◆第7話『亡き母の記録と、“王家に葬られた日”』
王都ヴェルセリク、王宮地下第三層。
陽の届かぬこの場所は、宮廷魔術師と一部の高位貴族しか立ち入ることを許されぬ“禁区”だった。
石造りの空間には、時間が固まったような静寂が流れている。
重厚な魔封の扉を抜けた先にあるのは、王家の“秘史”と“抹消された記録”が眠る――《封印図書館》。
「……来てくれたか」
セシリアの前に立っていたのは、年老いた文官。
その名を、ヴァロック=エンデ。
王家に三代仕えたという古老であり、かつてセシリアの母に“側近として仕えていた”唯一の生き証人だった。
「時間が惜しい。手短に頼むわ」
「……君の母、カタリナ=フォン=リーヴェルト侯爵夫人について、どれほど知っている?」
「“病で亡くなった”と、そう教えられたわ。医師の診断書も、遺体も確かに確認された、と」
「それは“事実”だ。だが、“真実”ではない」
セシリアの眉が僅かに動く。
「……話して」
ヴァロックは静かに一冊の書を取り出した。
それは、表紙も題名もないただの手記。
だが、その中には確かに──彼女の知らぬ“母の声”が残されていた。
•
『この子には、真実を残せない。
けれど、もし未来でこの言葉を読んでくれているのなら──
あなたには“選ぶ力”があると信じている。
私は、王家の血を守るために“嘘”を選んだ。
でも、あなたにはそれを超えてほしい。』
『私は王の妾ではなかった。
彼は、私を“正式な妃”にしようとした。
だが、それを拒んだのはこの国の“枢密院”だった。
建国の偽りが露見することを恐れた彼らが下した判断は──
私とお腹の子を“宮廷から排除する”ことだった』
「……なんですって?」
セシリアの手が震える。
頁の文字が、火のように心を灼いていく。
「君の母君は、“正妃になること”を拒まれたのではない。
“王妃として迎えられかけていた”存在だった。
そして、そのときすでに……君が、王の“娘”であることも、事実だったのだ」
「……待って。それって、私は──」
「君は、王家の血を引いている。正確には、“前王とカタリナ夫人の間に生まれた、実の娘”。
だが、それは国にとって“都合が悪かった”。
建国の血統が偽りであると証明する“生きた証拠”が、君なのだ」
世界が、静かに音を変えた。
この国の王位継承は、純血を絶対とする。
だがその血が偽りであったとしたら──
そして、その真実を証明できる存在が、“自分自身”だったとしたら。
「……冗談、じゃないわよね」
「冗談で済むなら、我々は“葬らなかった”。
カタリナ夫人は、“毒”によって、静かに命を落とされた。
公式には病死。だが真実は、記録の隅に隠されたままだ」
セシリアは目を閉じる。
冷たい。
心が、呼吸を忘れたように凍りつく。
だがそれでも、彼女はすぐに眼を開いた。
その瞳は、もう迷っていなかった。
「つまり、私は“王の娘”として生まれながら、
“侯爵家の娘”として嘘を継がされた……。
そしてその嘘を隠すために、母は殺された」
「君がその記録を読んだ今、もはや後戻りはできん。
この真実を口にすれば、君自身が“玉座の争い”に巻き込まれる」
セシリアは、ゆっくりと一歩踏み出す。
「いいわ。
どのみち私は“探偵”で、“法を裁く目”を持つ者。
ならば、真実の前に立ちすくむ理由なんてない」
そして、最後のページ。
母の手記には、こう綴られていた。
『セシリアへ。
私は、あなたが“真実を語る者”になってくれることを、願っています。
たとえそれが、国を揺るがす真実だったとしても。』
•
その夜。
書庫から戻ったセシリアを、王宮の廊下でレオンが出迎えた。
「……顔が変わったな。何があった?」
セシリアは、数秒だけ迷い──
「王家の人間が言うの? “何があった”なんて」
その声音に、レオンはわずかに目を見開いた。
「……知ったんだな。君自身の出自を」
「ええ。まさか、自分が“もうひとりの王の娘”だったなんてね。
どうりで、この世界に呼ばれた気がしたわけだわ」
皮肉混じりの声の裏で、胸が静かに波打つ。
過去が変わったわけじゃない。母はもういない。
だが――
「これで、はっきりしたわ。
わたしの人生は、誰かに“書かれた物語”じゃない。
自分で書き直すために、この世界に来たのよ」
セシリアはゆっくりとレオンを見た。
「レオン。協力して。
王家に巣食う“偽り”を、すべて暴くために」
レオンは、少しだけ黙ってから。
「……なら君に、もう一つだけ教えよう。
“玉座を望まぬ王子”と“王の血を継いだ探偵”が手を組めば、
次に狙われるのは、“君”自身だ」
「ええ。そうなると思ってた」
その瞬間、ふたりの目が確かに重なった。
共犯者の目であり、
戦友の目であり、
もしかしたら――運命の何かが、静かに揺れた夜だった。
(つづく)
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