◆第5話『偽りの毒と、語られぬ過去』
夜の王宮は、昼の喧騒とはまるで別世界だった。
静けさは緊張の裏返しであり、
柔らかく灯された魔石のランプが、薄暗い廊下に揺れる影を落としていた。
「……やはり、貴族の厨房は規律が厳しいわね。
使用人の立ち入り記録、魔力の痕跡、全てが“帳尻”を合わせたように整っている。整いすぎているわ」
セシリアは厨房の隅に腰を下ろし、壁に背を預けた。
レオン王子も黙ってその隣に座る。
ふたりを照らすのは、卓上の小さな魔法灯のみ。
「まるで、“誰かの手”で跡を消されたように、完璧だった。
しかも毒は、王太子の皿に直接ではなく、厨房で使われた“銀製のレードル(柄杓)”に仕込まれていた。
その道具だけを使う料理──“特別献上スープ”にだけ、毒素が付着していたのよ」
レオンが頷く。
「兄上のスープは、調理責任者が直接よそっていたはずだ。つまり、そこにしか毒を仕込めない」
「そして、そのスープ……元々は、“あなた”の皿に配られる予定だったのよ」
レオンが息を呑む。
「……なんだと?」
「配膳直前で“配席の変更”があった。
正式な王家の式次第には、あなたが王太子の右隣、王妃候補の左隣に座る予定だった。
けれど、なぜか直前で“逆”になった」
セシリアは言う。
「つまりこの毒は、王太子狙いではない。“あなた”、レオン殿下を殺すために仕込まれたもの」
重く、沈黙が落ちる。
「……誰がそんなことを」
「それを調べるのが、私の仕事でしょう?」
セシリアの声は静かだが、どこか燃えるように冷たい。
「動機は明確。“継承権の調整”よ。
あなたを排除すれば、王位の行方は大きく変わる。
そして“毒”という選択肢は、暗殺者ではなく、もっと上品な“内通者”の犯行を示している」
王家内部に敵がいる。
それは、セシリアにとっても他人事ではない。
•
「……君は、本当に恐ろしいな。
まるで、すべての嘘を暴くことに“快楽”すら感じているようだ」
レオンの呟きに、セシリアは一度まばたきをしてから、視線を下ろした。
「……快楽、ね。そう見える?」
「少なくとも、君は誰にも頼らずに全てを見通しているように思える。
まるで、“自分を守るため”に人を見透かしているような……そんな印象を受ける」
その言葉に、セシリアの手が一瞬だけ止まる。
それは、鋭い洞察だった。
彼女の思考と判断は確かに優れていた。
だが、その根底には常に“疑い”と“防衛”があった。
「……人を信じるって、どうやってやるのか、よくわからないのよ」
ぽつりと、セシリアは口を開いた。
「前の世界では……“真白”という名前だった。
私は弁護士で、日々誰かの嘘と戦ってた。
浮気、裏切り、詐欺、殺意。
その中で、信じる価値がある人なんて、いなかった」
「……その世界で、何があった?」
静かな問いに、しばし沈黙が流れる。
やがてセシリアは、微笑んだ――哀しげに。
「婚約者に裏切られてね。
浮気されて、相手が妊娠して、逆ギレされて。
ああ、これはもう喜劇かって思ったわ。
それで、気づいたの。“愛”も“誓い”も、言葉だけだって」
レオンは、なぜか目を伏せなかった。
「……君が、この世界で“偽り”を憎む理由が、少しわかった気がする」
「憎んでないわ。見逃すつもりがないだけよ。
それが私の“仕事”だから」
彼女はふっと笑う。その笑みは、どこか孤独で、しかし芯の通った強さを秘めていた。
•
「この事件、追うつもりか?」
「もちろん」
「危険だぞ。君は王家に睨まれるかもしれない」
「……だったら、もっと面白くなりそうね」
レオンは苦笑する。
そして、彼はそっと呟いた。
「君のような女を、最初に知っていれば……
俺は、あんなくだらない“政略婚”なんて、選ばなかったのに」
その言葉に、セシリアは驚くこともせず、ただ静かに眼を伏せた。
――この世界では、まだ、信じていい人を知らない。
だが、もしかしたら。
この男だけは、少しだけ“違う”のかもしれない。
彼女の心の奥に、かすかな光が差し込んだ――
まるで、閉じかけた扉の隙間から、やさしい風が吹き込むように。
(つづく)
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