◆第2話『毒入り紅茶事件と、笑わない探偵令嬢』
「この紅茶缶、普段からお嬢様が好んで飲まれているものでございます。昨日の晩に、侍女のミリアが整理していた際に、ふと気付いたそうでして……」
召使いの声は震えていた。
小刻みに揺れる手元には、確かに“紅茶缶”が置かれている。
蓋を開ければ、紅茶の香りの奥に、不自然な粉末状の白い粒子が混じっていた。
それは、確かに違和感のあるものだった。
──いや、違和感どころではない。
毒物。それもおそらく、摂取してすぐには死なない“遅効性”のものだ。
異世界に来てわずか二日目。
だが伊月真白――いや、いまやセシリア=フォン=リーヴェルトは、完全に“元の自分”の目を取り戻していた。
この異世界で目覚めた瞬間、彼女の脳裏には
侯爵令嬢としてのセシリアの記憶と、
現代日本での法廷に立った伊月真白の記憶が、
奇妙なほど自然に共存していた。
だからこそ、今目の前にある“状況”を、彼女は冷静に受け止めることができる。
「この粉、少し貸していただける?」
「は、はいっ!」
彼女は指先に手袋をはめ、そっと茶葉をすくう。
香り、粒子の質感、色、混ざり方……
まるで本物の鑑識班のように、その目は鋭く光る。
「これ、紅茶の底にだけ沈む性質があるわね。浮かずに溶けきらず、かといって香りにもほとんど影響を及ぼさない」
そして指先をそっと振ると、
毒入り茶葉と通常茶葉の比率が、缶の中でも偏っていることを見抜いた。
「これは……“缶の上の方”だけに混入されたもの。つまり──昨日、あるいは一昨日に仕込まれたばかり」
周囲の侍女たちがどよめく。
まるで、魔法のような推理。けれど、これはただの論理的思考だった。
「しかも――この茶葉、わたしが昨日の昼には自室で飲んでいたものよ。その時には、こんな味はしなかった」
つまり犯人は、それ以降の“誰か”。
セシリアは、ひとつずつ状況を整理していく。
状況証拠。動機。機会。そして矛盾。
現代の法廷では常識だった“犯行の三要素”が、
この貴族社会でもまったく通じることに、彼女は少しだけ内心で苦笑した。
「……怪しいのは、昨日、わたしの部屋の片付けに入った侍女たち。人数は?」
「え、えっと……私と、ミリアと、カレンの三人です……」
セシリアは、侍女たちの表情をひとりひとり観察した。
眉の動き、指の落ち着き、まばたきの頻度、視線の泳ぎ。
すべてが“嘘”を語っていた。
そして──
「ミリア。あなたね」
ビクリ、とひとりの少女が震える。
「な、なにを……っ!」
「昨日、ミリアだけがわたしの紅茶缶を直に触った。
その上、あなたの手には、微かに白い粉が残っている。
さっき缶を受け取るときに、その袖口が見えたのよ」
言い逃れは、できない。
ミリアは崩れるようにその場に膝をついた。
「お、お嬢様……違うんです……私、ただ……!」
「……金で雇われた?」
その問いに、ミリアは答えなかった。
けれど、その沈黙がすべてを物語っていた。
侯爵家を揺るがす陰謀が、水面下で動いている。
“令嬢”という立場では見えなかった敵が、
“探偵”という目で見ることで、浮かび上がってくる。
──だが、この事件はまだ“入口”にすぎない。
•
夜。
部屋のバルコニーから外を見下ろすと、王都ヴェルセリクの街灯りが幻想的に広がっていた。
セシリアはワインを片手に、書斎で“自分自身”と向き合っていた。
かつて、法廷で人を守り、時に罪を暴いた自分。
裏切りの果てに、ひとりになった自分。
そして今、異世界に来て“再び他者のために立ち上がる”自分。
「……皮肉ね。人の嘘に疲れて、逃げるようにこの世界へ来たはずなのに」
そしてまた、人の嘘を暴いている。
けれどそれでも、
彼女の心には“確かな熱”があった。
それは、あの日弁護士を志したあの頃のような、
人のために真実を照らしたいと願った、
まっすぐな情熱。
「──やってあげるわよ、この世界で。私のやり方で、全部暴いてやる」
彼女は静かに笑った。
その笑みは、まだぎこちない。
けれど確かに、“探偵としての令嬢”が、
この夜、産声を上げた瞬間だった。
(つづく)
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