進化
「第二波が来るぞ!」
副隊長ヴォルフの叫びが響く。
雷撃をまとった槍を受けてなお、黒獣王バロウは立ち上がる。
その巨体からは煙が立ち昇り、焦げた毛が剥がれ落ちるが、
致命傷にはなっていない。
むしろ——
「……こいつ、さっきより速くなってないか?」
騎士の一人が恐怖に震えながら呟いた。
雷撃の影響で神経が過敏になり、反応速度が向上した。
バロウの瞳がさらに鋭さを増し、今までとは違う気配を放つ。
それは狩りを本格的に開始する獣の目だった。
「——全員、備えろ!」
隊長グレンが吼えた瞬間、バロウが地を蹴る。
先ほどよりも圧倒的に速い動きで、目にも留まらぬ速度の突進。
騎士たちは盾を構えるが、まるで風を切るようにすり抜け——
ドガァンッ!!!
バロウは輸送隊の荷馬車の一つに体当たりした。
一瞬で木製の車体が粉砕され、中に積まれていた補給物資が宙を舞う。
「魔核じゃない……か。狙いを定めるつもりか?」
グレンが歯噛みする。
バロウはただやみくもに襲っているのではない。
どこに「最も価値のある獲物」があるのか、見極めようとしているのだ。
そして——
次の瞬間、バロウは明確に魔核を積んだ荷馬車を睨んだ。
「来る……!!!」
バロウの狙いは定まった。
黒い影が魔核の元へ跳ぶ。
「させるかァッ!!!」
副隊長ヴォルフが叫びながら、再び雷撃槍を投擲する。
しかし、今度はバロウも警戒していた。
身をひねるようにして、雷撃槍を避ける。
「クソッ、学習しやがったか!」
そして、次の瞬間——
バロウは空中で体をひねり、荷馬車に着地する寸前で、
その巨爪を振り下ろした。
「盾で防げェェェ!!!」
護衛の騎士たちが咄嗟に盾を構え、バロウの一撃を受け止める。
だが——
ギギギギギギ……!
盾が軋み、次々と砕けていく。
それほどの圧倒的な怪力。
「駄目だ、このままじゃ……!!」
その時だった。
「——炎槍、発射!」
突如、夜の闇を赤く染める巨大な火柱が立ち上がった。
炎をまとった巨大な槍がバロウの背中に突き刺さり、
一瞬、その動きが止まる。
「成功だ……!」
魔導士隊長のエリオットが胸をなでおろす。
彼が詠唱していたのは、
高密度の魔力を込めた火属性の魔槍だった。
しかし、すぐに事態は変わる。
バロウの体から立ち上る炎——
だが、バロウはそれをものともせずに振り返った。
背中の毛が、灼け焦げながらも硬質化し、炎を弾いていたのだ。
「防御能力が……上がっている?」
ヴォルフが驚愕する。
バロウは炎を浴びたことで、自らの防御をさらに強化していた。
雷で敏捷性を、炎で耐久性を向上させる——
この魔獣は、受けた攻撃を利用して成長している!?
「そんなバカな……! こいつ、戦いながら進化してやがる!」
それはまさしく「王」の力だった。
通常の魔獣ならば、攻撃を受ければ受けるほど弱っていく。
だが、この黒獣王バロウは、戦闘を通じてより強大な存在へと進化していく。
「こんなの……どうやって倒せばいい!?」
兵士たちの間に、恐怖が広がる。
その時——
「みんな、伏せろォッ!!!」
隊長グレンの怒声が響いた。
バロウが大きく口を開けた瞬間、空間が揺らぐ。
漆黒の魔力が凝縮し、圧縮され——
「——攻撃、くるぞ!!!」
次の瞬間、バロウの口から漆黒の雷撃が放たれた。
ズガァァァァン!!!
黒い雷が地面をえぐり、爆発を巻き起こす。
輸送隊の数名が吹き飛ばされ、土煙が舞い上がった。
「な、何だ今のは!? 魔獣が魔法を使ったのか!?」
「違う……!」
グレンが目を見開く。
「こいつは、さっきの雷撃槍と炎槍から……エネルギーを吸収して、放ったんだ!」
「そんなことが……!!!」
兵士たちの顔が青ざめる。
この戦いは、もはやただの迎撃戦ではなかった。
彼らは、「進化し続ける怪物」と戦っていたのだ。
「……総員、陣形を再構築するぞ。」
隊長グレンは冷静さを取り戻し、指示を出す。
「今の攻撃で、バロウは相応のエネルギーを消費したはずだ。
一撃必殺の威力はあるが、連発はできない。次のチャンスが、最後の攻撃になる!」
「最終決戦の準備をしろ!」
隊の士気が再び高まる。
彼らは、いよいよ黒獣王バロウとの決着の時を迎えようとしていた——。