◆第42話 『暗号文のスープ、沈黙する料理人』
王宮厨房。
そこは王家の舌を預かる、もっとも静謐で、もっとも清潔であるべき場所だった。
けれどその朝、そこに広がっていたのは……血のように赤いスープだった。
**
「……このスープ、まさか全部?」
セシリアはスプーンを手に取り、慎重に液体をすくい上げた。
トマトとベリーを使った朝の冷製スープ。だがその色味はどこか不自然だった。
軽く嗅ぎ取ると、わずかに金属臭。そして残された匙の縁には、微細な銀の粒。
「反応式の銀粉……。これは、ヒ素を検知するために誰かが仕込んでいた?」
誰かが毒を混ぜた――のではない。
“誰かが毒の存在を事前に察知し、検査しようとしていた”痕跡。
それはすなわち、王宮内部に「毒を疑っていた者」がいた証だった。
**
「……で、その“料理長”とやらは?」
セシリアの問いに、側近のレイ=アルディオスが短く答える。
「今朝未明から消息不明です。部屋には寝具の乱れもなく、荷物もそのまま」
「失踪か、拉致か、あるいは――口封じ」
セシリアの脳裏に、前夜レオンと交わした一言がよぎる。
『君の勘は、王国のどんな法よりも信頼できる』
信じてくれる人がいる。
けれど、信じるだけでは誰も救えないのが“証拠主義”の世界だ。
**
「レイ、この厨房で使われている食材の仕入れ記録、今日までの一週間分を。
あと、食材ごとの担当職人の名簿と、厨房補助係の通行記録」
「了解しました。あと……これを」
彼が差し出したのは、黒革のレシピ帳。
ページの端に、数行の手書きが記されていた。
《今日は赤いスープ。赤の中に真が隠れている。》
《もし私がいなくなったら、銀を探せ。銀が、赤の嘘を暴くだろう。》
《王妃殿下へ――すべての記録は、“消された記録庫”の中にあります。》
「料理長、ヴィエル=ノルディ。まさか彼も《記録派》だったとはね……」
料理人の中に潜んでいた“記録を守る者”。
セシリアは決意する。
厨房の毒と、その裏に仕組まれた陰謀。
それらを解く鍵は《消された記録庫》――
かつて王国によって封印された“閲覧不能な王政記録”の暗部にあった。
**
「では、潜りましょうか。
誰かが私を呼んでる。記録を見て、と」
「行くんですね、王妃殿下」
「……違うわ」
セシリアは微笑した。
「これは探偵の仕事よ。だから行くの、私が。――真白が」
伊月真白としての“記録と証明”が、再び王国を裁こうとしていた。
**
そして同時刻。
王都の外れ、辺境司教区にて――
「……王妃殿下が動いたか。
では、そろそろ我々も“第二段階”を始めるとしよう」
帽子を深くかぶった男が一言。
その隣、黒ずくめの修道服の少女が静かに頷いた。
「記録がすべてだと言うなら――
その記録自体を“燃やす”までのこと」
それは、《世界法廷》から送り込まれた“真の破壊者”たちの始動の合図だった。
(つづく)
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——
ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!
その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。
読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。
「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!
皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。




