謎のミゾラマリー
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、最近ちゃんと眠れているだろうか。
睡眠不足は様々な不調を身体にもたらすが、幻覚などもそのひとつとされる。実際にあるものを別のものに感じたり、そもそもその場にないものをあるように認識してしまったり……。
これも睡眠が足らないことにより、夢という形で行うことができていない記憶の整理を、起きながらに行っているというなら、少し分かる気がしなくもない。頭のマルチタスクだ。
マルチタスクそのものに向き不向きはあるだろうが、うっかり別のことと別のことの境界がごちゃ混ぜになって、見当違いなことを書くヒューマンエラーもあるだろう。たいていはバックスペースキーなどでケリがつくも、現実はそうはいかない。
なにも、ないはずのものをあると思うばかりじゃない。分からないはずのものを分かってしまう、というのもこの作用によるものではないか、と私は思っている。
今朝に、ふとずっと昔のことを夢で見てね。印象に残っているできごとだから、現在でもよく覚えているものだったよ。ちょっと、その話を聞いてみないかい?
あれは小学校低学年のときだった。
夏休みギリギリに宿題を終え、残り少ない休み時間を謳歌していた私は、ちょっと遠出をしようと最寄りの駅に来ていた。
ホームに人は少ないが、線路をはさんで向かいに2人、お客らしい女子学生の二人がいる。どうやら友達らしく、会話内容は聞こえないが談笑している風だった。
最寄り駅は小さめなところで、照り付ける日差しに対して簡易的なトタン屋根があるのみ。線路上は屋根がないから角度によっては日が差し込んで影ができる。
今はその2人の女子学生がもろに日を浴びる格好になっていた。夏の終わりということもあり、一時期より照り付けは強くない。むしろ、吹く風によって涼しいくらいだ。
長袖の2人は日陰へ移動することなく、立ったままおしゃべりをしていたのだが。
問題は背後だ。
2人のおしゃべりする背後は、跨線橋の階段とホームを隔てる壁面がそびえ、2人の影もまたそこに張り付いている。
その2人の影の間、ちょうど真ん中あたりの中空の壁面に、こぶし大ほどの大きさの影が浮かんでいた。問題はその影の源となるだろう物体が、こちら側には存在しないということだ。
――ミゾラマリーだ。
そのとき、私の頭はひょいとその単語を思い浮かべた。ぽつりと口にも出してしまう。
それが何を意味するのか、そいつの名前なのか。このときの私には判断がつかなかった。観察しようにもミゾラマリーはすぐさま姿を消してしまい、私の待っている電車がきてしまったものだから。
例の2人はまだおしゃべりをしていたが、ミゾラマリーの不在以外に何かが違っているような気がした。けれども、このときの私はそれを追求できずにいたんだ。
遠出を楽しむはずが、私は先ほどのミゾラマリーのことが頭から離れずにいた。
いったい、どこで私はそのような言葉とイメージを持ったのだろう。さほど細かい出来事は覚えていない私だが、なんとかほじくり返そうとするも、帰りの電車までは思いつかず。
その電車の中、たまたま座席に座れたときに誘われた浅い眠りによって、私はふとミゾラマリーと出会った。
それはまるで映画のワンシーンのようだった。
木製の小屋の中、ひとりの少女が椅子に縛り付けられている。床の木材は汚れたり小さく穴が空いたり、年季が入っているのが分かった。
そして、その女の子の前に対するはひと目で分かる半人半獣の狼男だ。
人の服を着て、靴や手袋もしっかり身に着け、完全にさらしている狼の頭以外には肌を見せない隠ぺいぶりだ。
赤ずきんの話は、すでに知っている。振り返ってみても、私の脳が勝手に整理したために生まれた1シーン、と思ったが。
――ミゾラマリーだ。
その2人の影が、テーブルに置いてあるロウソクの火によって、私の向かいの壁に映し出された両者の影。
その狼の背後の空間に、あのミゾラマリーのこぶし大の影が浮かんでいたんだ。
2人はその存在に気付いている様子はなく、いよいよ狼がその大口を開けて、赤ずきんを一飲みにせんとしたとき。
ミゾラマリーの影が、動いた。
こぶし大の影が、狼の影の頭部をひとなでしたとたん、狼の頭頂から肩あたりがごっそり消えた。
が、それは一瞬のこと。直後に私は新たに現れた肩より上を見る。
メガネをかけた老婆の姿だ。背こそ女性にしてはかなり高いが、そのしわの多い顔に柔和な笑みを浮かべ、後ろで髪をまとめた姿は先の狼と似ても似つかない。
ミゾラマリーはいつの間にか消えており、老婆は縛られた赤ずきんへ手を伸ばす……といったところで、目を覚ましたんだ。
ミゾラマリー。
ぽつりとつぶやいたところで、車両内のアナウンスが私の最寄り駅の名を告げて、ぱっと席を立ったがふと思いついた。
先ほど見た夢の一幕。それがミゾラマリーのもたらすことならば。
降り立ったホーム。彼女たちはまだ、そこにいた。数時間が過ぎた、いまでも。
帰りゆえ、今度は彼女たちの立つ側のホームに降りる。彼女らの声は聞こえこそしたが、何を話しているかは分からなかった。私の理解できない言語だったからだ。
それだけなら、まだ外国の人という線もあるが、私は電車に乗ったときに感じた違和感の正体に気づく。
当初見たときの長袖が、服の生地などはそのままに双方、肩出しのファッションになっていたのだから。