襲撃
「総員、迎撃態勢を取れ!」
隊長グレンの鋭い号令が飛ぶと、隊の者たちは即座に動いた。
護衛部隊の騎士たちは前線に立ち、魔導士たちは魔法陣を展開する。
輸送隊の兵士たちは、魔核の護衛と荷馬車の防御に回った。
だが、彼らは理解していた。
——この敵は、ただの魔物とは違う。
「黒獣王バロウ」。
山岳地帯に君臨する魔獣であり、体長は優に十メートルを超える。
漆黒の毛に覆われた獅子のような巨体、その巨爪は鋼すら容易く断ち切る。
そして何よりも厄介なのは、
その知性と狡猾さだった。
普通の魔獣ならば、魔導士の結界や騎士団の陣形で足止めできる。
しかし、バロウは違う。
何度も戦場を経験し、戦術を理解し、獲物をどう狩るべきかを熟知している。
今まさに、その戦闘経験が発揮されようとしていた。
バロウが大地を蹴ると、岩の破片が四方に飛び散る。
その巨体が一瞬にして加速し、輸送隊の前線へと突進してきた。
「来るぞ!」
盾を構えた騎士たちが防御態勢を取る。
しかし、バロウは正面から突っ込んでくるのではなく、急激に軌道を変えた。
右側から回り込み、側面へと襲いかかる。
「クソッ、騎士隊、盾を右へ展開!」
副隊長ヴォルフが叫ぶが、完全に防御態勢を整える時間はなかった。
次の瞬間、バロウの巨爪が薙ぎ払われる。
盾を構えた騎士数名が弾き飛ばされ、何人かはそのまま意識を失った。
「クソッ! くそっ……! なんて怪力だ!」
吹き飛ばされた騎士の一人が呻く。
バロウはそのまま魔核のある荷馬車へと向かおうとする。
「止めろ! 魔導士隊、拘束魔法を展開しろ!」
魔導士たちが詠唱を開始し、地面から魔法の鎖が出現。
バロウの四肢に絡みつき、その動きを封じようとする。
「やったか……?」
しかし——
バロウの瞳が光を帯びた瞬間、
次の瞬間、魔法の鎖が音を立てて粉砕された。
「——ダメだ! 拘束魔法が通じない!」
それもそのはず、バロウの鱗には魔法障壁の特性があり、
中途半端な魔力では効果がない。
バロウはすぐさま次の標的へと狙いを定めた。
——輸送隊の魔導士たちだ。
「しまっ……!」
魔導士たちが防御の魔法を唱える間もなく、バロウの巨爪が振り下ろされる。
その瞬間——。
鋭い閃光が夜の闇を切り裂いた。
「雷撃槍、発射!」
——ドゴォォン!!
雷撃魔法を纏った槍が、バロウの背に突き刺さる。
炸裂する雷撃が、バロウの巨体を包み込んだ。
「ナイスだ、ヴォルフ!」
隊長グレンが叫ぶ。
槍を投擲したのは副隊長ヴォルフ。
彼は戦場での判断力に優れ、機を見て強力な雷撃槍を投擲したのだった。
雷撃による麻痺効果で、バロウはしばし動きを止める。
「今のうちに! 騎士隊、前へ!」
騎士たちが一斉に突撃し、バロウに攻撃を仕掛ける。
魔導士たちは支援魔法を使い、隊全体の防御を固める。
しかし、バロウはまだ倒れていない。
一時的に動きを封じられただけだ。
そして——その瞳が再び獰猛な輝きを帯びた。
「……まずいぞ、こいつ……!」
ヴォルフが気づく。
バロウは完全に彼らを「狩るべき獲物」として認識していた。
今までの攻撃は、あくまでも「試し」だったのだ。
バロウは咆哮を上げ、雷撃を帯びた身体を強引に動かす。
そして——
「第二波が来るぞ!」
黒獣王バロウの本気の反撃が、いま始まろうとしていた。