工房内のウラギリ
秋の匂いが街に混じり始めたころ、工房は小さな社会になっていた。縫い子たちは笑い合い、子どもたちは布切れで遊び、老婆が茶を入れてくれる。だがある朝、バーチェが息を切らして駆け込み、顔を引きつらせて叫んだ。
「燃えた! 東側の倉庫が燃えたって! あの中には我々の布の供給元の多くが収納されていた!」
私の脳裏に火のイメージが戻り、胸が固く締め付けられた。だがすぐに私は立ち上がった。火は恐ろしい。だが火を受けて人々は、焔に抗う意志を示す。私たちはすぐさま手分けして消火に当たり、被害を最小限に食い止めた。
夜。被害の大きかった家族の一人が私の工房を訪ね、震える声で言った。
「ミア様……私たちの仕事場が焼けました。もう布を買う余裕もありません」
私は彼女の手を取り、小さな手を握り締めて言った。
「私たちが持っている切れ端でまた作ります。明日は皆で集まって、修繕と配給を行います」
その夜、工房は眠らなかった。針が動き、糸が走り、笑い声とすすり泣きが混ざる。火は物を奪うが私たちは互いに持ち寄ることで何倍にもして返していった。そんな折、私は一通の手紙を受け取った。封は豪華で、王都の高貴な紋が押されている。手紙を破ると中には短い一行だけが書かれていた。『民の心を動かす者は、危険だ。だが、民の目が覚めるのも危険だ。──会いたい』。
署名はなかった。だが私は知っていた。これは黒幕の総帥からの挑戦状に違いないという直感が働く。胸が高鳴る。恐怖よりもなぜか昂揚が勝っていた。針を携えて、私は立ち上がった。革命はここから次の段階へ進む──命がけの局面へ。
「来なさいよ。全てを終わらせる覚悟があるなら」
私はそう呟き、工房の灯を高く掲げた。遠くからオルガの小さな声が聞こえた。
「ミア、俺はいつでもそばにいる」
その言葉が冷たい夜に温かく響いた。そして私は思った。針先に未来を託し、民とともに縫い直す世界のために。……私はもう後戻りはしない。
黒幕からの手紙が届いた翌日、工房の空気は重かった。私たちは縫い針を止めずにいたが誰もが知っていた。次は必ず、大きな嵐が来る。バーチェは煙草をふかしながら吐き捨てた。
「いよいよだねぇ。王都全体を敵に回す気かい、お嬢」
「当然です」
私は針を握りしめ、煤で黒ずんだ爪を見つめた。
「革命とは痛みを伴うもの。けれどその痛みを越えてこそ、本物の美は生まれるの。私はその景色をずっと探しているの」
その晩。私は工房の奥で何気なく布束を整理していた。だが積み上げられた包みの一つに奇妙な違和感を 覚えた。……これ、糸の結びが私の手癖と違う!
そっと開くと中には刃物と毒粉の袋が隠されていた。背筋に氷が走る。
「内部に裏切り者が……?」
翌朝、工房に集まった仲間たちを前に私は静かに布を広げた。
「この中に私を裏切った者がいます」
ざわめきが広がる。誰もが互いを疑い、視線が鋭くなる。その中で少年ユウが怯えたように立ち上がった。
「俺……だ。俺が……組合に脅されて、ここに毒を……」
「ユウ!」
仲間たちが叫び、空気が凍りついた。私は針を置き、彼に歩み寄った。少年の顔は涙に
濡れ、肩は震えている。
「……ごめんなさい……! でも、でも俺は……!」
私は彼の手をそっと握った。
「ユウ。布を織るとき、切れた糸をどうするか知っていますか?」
彼は首を横に振る。
「結び直して新しい布にするの。……それはあなたの命も同じ。切れたからといって捨てる必要はないのよ」
ユウは顔をくしゃくしゃにして泣き、私の胸に飛び込んだ。その瞬間、仲間たちの目からも涙が零れ、工房全体を温かな気配が包んだ。だが、敵は待ってくれない。王都の広場には布商組合の兵が増え、路地裏では黒衣の影が蠢いていた。




