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また大会⁉-王都最大の黄金布杯開幕!-

 翌朝、私たちの部屋にリュシアンが訪ねてきた。金糸の布をさらりと纏い、冷ややかな笑みを浮かべている。

「昨夜の君は素晴らしかった。……だが、君が本当にこの王都を変えられると思うか?」

「当然です」

 私は即答する。リュシアンは少し口元を上げた。

「ならば証明してみろ。君を試す場を新たに用意しよう。三日後、王都一の仕立て大会──“黄金布杯”に出場してもらう」

 バーチェが舌打ちする。

「まーた大会かい! あんたら、ほんとに人を試すのが好きだねぇ!」

 だが、リュシアンの瞳は冗談ではなかった。

「そこで勝てば、布商組合の目を真正面から釘付けにできる。負ければ……君の革命は志半ば終わることになる」

「や、やります! そこで革命を終わらせたりはしません」

 その夜、アトリエで私は針を握りしめていた。“黄金布杯”。王都の精鋭仕立て屋が一堂に会する大舞台。昨日の布祭よりも遥かに過酷な戦いになる。

「……私、怖いの?」

 誰にも聞こえない声で呟く。胸の奥に生まれる不安。完璧でなければ存在を許されなかった過去の私が顔を出そうとする。

「怖いときは……俺がそばにいる」

 不意に声がして振り返るとオルガが立っていた。彼は真剣な瞳で続けた。

「ミア、君は一人じゃない。リナの笑顔も、村の人たちも、バーチェも、俺も……みんな君を信じてる」

「……オルガ」

 胸に迫るものがあり、私は思わず目を伏せた。涙なんて弱さの象徴だから見せられない。それでもこぼれそうになる感情を必死に押し込めた。

「ありがとう。けれど泣くのは勝ってからのうれし涙じゃないといけないから」

 そこから一週間、私は自分をさらに追い込んだ。朝は走り込み、昼は布を織り、夜は美容の薬草を試す。倒れそうになっても、立ち上がり続けた。

「美は……努力の果実!」

 爪が割れ、指に血が滲んでも、私は針を止めなかった。

 ──そして、大会当日。黄金の垂れ幕が舞い、観客席が埋め尽くされた大広間。舞台に立つ仕立て屋たちの中に、私の姿もあった。

「ミア。その異端の針がどこまで通用するか、見届けてやろう」

 布商組合の長老が低く告げる。私は胸を張り、針を掲げた。

「必ず証明してみせます。美こそが人を輝かせる唯一の力であると!」

 背後ではリュシアンが静かに微笑んでいた。氷と炎を湛えたその瞳は、味方なのか敵なのか、まだ測れない。オルガの視線も私の背に注がれている。揺れる想いと、揺るがぬ決意。革命の針が再び時代を縫い始めようとしていた。

 黄金布杯、それは王都最大の仕立て大会。広間に足を踏み入れた瞬間、私は思わず息を呑んだ。天井には幾百もの布が垂らされ、光を浴びて黄金に輝いている。壁際には巨大な鏡が並び、そこに映るのは緊張に顔を強張らせた仕立て屋たち。観客席には貴族や布商が居並び、庶民ですら憧れと好奇の入り混じった目でこちらを見下ろしていた。

「これが……黄金布杯。レベルというか、気合の入り方が違うというか」

 布そのものが宝石のように扱われる異様な空間。会場の空気は熱狂というより、むしろ処刑場のような緊張を孕んでいた。そこで開幕の火ぶたを切るように司会役の老仕立て師が声を張り上げる。

「集えし布の勇者たちよ! 本日、この場で最も美しき服を生み出す者こそ、真の仕立て師と称えられる!」

 拍手が鳴り響き、舞台に立つ仕立て屋たちの眼差しは鋭さを増した。私もその一人として針を握りしめる。──けれど胸の奥には不穏なざわめきがあった。

「……ミア」

 オルガの声が耳に届く。控え席の片隅で彼は不安げにこちらを見ていた。

「大丈夫。私はやれるから」

 強気に言い切る。だが内心ではまたあの感覚がうずいていた。完璧でなければならない。そんな幼い頃に叩き込まれた呪いが耳の奥で囁いていた。

 ついに第一課題が発表された。

「課題は──“舞踏会用の衣”。与えられるのは布一枚、時間は二刻!」

 観客がざわめき、仕立て屋たちが一斉に動き出す。私は布を広げ、深呼吸した。舞踏会。王都の美を象徴する場をたった一枚の布で表現しろというのだ。針を動かす私の手が震えていた。失敗は許されない……完璧でなくては、そう完璧でなくては。

 頭の中で過去の声が木霊してきた。――常に美しくあれ、体重を増やすな、理想の存在であり続けろ。父と母の叱責。幼い日の涙。それが蘇り、胸を締め付ける。

「違う」

 私は針を止め、強く目を閉じた。かつての私ならこの声に押し潰されただろう。けれど今は違う。リナの笑顔が浮かぶ。布祭で服を纏い、舞台で輝いた少女。

「彼女は……私の服で変われたのよ。それに今は私を信じてくれる仲間もいる。私は一人ではないの」

 その確信が心に灯をともした。私は針を取り直し、布を折り、縫い始めた。余分なものを削ぎ落とし、動きやすさを重視する。布の端をギャザーで寄せ、裾に流れる曲線を生み出す。

「これは舞踏のための服。人が軽やかに美しく踊るためのもの」

 観客席から見下ろす視線を、もう恐れはしなかった。隣の仕立て屋は豪華な刺繍を施し、別の仕立て屋は宝石を縫い込もうとしている。だが私の布はただ一枚。その潔さと工夫だけで勝負する。針先が布を貫くたび、心の中の呪いが少しずつ解けていくようだった。制限時間が迫り、私は仕上げの糸を結んだ。布一枚から生まれたドレスは淡い花弁のように広がり、舞うための軽やかさを秘めていた。

「できました」

 汗が額を流れ落ちる。だが、胸の奥にあるのは達成感だった。審査の番が巡り、モデルに着せた衣装を舞台に送り出す。観客の視線が集中し、空気が張り詰めた。……見なさい、そこにあるのは私のすべてよ。

「なんだ、これは⁉」

「布一枚だとは信じられん!」

 驚愕と感嘆が交錯する。その瞬間、私ははっきりと感じた。この針は、確かに人を変える力を持っている。だが審査員席の奥。布商組合の長老たちは険しい目で私を睨みつけていた。その視線には明らかな敵意が宿っていた。

「……やはり。勝つだけでは終わらない」

 私は心の中で呟き、次なる試練を覚悟した。黄金布杯は、まだ始まったばかりなのだから。黄金布杯、第一課題を終えた後も観客のざわめきは収まらず、広間全体が熱を帯びていた。布一枚のドレスが放った衝撃は、誰もが予想していなかったものだったのだ。だが、審査員席の布商組合の面々は、頑なに口を閉ざしていた。その沈黙は、不吉な圧力となって私の背を押し潰そうとする。

「……あの目。まるで処刑を待つかのような目ね」

 私は針を握りしめ、心の中で呟いた。老司会者が杖を鳴らした。

「次なる課題を告げる! 二課題目──『日常着』!」

 会場がざわつく。舞踏会衣装に続いて、今度は日常着。貴族も庶民も必ず身につける“生活に根ざす服”をどう仕立てるか。デザイン性や独創性が試される。

「日常着……」

 私は思わずつぶやいた。舞踏会衣装のように人を飾る華やかさは要らない。必要なのは実用性と親しみ。この国では軽んじられてきた要素こそが今ここで問われるのだ。

布が一斉に配られた。分厚い粗布は扱いが難しく、色もくすんでいる。貴族たちが嫌悪の声を上げる。

「なんだこの布は! 擦れると赤くなりそうだ!」

「これでは家畜の覆い布と同じではないか!」

 だが私は静かに笑みを浮かべた。

「ふふっ。試されているのはここからのようね」

 ふと隣の仕立て台に立つライバルが目に入った。彼の名はアーレン。王都の下町で腕を磨いた青年仕立て屋で、庶民出身ながら黄金布杯に選ばれた実力者だ。彼の手は震えていた。

「くそぉ。こんな粗布で俺はどうしろっていうんだ!」

 苛立ちを隠せず、針を布に突き立てる。だが縫い目は歪み、糸はすぐに絡まった。私はその姿に過去の自分を見た。完璧を求めて空回りし、仲間と対立して自己嫌悪に陥っていた頃の自分を。……本当にそっくり。あの頃の私も物に当たったりしていた。

「アーレン」

 そんな彼に思わず声をかけていた。

「は……お前はミア? 茶化しに来たのか? 邪魔をするな!」

「この布は、粗末でも人を守れる布なの。あなたもそれをきっと知っているはず。記憶の中に確かにあるはずよ」

 アーレンは一瞬目を見開いた。だがすぐに唇を噛み黙り込む。私はそれ以上言わず、針を進めた。粗布のざらつきを生かし、摩擦に強い作業着へと仕立てる。膝や肘に補強を入れ、動きやすさを重視する。さらに自分らしさを追求して、襟元にわずかな刺繍を施し、実用の中に美を忍ばせた。

「日常にこそ美は宿るの」

 針先が走るたび、胸の奥に熱が広がっていった。制限時間が迫る。私は仕立てを終え、モデルに着せて舞台に立たせた。──その瞬間、観客が息を呑んだ。ごく普通の青年が、たった一枚の粗布で“堂々と働く人”に変わっていたのだ。農夫にも、職人にも、兵士にも通じる力強さ。粗末さを逆手に取った衣装は観客の心を揺さぶった。

「働く姿が美しいと感じる日が来るとは」

「日常着なのに……胸が熱くなる!」

 ふと横を見ると、アーレンの布もまた見事に形を変えていた。彼は歪んだ縫い目を一からやり直し、最後には涙を拭いながら仕立てていたのだ。モデルは粗布を使った、母親のエプロン姿を表現していた。

「これは……俺の母さんの」

 小さな声でそう呟くアーレンの瞳は、子どものように澄んでいた。観客席からは、すすり泣きすら聞こえてきた。審査が終わった後、彼は私に向かって深く頭を下げた。

「ありがとう。お前の言葉がなければ、俺は途中で投げ出していた」

「礼など不要よ。人を変えるのは服ではなく──それを纏う想い。私はそれをただ思い出させるヒントを与えただけだもの」

 二課題目の終わり。観客の熱気は最高潮に達し、黄金布杯は新たな伝説を刻み始めていた。だが同時に、組合の長老たちの顔はますます険しさを増していた。彼らは明らかに私の存在を“脅威”と見なし始めていたのだ。

「……来てしまうのね。次こそ本当の試練が」

 私は唇を結び、次の針に指をかけた。

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