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大事件勃発、それでも革命は止まらない

 数日後、王都の中央広場に私を支持する人々が集まった。彼らは粗布を重ねる代わりに一枚布を工夫して纏い、誇らしげに歩いていた。

「ミア様の服を真似しました!」

「動きやすくて、もう昔の重ね布には戻れない!」

 子どもたちが駆け回り、女性たちが笑顔で互いの服を褒め合う。その光景に、私は目頭が熱くなるのを感じた。

「……これが、私の望んだ未来の始まりだわ」

 だが群衆の中に紛れていた黒衣の影が短剣を抜いた。閃きが走る。私に向けられた刃をオルガが身を投げ出して弾き飛ばした。

「オルガッ!」

 刃は彼の腕を浅く裂き、赤黒い血が滴る。周囲からは悲鳴が聞こえる。

「大丈夫、かすり傷だ」

 彼は強がりながらも、私を庇うように立つ。その姿に心が震えた。

「っ、こんなこともう許しませんわ」

 私はオルガの腕に薬草を塗り込み、清潔な布をあてがった。彼は目を細めてじっと耐えていた。私はもうこれ以上、誰も傷つかないよう覚悟を決めた。

 それでも黒幕の圧力は日増しに強くなった。布商組合は私を“異端者”として糾弾し、街角には私の似顔絵を悪魔のように描いた張り紙が貼られた。だが同時に、民衆は声を上げ始める。

「私たちを救うのはミア様だ!」

「布の数じゃない、希望をくれるのはあの服だ!」

 王都は揺れていた。服を巡る価値観の戦いは、ついに国全体の価値観を変える革命の様相を帯び始めていたのだ。そんな中、私はひとりの人物に呼び出された。リュシアンだ。彼は美しい庭園で私を待っていた。

「君の針は、本当に王都を揺るがしている」

「当然ですわ」

 私は胸を張って答える。だが、リュシアンは鋭い眼差しで続けた。

「だが、このままでは君は殺される。……俺と組め。組合の後継者としての立場を使い、

君を守ろう」

 思わず息を呑んだ。彼の言葉は誘惑のように甘く、同時に冷たかった。

「リュシアン。あなたは私を信じてくださるの?」

「信じる。……だが俺はオルガのように“隣に立ちたい”のではない。君をこの手で守る騎士になりたい」

 心臓が跳ねた。危うさと甘美さの入り混じる告白。私は答えられず、ただ視線を逸らした。

 その夜、オルガが問いかけてきた。

「ミア、あの男に心を揺らがされていないか?」

「そんなことはないわ! 私は革命のことだけを考えているの」

 強気に答える。だが胸の奥では二人の影が揺れていた。──真っ直ぐに支えてくれるオルガ。危うくも魅惑的なリュシアン。恋の火種が革命の炎の中でさらに燃え広がろうとしていた。

 そして決定的な事件が起こる。翌日、天気はカラッと乾いていた。私は朝の運動を終えて、いつも通り工房へ戻った。ただいつもと違ったのは遠巻きに見ても攻防が見えないほどのたくさんの人、そして大声で叫ぶ者までいた。ただならぬ気配を感じ、私は走り出した。……まさか、私の工房に何かあった⁉

「ちょ、ちょっと通してもらえますか? ここは私の工房ですっ」

 そうして人をかき分けた先、私の目の前に現れたのは――真っ赤に燃える私の工房だった。火が放たれたのだ。燃え上がる炎の中、私は布の山を必死で抱え出した。

「ミア! 危ない!」

 オルガが飛び込み、私を抱き寄せる。熱と煙にむせびながら私は叫んだ。不思議なことに涙は一滴も出なかった。絶望や悲しみ、怒りの前に果てしない悔しさがあった。

「……この程度で諦めると思ってるの⁉ 残念だけどこんな事では倒れないわ。私を誰だと思っているの? 私はミアよ! 何度でも作り直すわ。美は焼かれようと、決して滅びないんだから!」

 炎の向こう、黒幕の影が嘲笑しているのが見えた。革命はついに命を賭ける戦いへと突入したのだった。炎に包まれた工房は灰と化した。周囲は鼻を痛めるほどの焦げ臭いにおいに包まれている。けれど私は針を捨てなかった。焼け跡の中からまだ使える糸や布切れを拾い集め、煤にまみれた指で糸を撚り直す。

「ゼロからまたやり直すしかないようね」

 燃え残った布は小さな切れ端ばかり。だが私はその一枚一枚を抱き締めるように集めた。灰の中でも布は命のように温かかった。

 その夜、王都の広場に庶民が集まった。

「ミア様の工房が?」

「俺たちの希望を燃やすなんて。あいつらのやることは下劣で卑怯だ。もう組合は許せない!」

 怒りと悲しみの声が渦巻く。だが私は人々を前に立ち、静かに微笑んだ。

「お集りの皆さま。工房は失われましたが、希望は燃え尽きておりません。むしろ、今こそお見せいたします。──布一枚で人はここまで変われるのだと!」

 私は即席の舞台を作り、集めた布切れを組み合わせ、即興で服を仕立てていった。子どもには動きやすい遊び着を、老人には軽く羽織れる膝掛けを、若者には華やかさを秘めた外套を。一針通すごとに人々の瞳が潤み、ざわめきが歓声へと変わっていく。

「すごいぞ」

「切れ端でもこんなに見事に」

「俺たち庶民のための服だ!」

 その時、一人の少女が舞台に駆け寄った。リナだった。布祭で私の服を纏い、初めて笑顔を取り戻した少女。

「お姉ちゃん――ミア様」

「……お姉ちゃんでいいのよ?」

 彼女は震える声で言った。

「私ね、今日もこの服で学校に行ったの。みんなに笑われるかと思った。だって人と違うから。でもね先生が、みんなが『すごくきれいだ』って言ってくれて」

 涙を滲ませる少女の姿に人々がどっと涙ぐむ。私はそっと彼女を抱き締めた。

「あなたが笑っていられるなら、それこそが私の革命の証なのよ、リナ」

 広場全体が拍手と歓声に包まれた。まるで夜空に星が瞬くように、人々の目が輝いていた。だがその喝采をかき消すように鋭い声が響いた。

「──異端だ!」

 黒衣の衛兵たちが広場に踏み込んできた。人々が悲鳴を上げ、リナが怯えて私にしがみつく。

「ミア、お前は秩序を乱し、反逆を扇動した。これは重罪に値する。捕らえよ!」

「来たわね……!」

 私は震えるリナの頭を撫で、彼女をオルガに託すと舞台の中央に立った。

「民衆を救う服を作ったことが罪なら──喜んでその罪を背負います! けれどこの服が生んだ笑顔を誰にも踏みにじらせはしません」

 人々の中から声が上がった。

「ミア様を連れて行かせるな!」

「彼女は俺たちを救ってくれたんだ!」

 庶民たちが前に出て、私を守るように立ち塞がる。衛兵が戸惑い、隊列が乱れる。そのとき、リュシアンが姿を現した。月光に照らされ、彼の布は銀色に輝いていた。

「彼女に触れるな。……ここで彼女を捕らえれば、この国そのものが崩れる」

 衛兵が一斉に動きを止める。リュシアンは私に目を向け、低く囁いた。

「君はどうやら僕の想像を超えていたみたいだね。面白い女、ぼくは好きだよ」

 少し照れた私を囲うように広場は涙と喝采に包まれた。そこで私は針を掲げ、声を張り上げた。

「服は人を縛る鎖ではなく、自由を与える翼です! この夜をもって、私は異世界ファッション革命の旗を掲げます!」

 歓声が爆発し、王都に炎のような希望が燃え広がった。けれどその陰で黒幕は冷ややかに囁いた。

「面倒くさい奴め。所詮一人の庶民娘だと思っていたが。……民の心を奪ったか。ならば次はその命を奪うまでだ」

 闇の中でうごめく陰謀が私の未来を狙っていた。

 広場での喝采の翌日、王都の空気は一変した。庶民たちはこぞって布を工夫し、重ね着をやめる者まで現れた。動きやすいや誇らしいと笑う声が街角に溢れる。だが布商組合にとっては“革命の炎”にほかならない。その夜から私の命は狙われるようになった。

 夜半。月明かりだけが差し込む宿舎の廊下を、影が滑るように進んでいた。オルガが気配を察し、剣を抜く。

「誰だ!」

 瞬間、黒布を纏った暗殺者が飛び出し、私の胸を狙って刃を振り下ろした。

「ミアッ!」

 オルガが私を突き飛ばし、刃を受け止める。火花が散り、鋭い金属音が夜に響いた。

「邪魔をするな、仮面役人が!」

 暗殺者の刃がオルガの肩を切り裂き、赤い血が飛び散る。

「オルガ──っ!」

 私は震える手で針を握った。布と糸しかない。けれどこれが私の唯一の武器。私は咄嗟に布を広げ、暗殺者の視界に投げ込んだ。布は風を受けて宙を舞い、月明かりに揺れる。刹那、オルガが隙を突いて暗殺者を突き飛ばした。

「ぐッ!」

 暗殺者は低い唸りを残して闇へと消えていった。私はオルガの血を押さえながら、唇を震わせた。

「どうして、どうしてなの? この間も怪我を負ったばかりで。どうして命を懸けてまで私を助けてくれるの……!」

「そんなものは決まってるだろ」

 彼は苦痛に顔を歪めながらも、真っ直ぐに言った。

「俺は君が、この世界を変えるところを見たいんだ。だから……革命の姫を絶対に殺させたりなんてしない」

 胸に熱いものが込み上げ、涙が滲んだ。私は必死に首を振る。

「私は守られてばかり。だけどこのままでは終わらせない。必ずこの命を美のために使ってみせるから」

 そこへ現れたのはリュシアンだった。月光を背に立ち、冷ややかに告げる。

「やはり狙われたか。彼らはもう遠慮しないだろう」

 私は睨みつけた。

「あなたは……黒幕の側につくのですか?」

 リュシアンは少しの間沈黙した後、微笑んだ。

「俺はこう見えても組合の後継者だ。だが君を見ていると、何が正しいのかわからなくなるんだよ」

 その瞳は氷のように冷たいのに、どこか苦しげでもあった。暗殺者の刃。オルガの流した血。リュシアンの揺れる視線。全てが私を試していた。私は針を握り直し、はっきりと宣言した。

「何度狙われようとも、私は立ち続ける。布一枚で人を救えると証明するために」

 その声は夜空に響き渡り、月光さえ震わせるようだった。

 翌朝、私は王都の中央広場に立ち、民衆に語りかけた。

「私は昨日、命を狙われました。けれどそれでも──針を置くことはいたしません。この手が動く限り、皆さまを包む服を作り続けます!」

 人々の瞳が潤み、やがて喝采が沸き起こった。

「ミア様! 俺たちはあなたを守る!」

「一枚の布で未来を変えてくださいっ」

 その声が、私の胸を震わせた。……あぁ、革命はもう私一人のものじゃないんだ。信じてくれる人がこんなにも増えたんだ。

 民衆全てが共に歩むものへと変わりつつあった。私は燃え残った薪の香りと煤の匂いを胸に抱えながら決めた。ただ作るだけの時代は終わった。これからは民が自ら手を動かし、互いの顔に笑みを取り戻す──そのための場所が必要だ。王都の片隅、石畳の一本裏道にある壊れかけの倉庫。窓枠は虫に食われ、扉は古い鉄の鎖で止められている。だが、私はそこを見つめ、はっきりと思った。

「ここを新たな革命の工房にします」

 バーチェは最初、鼻で笑った。

「またかよ。お嬢、あんたの熱意は火事と同じだな。燃えやすいけど一度燃えたら後が大変だぞ」

 オルガはただ黙って頷いた。手のひらには、昨夜の戦いでできた浅い傷がまだ残っている。

「いいんだ。俺は手伝う。君のそばにいるって言っただろ」

 リュシアンはその場にいなかった。彼は組合の中枢に影響力を持つ身分だ。援助は期待できない。だが彼が私を見守っている──その事実さえ、私には力になった。

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