◆第11話『ふたりの夜、真実と未来への誓い』
王都ヴェルセリク。新王即位から三日後の晩、王宮には穏やかな静けさが漂っていた。
正殿の喧騒は収まり、政治の整備はようやく動き出し、
混乱の終息とともに、街にはわずかずつ笑みが戻り始めていた。
けれど、王宮の一角だけは、いまだに言葉にならない沈黙を抱えていた。
──彼女の部屋に、王はまだ、来ていない。
•
「……ふぅ」
書き上げた報告書に封を施し、セシリア=フォン=リーヴェルトはひとつ息を吐いた。
王家の血を引く者として、また探偵として、彼女はあまりにも多くの真実を暴きすぎた。
レオンが王位を継いだ今、彼女が政から身を引くこともできた。
誰も彼女を責めはしない。
むしろ、功績を讃え、静かな退場を願う者すらいた。
──でも、それでいいの?
ふと、彼女の胸の奥が問いかけてくる。
あの夜、王太子としてではなく、“ひとりの男”として言われた言葉。
「君を必要としている」
その重みは、いまも心に残っている。
けれど、それでも彼女はまだ応えていない。
「……私から、“真実”を求めるだけじゃなくて、
あの人の言葉も、ちゃんと聞かないと」
そのとき、扉が叩かれた。
「セシリア」
聞き慣れた声。
でも、どこか躊躇いを帯びたそれは、
王としてではなく、かつて彼女と並び立っていた“ただの男”の声だった。
「……入って」
そっと返すと、静かに扉が開く。
入ってきたレオン=ヴァルグレアは、王衣ではなく、
かつての軍服姿だった。
「……今日は“王”じゃないのね」
「そうだ。今日は“レオン”として来た」
彼の手には、ひとつの小箱。
それを見て、セシリアはわずかに目を細めた。
「それ、まさか」
「まさか、だ」
•
「……セシリア」
レオンは、窓際に立つ彼女の前まで歩み寄り、
やがて、ぎこちないほど真っ直ぐな声で言った。
「君は、真実を恐れない人間だ。
過去にも、血にも、嘘にも屈しなかった。
だからこそ、俺は……君と未来を築きたいと思った」
彼の声は、静かで、そしてとても誠実だった。
「これは、“政略”ではない。
“責任”でもない。
ただ俺が、君と生きていたいと思ったから」
小箱が、開かれた。
中にあったのは、一輪の指輪。
王家の宝石ではなく、彼女の生まれたリーヴェルト家の紋章をあしらった、銀の細工。
「……君に選んでほしい。
“王妃”として、ではなく。
“セシリア”として、俺の傍にいる未来を」
その言葉に、セシリアの目が揺れた。
これまで彼女は、さまざまな人の“嘘”を暴いてきた。
真実を追い、敵を見抜き、正しさを守ってきた。
だけど――
“自分の想い”だけは、ずっと遠くに置き去りにしていた。
「……この国で、私が“王家の血”を持つことが知られたとき、
一番先に私を信じてくれたのは……あなたよね」
「そうだな」
「私を、“探偵”ではなく、“人間”として見てくれた。
だから……」
彼女は、小箱に手を伸ばす。
そして、その指輪を、そっと自分の左手に通した。
「……これが、私の答え。
王妃でも、弁護士でも、探偵でもなく。
ただの“セシリア”として、あなたの傍にいるわ」
レオンの目が、ふっと和らぐ。
「ありがとう。
これでようやく、君を“隣に呼べる”」
彼はその手を取り、
何も言わずにそっと唇を重ねた。
長い闘いの果てに掴んだ、
静かで、けれど確かな、ひとつの約束。
その夜、王宮の高窓には、柔らかな月が静かに差し込んでいた。
ふたりの影が、重なり合って、ひとつになるように。
(つづく)
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