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◆第43話 『廊下の血と、嘘をついた侍女』




王城東棟。

控えの間へと続く長い廊下の中央に、点々と残る赤い滴があった。

それは花の露ではなく、決して拭い切れぬ“血の痕”だった。


そして――


「王妃付き侍女・アーシャ=クレイン、意識不明。

背後からの鈍打、出血、倒れていたところを庭師が発見しました」


報告するのは、調査局副長官・ミリアム。

セシリアが信頼を寄せる女副官であり、かつては《帝都粛清事件》でも共に動いた人物だ。


「……アーシャは嘘をついていた」


「え?」


「昨日の私の動向を“見ていない”と言った。

けれど彼女の部屋から、私の足取りを記した記録帳が見つかったの。

つまり、彼女は何者かに“私を監視するよう命じられていた”のよ」


**


セシリアは廊下にひざをつき、血痕の位置を一点ずつ見ていく。

視線の高さ、足跡の向き、滴る位置。

そこに“矛盾”があった。


「……おかしい。頭部からの出血にしては、血の広がりが浅い。

つまり、ここは“現場”じゃない。倒れたアーシャは、運ばれてきた」


「誰が?」


「それを今から探す。

ただし、ヒントはあるわ」


セシリアは懐から一枚の書状を取り出した。

それは数時間前、彼女の部屋に差し込まれていたものだ。


《女王陛下へ。

あなたの周囲には“正しい名を持たない者”がいます。

名が記録されない者は、記録を歪める者――

《名を持たぬ侍女》に、お気をつけください》


「……名前を持たない?」


思い当たる節があった。


セシリアの身辺には、王妃就任以降“選任された”侍女たちが十数名いた。

だが、記録上どうしても“出自が曖昧”な人物がひとりだけ存在する。

その名は――《フィーネ》。


アーシャの同期であり、常に後ろに控えていた慎ましい少女。


彼女の記録だけが、王妃調査局にも、王宮職員記録にも、一切存在しない。


**


「……ミリアム、フィーネを拘束して」


「はっ。しかし、正式記録には彼女の所属は……」


「だからよ。彼女が《偽名》で王宮に入り込んでいるなら――

それこそが、今回の《毒混入事件》と繋がる“内部犯行”の証明になる」


セシリアの中で、ひとつの疑念が確信に変わりつつあった。


そしてその確信を裏づけるように、地下階から“音”がした。


**


《ギィ……ガタンッ!》


「……これは!」


地下の《消された記録庫》――

その封印が、何者かによってこじ開けられた。


中にいたのは、仮面の少女と、もうひとり――


「ようこそ、王妃殿下。

ここがあなたの“過去”を閉じ込めた場所ですよ」


かつて王政改革以前に王宮を追われた、初代記録官《エリアス=ヴォルグ》。

死んだはずの男が、世界法廷の印章を掲げて立っていた。


**


「記録は、守るべきか?

それとも――燃やすべきか?」


それは、今まさに《世界法廷》から仕掛けられた“宣戦布告”だった。


(つづく)



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