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◆第46話『北境、火蓋が落ちるとき――戦の序曲と王都の告発』




風が変わった。

それは天候ではなく、“軍の気配”が変わったという意味だった。


北境・ヴェルセリク王国北部。

王都から馬で十日、国境線を接するアルグノス峡谷の周辺には、朝露と同時に“軍旗”が翻った。


翻ったのは隣国〈ドルバルト公国〉の軍旗。

かつては友好関係にあったはずの小国が、なぜ今、武力をもってこの地に現れたのか――

それは、“ひとつの王妃の存在”を快く思わない者たちの策略だった。


**


「確認されたのは、歩兵二千、魔導兵三百、騎馬隊五百。

計二千八百余。正規軍というより、私兵に近い編成です」


王国軍情報官がそう告げたとき、

軍参謀室にいた将校たちは誰一人として顔色を変えなかった。

すでに王国は、数週間前から“動くべき兆候”を察知していたからだ。


「問題は……ドルバルトだけじゃないということだ」


そう呟いたのは、王国北方防衛軍総帥、《エルネスト=クロウ》。

セシリアとも過去に因縁のあるこの男は、いまや国家の盾そのものだった。


「西の砂漠諸侯連盟、南の湾岸都市同盟、

そして、東方の《ユリシア神政国》までもが動き始めている。

彼らは“ヴェルセリクの孤立”を望んでいる」


**


――何のために?


それは、王国が世界に先駆けて《真実を記録し、裁く体制》へ移行したから。

つまり、記録が「武器」になる世界を、彼らは恐れていたのだ。


「我々が掲げた“王妃による裁き”は、

かつての封建貴族にとって、毒よりも恐ろしい“改革”だった」


そう語ったのは、参謀次席・リク=ファーレン。

「記録を守る者」として王妃探偵局とも連携している有能な若者だった。


**


――そして同時刻、王都。


セシリアの元には、司法局から一通の報告書が届いていた。

それは、現在進行中の《毒混入事件》に関する内部告発だった。


《告発者:リィド=フレイヤ(元王宮文官)》

《内容:王妃付厨房係・管理官カスタ=ベルンが、“記録偽造”の疑いあり。

また、宮廷内に“記録上存在しない人物”を複数手引きしていた》


「やはり、まだ王宮内にいる……《記録を歪める者》が」


彼女は静かに椅子から立ち上がった。

“証拠”が出た今、王妃としての動き方はひとつ。


「ベルンを召喚して、尋問するわ。

王妃直轄司法権、行使する」


**


尋問室。

セシリアの前に現れたカスタ=ベルンは、痩身で神経質な顔立ちの男だった。

彼はセシリアの視線を正面から受け止めず、常に俯き加減で答える。


「記録など……所詮、紙と印です。

それで人の生死を裁くなど、思い上がりでは?」


「記録とは、証明の骨。証言とは、肉。

あなたがその肉を偽ったなら、骨が残る」


セシリアの声は冷ややかだった。


「あなたは、毒混入事件に関与した。

あなたの記録はすでに、あなたの同僚によって“告発”されています」


「……は、はは……記録が、記録を殺すのか」


「そう。だから私は、あなたに問うの。

誰が、あなたに“偽造”を命じた?」


ベルンは笑った。その口元には、微かな痙攣と焦燥。

だがその笑いは、やがて叫びに変わった。


「……我々を裁くな!

お前の正義は、外の戦争を招いただけだ!

記録に縛られた国が、いつか“真実の外”にいる者に殺される……!」


それは、まさに“旧体制”の断末魔だった。


「……私たちは、もう後戻りしないわ」


セシリアは、静かに告げた。


「真実は、記録によって証明される。

そして、その裁きは、王妃である私が受け持つ」


その瞳には、戦場にも劣らぬ凛然たる“意志”があった。


**


外では――

エルネスト率いる王国軍が、ついにアルグノス峡谷を封鎖。


内では――

セシリアが司法局と共に、旧貴族派による“記録改竄ネットワーク”を洗い出しはじめていた。


――すべては、《世界法廷》に立つために。


彼女は、国を内と外から正す必要がある。

愛のために、民のために。

そして何より、“自分が信じた真実”のために。


(つづく)



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