◆第13話『王妃の夜に交わす、ふたりだけの誓い』
王宮の夜は、思ったよりも静かだった。
祝宴を終えた貴族たちはすでに帰路につき、
華やかだった大聖堂も、今はただ月光のもとに佇んでいる。
だがその奥――
王妃の間へと続く扉の先には、まだ灯りが消されていない部屋があった。
そこにいるのは、
白金のナイトドレスを纏ったセシリア=フォン=リーヴェルト。
そして、王の鎧を脱ぎ捨てたひとりの男――
レオン=ヴァルグレア。
•
「……思っていたより静かなのね、結婚式の夜って」
そう口にしたセシリアの声音は、珍しく“気が抜けて”いた。
儀式の中では一切見せなかった、やわらかな女の顔。
「慣れない環境に、さすがの探偵殿も緊張か?」
「ふふ、そうね。でも……」
ドレスの裾を整えながら、彼女はふと窓辺に立つ。
「こうしてふたりきりになって、ようやく実感が湧いたの。
……私、本当に“王妃”になったんだって」
窓の外には、王都の灯が海のように広がっていた。
その光を見つめながら、彼女はぽつりと続ける。
「今までは、“真実”のために立ってた。
誰かのために、証拠を掴んで、嘘を暴いて……
でも今は、それだけじゃない。
私は、この国の“顔”として、人と向き合わなきゃいけない」
「……怖いか?」
「ううん」
彼女は首を横に振る。
「でも、“頼れる相手”がいなければ、きっと潰れる。
だからレオン、これからも、隣にいてね。
王としてじゃなくて……“あなた”として」
その言葉に、レオンはゆっくりと立ち上がる。
彼女の背後から、そっと手を伸ばし、肩に触れる。
「俺は、ずっと君の隣にいる。
この国がどう変わっても、
君がどんな過去を持っていようとも。
……君が“君である限り”、それだけでいい」
静かな誓いだった。
でも、その響きは剣の誓いよりもずっと深く、確かだった。
•
やがて、ふたりはベッドの端に腰を下ろす。
衣擦れの音。蝋燭のかすかな火の揺らぎ。
世界が、ふたりだけのために静まっていた。
「……ねえ、レオン。ひとつだけ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「あなたは、私のどこを“信じて”くれたの?」
その問いに、彼は少しだけ考えるように、目を伏せて――
やがて、ゆっくりと答えた。
「君が、最初から“誰にも媚びなかった”ところ。
どれだけ孤独でも、どれだけ非難されても、
君は決して、自分の正義を曲げなかった」
「……」
「そんな人間は、そうそういない。
だから俺は、君に惹かれた。
そして、君を失いたくないと思った」
その答えに、セシリアの瞳がうっすらと潤む。
「……レオン。
ありがとう。
この国で、あなたに出会えてよかった」
ふたりの距離が、自然に近づいていく。
交わした唇は、穏やかで、温かくて、
どんな誓約よりも深く、心を繋ぎ合わせるものだった。
探偵令嬢と若き新王――
ふたりの未来が、今、重なった。
そしてこの夜は、
“過去から解き放たれた彼女”と、
“未来をともに歩む王”としての、
最初の夜だった。
(つづく)
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