女は布の掟を乱し、秩序を壊した。布の数こそが身分の証。それを否定することはこの国の根を断つに等しい!」

 群衆の中にはそうだと言わんばかりに頷くものもいた。だが同時に私の工房に通った者たちが声を張り上げた。

「違う、ミア様は俺たちに服を与えてくれた」

「布の数より、針の心を教えてくれた!」

「俺たちはみんな変われるんだ」

 民衆の声が波のように押し寄せる。総帥は冷笑を浮かべ、手を振った。

「黙れ、愚民ども! 言葉遊びに惑わされるな! 彼女が真に“美”を持つというならば今ここで証明してみせろ!」

 処刑台の上に、私の裁縫道具が並べられた。針と糸、そして裂かれた布。──処刑までの時を稼ぐための、彼らなりの見世物。私はその意図を逆手に取った。

「ええ。証明いたします」

 針を手に取り、布を広げた。広場に沈黙が落ちる。針が月光を受けてきらめき、私の指先で糸が舞う。裂かれた布をつなぎ、色とりどりの断片を組み合わせる。私は声を張り上げながら縫った。

「布は身分の鎖ではありません! 生まれや地位に関わらず、誰もが美を纏えるのです!」

 縫い針が走るたび、観衆の心が震えた。子どもたちが涙を流し、兵士たちさえ息を呑む。完成したのは一着の自由のドレス。粗末な布を重ねただけなのに、そこには誰もが羨む輝きが宿っていた。それは高価さでも豪奢さでもなく、民衆の手で縫い合わせた“絆”の美。私はそのドレスを広げ、叫んだ。

「これが、私の革命の証明です!」

 観衆は爆発するように沸き立った。

「美しい!」

「布の数じゃない!」

「俺たちは自由だ!」

 その声は嵐のように広場を覆い尽くした。総帥の顔が青ざめ、怒りで震える。

「黙れ! 黙れえぇぇ!」

 彼は杖を振りかざし、衛兵たちに命じた。

「捕らえろ! 今すぐ処刑せよ!」

 刹那──オルガが台に飛び上がり、私を庇うように剣を抜いた。

「ミアには指一本触れさせない!」

 そして、群衆の中からもう一人。リュシアンが歩み出て、冷ややかに宣言した。

「総帥。あなたの時代はもう終わった」

 その手には組合の印章。彼は民衆の前でそれを叩き割った。

「僕はこの女、ミアの革命に賭けることにする」

 広場が揺れた。民衆の叫びと兵士たちの動揺が入り混じる。そして裁判は処刑台ではなく──本物の革命の舞台へと変貌した。私はドレスを抱きしめ、心に誓った。

「この瞬間から世界は変わるのよ」

 だが総帥はまだ倒れていなかった。その瞳には、狂気にも似た炎が宿っていた。

「くっ。……ならばこの国ごと焼き尽くしてやろう」

 彼の背後で、黒衣の影が蠢いた。決戦はまだ終わってなどいない。広場に火花が舞った。黒衣の影が走り、油を撒いた者たちの叫びが夜空を引き裂く。総帥の狂気は手段を選ばず、王都を一つの炎の器に変えようとしていた。私は嗄れた声で叫んだ。

「逃げるのではい! 立ち上がるのです!」

 だが逃げ惑う人々の前には、燃え上がる布の壁。煙が目を刺し、呼吸が苦しくなる。視界の隅で、子どもが転び、老人が杖を落としていた。オルガが私の横で剣を振るい、暗殺者たちを押し返している。彼の腕は血で赤く染まり、顔には泥と煤が混じっている。だが瞳だけは揺るがなかった。

「ミア、みんなを連れて裏路地へ!」

 彼は叫ぶ。私は素早く判断した。ここでただ逃げるだけでは、総帥の望みどおりだ。彼は恐怖で民を支配し続けたかったのだ。私たちは違う。私たちは針と糸で人の心を繋いできた。ならばその繋がりを盾に変えるしかない。

「皆、手をつなぐの! 布を出して!」

 工房で集めた色とりどりの切れ端、寄せ集めのマント、修繕した外套——人々は互いに布を引き寄せ、結び、重ねていく。老若男女がひとつの布塊を作るように動く様子は、まるで巨大な編み物のようだった。バーチェが手早く指示を出し、子どもたちは笑いながら結び目を作る。私たちはその布の塊を盾にし、燃え広がる前線へと向かった。布はただの織物ではない。そこには、縫い目ごとに刻まれた人々の想いがある。母のために縫った補強、鍛冶屋の娘が付けた丈夫な当て布、少年ユウが一針一針に込めた「やり直す」という誓い——それらが一つになって、炎の前で光をはね返したのだ。総帥の兵が突っ込んでくる。刃が布を裂き、火の粉が飛ぶ。だが人々の盾は決して崩れない。私は布の上で針を走らせ、裂け目を縫い合わせ、即席で補強していく。針は戦槌にも医者の手にも似ている。私が縫うたびに、人々の息が整い、目に光が戻っていった。その光景を見据えるリュシアンが組合の印章を投げ捨て、兵士たちに向かって叫んだ。

「お前たちも、家族がいるだろう! 命を奪うな!」

 その一言が、兵士たちの動揺を生む。長年の間、秩序と呼ばれた鎖が音を立てて軋んだ。総帥は顔を歪め、最後の狂気の叫びを上げる。黒衣の影が一斉に矢を放つ。だが、その矢も人々の布の前では音を失った。一枚一枚が互いを支え合い、衝撃を吸収していたのだ。私はオルガとともに前線で縫い続けた。彼は刃で小さな切り傷を負いながらも、笑って私の手元を助ける。ある瞬間、彼がふと顔を上げ、小声で言った。

「ミア、君は……本当に、みんなを変えたんだ」

 その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥にあった不安が溶けるのを感じた。太った自分、醜いと封じ込めていた過去の自分。それらが針先のたびに剥ぎ取られていく。美という言葉は見た目だけのものではなかった。服を通じて生まれる勇気や連帯こそが、真の美だったのだ。

 闘いは夜を越えて続いた。総帥は最後の手段として、古い法典を召喚し、「布の掟」に従わぬ者への罰を再び強調しようとする。だが民の声はもう止まらない。広場に貼られた「秩序」の張り紙を一枚ずつ剥がし、子どもたちがそれを飛び跳ねながら空へ放つ。笑い声が咆哮のように広がり、やがて兵士たちの剣も下がる瞬間が来た。総帥は追い詰められ、最後に私を睨みつけて言った。

「お前が望む自由がどれほど危険か、分かるか。混乱は秩序の喪失であり、混沌は滅びだ」

 私は振り返り、静かに答えた。

「違います。混乱ではなく、選択です。誰もが自分の布を選べる世界。それは滅びではなく、再生です」

 その言葉は総帥の胸を打つどころか、長年の恐怖と利権に縛られた彼の心を孤立させた。リュシアンとオルガ、バーチェ、私たちの仲間、そして何千もの民の声が一つになり、総帥はついに降伏した。彼は組合の印章を投げ捨て、黒布を剥ぎ取られて地に膝をついた。……アリサ、今更だけどあなたに謝りたい。たくさん心配してくれた感謝も伝えたい。でもそれが叶わない。だからあなたはどうか幸せに生きて、私もこの世界で生きる理由を見つけたから。

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