◆第17話『地図にない村《ルーン》と、言葉を持たぬ少女』
王国歴813年。
王妃セシリアは、ほんのわずかな側近と共に、王都を抜け南西へと向かった。
表向きは“地方視察”。
だがその実態は――
《王家が隠した過去》と向き合う、極秘調査。
目的地は、かつての記録から消され、地図にも載っていない集落。
《ルーンの村》。
その名すら、現代の貴族たちは知らない。
だがセシリアは、前王の側近の遺した一通の手紙と、
密使の提供した“旧王族の地図断片”を照合し、
わずかな痕跡をたどってそこへ向かっていた。
•
「……空気が、違うわね」
馬車から降りたセシリアは、森の奥の集落を前にして足を止める。
草木が過剰に生い茂り、道も獣道のように朽ちていた。
だがその中に、明らかに“人が通っている形跡”がある。
それはつまり、誰かが、ここで今も暮らしているという証。
「王家の紋章を刻んだ石碑が、本当にこの先に?」
問いかけると、傍らの副官・ノエルが頷いた。
「はい。偵察班が確認済みです。ただ……村には“言葉を話せる者”がほとんどいないと」
「……何それ。文化的な理由?」
「それが……“呪い”とも、“処罰”とも……詳細はわかっておりません」
セシリアは眉をひそめる。
だが、彼女は躊躇せず一歩を踏み出した。
「なら、確かめるしかないわね。
ここが、“王家が抹消した過去”だというのなら」
•
村は――予想以上に静かだった。
民家と呼べる建物は少なく、ほとんどが土壁と木材で組まれた粗末な造り。
けれど生活の気配はある。
家畜の声、子どもたちの足音、そして鍋の煮える匂い。
けれど、誰ひとり――言葉を交わさない。
セシリアたちの存在に気づいても、彼らは視線だけを向け、口を開こうとはしなかった。
(これは……ただの“文化”じゃない)
沈黙という名の鎖。
それは村全体を覆う“空気”として、彼女の五感に訴えてくる。
そんな中、ひとりの少女がセシリアの前に現れた。
•
「……あなたは?」
セシリアが屈んで問いかけると、
少女はじっと彼女の目を見つめ――やがて、小さく口を開いた。
けれど、そこから発されたのは、声にならない息だった。
喉が震えるのに、音が出ない。
「……話せないの?」
セシリアが優しく問うと、少女はコクリと頷いた。
けれど――その目に、はっきりとした知性と感情が宿っていた。
(……伝えたいことがある)
セシリアは直感する。
「紙と、筆を」
部下が急いでそれらを差し出すと、少女は震える指先で文字を書きはじめた。
そして、こう綴った。
「“石の祠”に行って。すべての始まりは、そこにある」
•
村の奥、鬱蒼とした木々の中に、
たしかに“石の祠”があった。
その内部には、長い時を経て崩れかけた石碑。
そこに刻まれていたのは――
王家の双頭竜と、“第二の紋章”
それは、現王家には存在しない、もうひとつの王家の紋章だった。
セシリアは目を見開く。
「……二系統の王家? それとも、分家?
なぜこんな村に、それが……?」
さらに石碑の裏には、古代語でこう刻まれていた。
『この村は、罪を背負いし“誓約の血”を封ずる場所』
『真実を知る者よ、我らの罪を赦し、王に告げよ――』
その瞬間、背後から木の枝が“パキッ”と音を立てて折れた。
セシリアが振り向いた時――
そこにいたのは、漆黒の外套を纏い、金色の瞳を持つ“異邦の少年”。
そして彼の手には、
“言葉を奪う魔導具”と、セシリアを見据える鋭い殺気があった。
「王家の犬が、ここまで来たか――」
第二の事件は、すでに“始まっていた”。
(つづく)
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